第10話 第二位”セカンド”
あの事件から二か月経ち、大分落ち着いてきた高校の購買では今日も大人気”焼きそばパン”の奪い合いが起きていた。
そんながやがやとしてやかましい、すさまじいほどの人口密度につつまれながら購買の中に身を置く少年がいた。
彼はつい一週間前に学校に来るようになったのだが長期で休んでいた理由はヒーローにカチコミをかけて負った傷を癒すためというイカれたものである。
なぜ今ここで普通に暮らしているのかほとほと不思議である。
「ふぅ、いやはやいやはや、本当にやばかったぜー、あと少しで焼きそばパンを取り逃すところだった。」
その少年は教室の隅にあるいつも昼ご飯を食べる席で一呼吸を取っている。
そんな少年は少し前までは誰かの注目も集めない人間だったのだが、現在は教室で浮いている存在となっていた。少年を中心に半径30メートル以内には誰も近づかないように遠巻きに椅子に座り昼ご飯を食べていた。
「そんでよお前なんでつかまってないんだよ」
そんな中唯一少年に話しかける人物がいた。彼の名前はモブ次郎、なぜ彼が少年を恐れず普通に話しかけられるのかというと彼の掲げている座右の銘が”罪人すべてが悪人ではない”というものであるためである。
「んー?まぁ俺のこと捕まえに来るヒーロー全部、倒して俺んちの世話係させてるからな」
「………一応聞くが、俺と一緒に警察署に行く気はないか?」
「やだよ」
「頼むよぉぉぉ、今金ないんだよぉぉ、お前を突き出せば2000万円が入ってくるんだよぉ」
その言葉にクラス中の人間が二人の会話に聞き耳を立て始める。
「お前ふざけんなよ!俺と金、どっちが大事なんだよぉ!」
「金にきまってんだろぉぉぉ!?」
だがモブ次郎は案外現金なやつであった。
「嫌だね、絶対にそんなことしてやるもんか」
「でもよぉお前ならつかまったところですぐ脱走できるだろう?」
それはモブ次郎からこぼれた当然の疑問だった。
「んなことできるかよ、俺は一般人なんだぜ」
((いやそれは無理があるだろう))
クラス中にいるほぼ全員が心の中でそう突っ込んだ。
「それはないだろう、指名手配までされてるのに………ていうかお前スーパーとかで飯と買えんのかよ?」
「無理に決まってんじゃん、前にいつも俺が言ってるスーパーに行ったらさすまたでめちゃくちゃに殴られたわ」
「え、さすまたって殴るもんだったっけ、まぁいいやでその後は?」
「まぁ殴られても大して痛くなかったから、気にせず買い物したよ、あぁけどレジ通してもらえなかったのは困ったな、仕方ないからその分のお金だけ置いてきたけどな」
「ぎゃはははははっ!お前、完全な犯罪者じゃねぇか!」
「んな笑うなよ、こっちだって少しだけ困ってんだから」
「少しだけで済んでんだ」
これらは彼が送る日常の一コマである、彼がこのように普通に学校生活を送れているのもひとえにモブ次郎のおかげであるといえるだろう。
「まぁ困ったときはいつでも俺に言えよ、その身柄を引き渡せばその悩み解決してやるよ」
「絶対にやだね」
「けけけ言ってろ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう」
少年は急ぎ足で教室を出ていったモブ次郎を目で追ってから少しだけ口角を上げた。
・
そして時は流れ放課後になる。
「ふむ、どうしたものか………」
俺はほうきを両手に持ち今後の予定について考える。ほうきをメトロノームのように動かしてほこりを散らすだけに終わるその行為を無意味に繰り返す。
「ちゃんと掃除してくれないかしら?」
「え?」
流石に俺の能無し掃除に腹を立てたのかこのクラスの学級委員長である”渡辺千秋”さんが腰に手を当てて頬を膨らませて目の前に立っていた。
そうだった、この人もモブ次郎と同じく俺に臆さず話しかけてくれる人だった。この学校ではこの人とモブ次郎しか俺としゃべってくれる人はいない、うん、この人のためにも本気で掃除をしよう。
「あなたさっきからほこりを散らしてるだけじゃない」
「ごめん、今からちゃんとやるよ」
「そう、わかったら別に………」
よし気合い入れていこう。
ほうきに本気で力を入れて地面に叩きつける、粉々になったほうきを横目に空中に舞ったほこりに向けて思い切り息を吸う。
「きゃっ、何?」
「ちょ!教室の壁にひびが!?」
「はぁ!?改造人間用に補強された壁だぞ!戦車の大砲くらいなら弾き飛ばすような頑強さだぞ!」
「ちょっと待って!刈谷君ちょっと一旦ストップ!」
「え?」
息を吸うのをやめ、悲鳴を上げていた教室の壁がなりを潜める。残ったのはぐちゃぐちゃになった机と椅子の残骸たちと茫然と俺のことを見つめるクラスメイト達だけであった。
「………もしかして俺やってしまったか?」
俺はまた今日も孤独を強めていく要素を増やしてしまったようだった。
