第11話 絶望的な差(手直ししました)

「じゃあ、こっちから行くよ?」

少女がゆらっとその一歩を踏み出す。からんとペットボトルがぶつかる音がする。


「………!」

その時ある異変にセカンドは気づく。


(歩いたときの音がしない!、そして俺自身の声すら聞こえない)

少女が履いているのは厚底のブーツだ、それに加えあんな雑に歩いているのに、欠片も音が聞こえない、そして自分自身の声すらまったくと言っていいほど聞こえない。その事実がセカンドを言葉では言い表せない恐怖に落とす。


「………!、………!」

「んんん?何をしたのかなぁ?かなぁ?」

体をくねくねしながらのっそのっそとにじり寄ってくる少女におびえ、セカンドは一歩足を引く。


(なんだ?自分の声は聞こえないのにこいつの声は鮮明に聞こえる)


「………」

セカンドは眉をひそめて少女を睨む。

「あはっ!顔こわーい」

少女はセカンドには聞こえない爆音とともに床を壊すほど力を入れて踏み抜く。超スピードによってセカンドの背後に立った少女はセカンドの頭に向かってハイキックを繰り出す。その速度はすさまじく、音速とはいえないまでも人の目では到底追いつけないものである。


(ファーストステップ)

セカンドがそう心の中で願うと瞳が青く染まる。


セカンドの能力”俺が最速”には段階がある。


ファーストステップで自分の反応速度を十秒間50倍に引き上げる。


ファーストステップを使った後使えるセカンドステップでは思考加速を飛躍的に上げる。


そして向上させた思考加速を維持したまま、自動的にファイナルステップに突入する、それは完全なる時間の停止、およそ10秒間の時間停止はこの世界をまるごとごと比喩なく止める。


「………」

超スピードで放たれた蹴りをさらなる超スピードでよける、お返しのパンチは少女の顔面にクリーンヒットする。


「がぁっ!」

少女とは思えないしゃがれ声を出しながら二転三転して吹き飛んでいく。だがそのすべての音がセカンドにはまるで聞こえなかった、耳が遠いという次元ではない、もはや聞こえないのだ。


「………」

セカンドは思わず自分の耳を触る。そこで気づいた、自分の耳が失われていることに………

「………?」

とっさにもう片方の耳にも触るが、そちらにもやはり耳はなかった。彼の耳は忽然と姿を消した、血の一つも流さずに。


(そうか、さっきまで喋っていたけど自分の声が聞こえなかったのは耳が失われていたからか)

状況判断のためいったんその場で立ち尽くし考えを張り巡らす。


「あらあらぁ?気づいちゃった?気づいちゃった?」

少女は数メートル吹き飛ばされた先で一回転して、着地する。

「………」

(ちょっと待て、なぜ俺は耳を失っているのにこいつと会話できてるんだ?十中八九こいつの能力だと思うけど、正体がわからない)


「これ見てみてよ」

すると少女は自分の髪の毛についていた二つのペットボトルを引き抜く。一つのペットボトルからポンっという音とともに出てきたのは生々しい人間の耳が二つ、もう片方のペットボトルからは人間の口が出てきた。


「………」

セカンドは身構え、相手の次の出方をうかがう。

(今、セカンドステップを使って時を止めて取り返したところでおそらく俺の耳は戻ってこないだろう、何の迷いもなく取り出したのがなによりの証拠、ここはまだ相手の出方をうかがうべき)


「びびってるね?びびってるね?」

少女はただただたのしそうに二つの耳と一つの口を使ってお手玉する。しかしセカンドはそんな少女に一縷の隙も見いだせなかった。


「さて、私の能力がどういうものかわかった?」

「………、!」

セカンドは今まであった声を出しているような感覚が失われていた、思わず自分の口を触ると、予想が当たりセカンドの口はすでに失われていた。


(こいつの能力は相手から何かを奪うことか?)