「馬鹿野郎か、お前は」
「いてっ」
モブ次郎に頭をぽかっと殴られ、その場はなんとかなごんだが、作られた溝はどうしようもなく深くなってしまっていた。
「………くそくそくそくそくそ!!!!!」
だが俺は気づかなかった、その溝とはべつに憎悪と嫉妬という感情をある一人の人物から向けられているということに。
「なんで、僕もっ!あんな力がっ!」
その憎悪は深く、濃く、そして強く、俺を睨んでいた。
・
「さて、今日もカチコミかけに行きますか」
手と手とかち合わせ、日本最大級のヒーロー株式会社”ホロウ”の前にて好戦的な笑みを浮かべる。
最近の俺は毎日のようにこのホロウ株式会社にカチコミをかけている、理由として以前俺を襲ってきたあの上位陣ヒーロー達が所属しているからだ、つまりここに柊由香がいる可能性が高い、そして俺はその柊由香を奪還すべく毎日の日課としてここを襲っているのだが、一向にこの会社に入れないのだ。
何度入ろうとしても気づけば入口に立たされているのだ。そう自動ドアに足をかけた次の瞬間にはその前に立たされている。
「だから今日は入る前に本気で殴る」
そう、もしこのビルに特殊な加工が施されているとすれば入る前にビルごと壊してしまえば関係ない。
「よっしゃーー!」
腕に力を込めてビルの自動ドアに向けて突き出す。よし、これで!
「………あれ?」
気づけばまた俺は自動ドアの目の前に立たされていた。
「おっかしいなぁ、なんでまた………」
やるせない気持ちから頭をわしゃわしゃとかきむしる。一つ言えるのは俺がいつの間にかビルの前に立たされているのは殺意を持ってビルに侵入しようとしているものを排除しようとしている。
もしくはビル自体に細工はなく人為的に俺を排斥している?
「はぁ、しゃあない今日のところはもう帰るか」
結局何もわかんなかったな、今日は早く帰ってミルクレープでも食べるとするか。
・
「はぁ、まったくようやく行ってくれた」
ホロウ株式会社本部のビルのエントランスにいる男はビルに入るための自動ドアのすぐ横に置いてある植木鉢の中からのっそりと出てくる。
センター分けの髪形にあった整った顔立ちは見る女性すべてを魅了するだろう、そしてだるそうに垂れていて、隈ができている目は優しさをはらんでいるようなもの柔い雰囲気を感じる。
来ている服は単純な黒色のスーツだがそれが驚くほど彼に合っていた。
彼はヒーローランキング第二位”セカンド”、ある少年を入らせないように自動ドアの前で待機していたのだ。そして今日も訪れた少年を追い返していた。
「本当にめんどくさい、なんでワンは俺にこんな命令を………」
深いため息を吐きながら、額に手を当てる。
ワンから渡された指令は”指名手配犯中の少年を本部にいれさせないこと、そしてそれを行っているのがセカンドだとばれないこと”という彼にとってくそめんどくさいものであった。
彼は甘いルックスを持ち合わせているもののそのめんどくさがり体質により、実際は女性からの人気はあまりない。
それを彼はわかっておらず、さらに悪いことに自分の甘いルックスだけを自覚してしまっているため、自分ならすぐに結婚できると勘違いしている、くそめんどくさい男なのである。
「俺のことなんだと思ってんだ」
髪をくしゃくしゃにしながらとりあえず悪態をつくことをやめない。
(にしてもあいつ、ガチで化け物)
いまさっきこのビルから離れていった少年を見て、そう思わずにはいられなかった。
(ありゃどうやっても俺じゃ勝てない)
(だがまぁ勝つ必要はないよね)
セカンドはただ笑みを浮かべる。それは勝利の笑みではなく罠に貶めてやったという自分に酔ったような笑みであった。それが様になっているのが実にむかつく。
「ん?」
そこでセカンドは自動ドアの前に立つ、先ほどの少年とは違うが同じ制服を着た別の少年の姿を目にする。その少年は恨めしそうに爪を噛みながら、セカンドが化け物と評する少年が歩いて行った先を眺めている。
「なんだあいつ」
セカンドは眉を顰め、自動ドアの外にいるぼさぼさの髪の少年を監視する。
セカンドは協力、単独、合わせて年に2000件もの事件を解決している。そんな彼が確信しているのだ、”あの少年はなにかを起こすと”
「僕が、僕が、僕だって!!」
ぼさぼさの髪をかきむしり、さらにぼさぼさにしてまるでアフロのようになる。そしてその少年は右目に手を入れる。
無論走ったのは耐えがたい激痛。
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし少年は右目に入れた左手を取ることはない、その痛みに耐えながら右目の奥にある筋繊維を引きちぎるように、みち、みち、と少しずつ、少しずつ、右目を取り出していく。
「ちょ、あなた何を」
「邪魔するなぁぁぁぁぁぁ!!」
通行人の一人が右目を取り出している少年の方をつかみ、心配のための声をかけるが少年は乱雑にその手を振り払う。
「ちょっと君様子がおかしいぞ、そこで話を………」
「だから邪魔するなぁぁぁぁ!!」
見ていられなかったエントランスにいたヒーローの一人が話しかけようとした瞬間、吹っ切れたのか右目を完全に取り出してしまった。
「すまない、少し手荒な真似になってしまうが!”ブルートロープ”!」
急な行動に緊急感を強めたヒーローは自らの手から急ぎロープを生成していく。
ヒーローネーム”ロップス”、彼は最近も最近現れたニュービーのヒーローだがそのキャッチーなロープにまかれたような仮面をかぶることにより、子供たちから絶大な人気を誇っている。
「うわ!すごい、ロップスだ!!」
「危ないから離れててね」
近づこうとした子供に対して仮面の下からでもわかる笑みを浮かべる、そこには明らかな余裕があった。
「それ!」
「やめ、やめぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
3秒にも満たない時間で少年の拘束を完了したロップスは息をついてから、ロープでぐるぐる巻きにされた少年を片手に持つ。
「すまないね、偽善とはわかっているけど、君を我が社の緊急医療科に連れていくよ」
「離せぇ!、俺を離せぇ!!」
失った右目を片手に強く抵抗しようとしているが、ロップスによる完璧なロープ高速術に適うはずがなく、足をばたばたさせるだけに終わる。
そのままずるずると本社に引っ張られていく少年、その右目には底知れない闇が渦巻いていた。
・
少年がビルの中に引きづられていった時間の数秒前、ホロウ株式会社の屋上ではセカンドと一人の人間が相対していた。
その人間はクローバーのサングラスをかけており、その暴発しそうな髪は2リットルペットボトルに満帆になるまで入れられており、二つのペットボトルを使うことで無理やりツインテールにしていた。ネオンライトに光りそうなほどカラフルなパーカーはだぼっとしており、対象の口すら隠されている、明らかにサイズが合っていなかった。総じていうとその姿は少女というにはいささか奇抜すぎた。
だがこの人間にはただならぬ強者の気配が漂っていることは確かだった。
(正直追加の仕事はめんどくさいけど、屋上にいるこんな危険そうなやつをほおってもおけないよなぁ、あの少年が右目を取ろうとしてたときも笑って眺めてただけだからなぁ、やっぱり危険だよなぁ、見た目も頭おかしいしなぁ)
「なんでここに革命軍がいるの」
などとネガティブ思考になりながらも先に口を開いたのはセカンド。
「あれ?あれ?僕を知ってるの?あれ?なんでかなぁぁぁ?完全に秘密にしてたと思ってたのに、あれぇぇぇ?」
その少女(仮)はセカンドをなめたように体をくねくねさせる。
背中でからん、ぽかん、と何度もペットボトルとペットボトルがぶつかる音がする。
「図星か、勘が当たってよかった」
「あれ?あれ?あれれぇ?もしかして僕、だまされちゃったのかな?」
「あぁ、俺の罠にはまってくれてありがと」
またしても腹が立つ自信満々の笑みを浮かべる。
「ありゃりゃぁやられちゃったー、にしても僕の場所がよく分かったねぇぇぇ?」
しかし以前ハイテンションを崩さないその少女に思わず顔をしかめてしまう。
「わかるよ、俺の能力を持ってすれば」
「うふふふふふ、君”時と止めのセカンド”でしょでしょ?」
「そうだけど?」
ここまで有名になれば能力も名前もばれていて当然と思っているセカンドは表情を崩さず聞き返す。
「てことはもしかしてぇ、時を止めて状況の確認でもしたのぉ?」
「まぁそんな感じ」
「うふふふふふふふふふふ、すごいねぇ、すごいねぇ」
少女は嬉しそうにぱちぱちと両手で拍手をする。
「けどねぇ、けどねぇ、よかったのかなぁ?あの少年のこと置いといても」
少女は後ろで手を組んでそう問う。
「大丈夫、あの少年はロップスが対処してくれてる」
「それで、足りると思う?思う?」
「はぁ?」
目の前の少女が何を言っているのかわからず首をかしげる。
「まぁいい、あんたから色々話聞くだけだ、ついてきてもらおうか」
「嫌だね、べーー」
少女はいまだ後ろで両手を組んだままベロだけを突き出す。
「じゃあ住居不法侵入で逮捕してやる」
少し気合いを入れて腹が立つ、無駄なほどカットインをいれて無駄にかっこいい無駄な腕まくりをする。
「うふふふふふふふふふ、やっぱり僕頭いいなぁ」
それにいっさい臆することなく、少女はセカンドに聞こえないように小さく声を漏らした。彼女が張り巡らせた罠は徐々にセカンドを蝕んでいった。
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