だが以前セカンドは冷静な思考を崩さない、ただただ冷めた思考で少女の動向をうかがう。しかし、その慎重さと冷静さによってセカンドはさらに少女の術中にはまっていくこととなる。


「さぁ君はどう踊ってくれるのかな?」

少女は邪悪に目を細める。

(………嫌な予感がする、カウンター型の能力者だと思っていたがそうではなさそうだ、ここはすべてを奪われる前に攻める!)


「………、!?」

”セカンドステップ”と叫ぼうとしたセカンドだったが能力は発動しなかった。

(そうか、口がないから能力の発動条件を満たせないのか………)

セカンドの”セカンドステップ”はファーストステップと違い自分で言葉に出して叫ばなければ発動しない能力、しかもその発した言葉を自分で聞き取れなければ発動はしない。つまり少女とセカンドは最悪の相性といってよかった。


そこで初めてセカンドは額に冷や汗を流した。


(うふふふふ、困惑してるね♪、けどね君がそうやって困惑して私のことを注視している限り、私の能力は止まらないよ)

彼女の能力は自分のことを注視している相手の第五感を注視している時間経過に応じて聴覚、味覚、嗅覚、触覚、視覚の順に奪っていくというもの。奪った部分は髪につけたペットボトルに入れており、その中には自分の第五感も入れておくことができる。


ペットボトルの中は黒の空間が出来上がっており、奪った五感それぞれに独立した空間がある。中に相手の聴覚である耳と自分の味覚である口を入れておけば会話することもできる。つまりペットボトルの中と本体はリンクしているのだ、耳や口などが神経だけつながったまま違う場所に移動したと考えてほしい。少女とセカンドがなんの問題もなく会話できていたのはそのためである。


奇怪な恰好は自分のことを注視させるために必要なものであった。


「さぁさぁどうする!」

「………」

圧倒的に不利な状況にあるセカンドだったが、なんのためらいもなく流れるように歯茎をも見せる余裕の笑みを浮かべた。まるで勝利を確信したような腹が立つ笑顔であった。

「気に食わないね、本当に」

少女は悔しいのか目を細め、歯をぎりっと軋ませた。


「ふん、あきらめないセカンド君にいいこと教えてあげるよ、今僕の部下が二か月前第八支部を襲撃した少年を殺しに行ってる、ワンを筆頭とした他のヒーローを相手にしたあの少年だって人間だ、うちで最高の暗殺者の手にかかれば余裕のよっちゃんいかってわけよ、私達革命軍の力はそれくらい強大なの、ねぇわかった?ねぇ、ねぇ?」

「………、!!!!!!」

それを聞いたセカンドは腹を抱えて地面を盛大に転げまわった。その態度はまるで自分の言ったことを馬鹿にされているようなものだった。


「何がおかしい?」

少女は拳を強く握りながら、サングラスの奥に隠された左目が充血しそうなほど大きく開き、並みの人間なら腰を抜かしそうなほどの眼力で睨む。

「………」

笑いすぎて目元から流れた涙をぬぐう。何かをしゃべっているようだったが口をなくしたセカンドが何を言っているのか少女にはわからず仕方なく自分の聴覚をペットボトルの中に入れる。


「お前らがあの化け物を殺せるかよ」

「はぁ?こっちが送ったのは幹部ですら恐れる暗殺者よ?ただのガキがどうにかできる相手なわけないでしょ?」

「お前は何もわかってない、あの人の皮をかぶっただけの化け物の本当の恐ろしさを」

「わかってないのはお前だ、あいつにかかればどんな奴も………」

少女は苦し紛れに反論を繰り返す。

「だが人なんだろ?」

「はぁ?」

「あの化け物はな、人などという範疇にいては殺すなんて不可能に近しいような存在だぞ、殺すつもりなら神にでもなってから話すと言い」

「そんなの、ありえない」

少女がサングラスの奥の瞳を揺らす。


「ありえるんだよ、あの化け物だったらな」

セカンドが自分を貫くその瞳はそのすべてがまごうことなき事実だということがわかる。

「それは、人なの?」

「言ったろ?あいつは化け物だ」

セカンドはそれはそれは愉快そうに笑った。



5分前

(俺に出された指令は第八支部を襲撃した少年の抹殺、まったくなんでこんなイージーな依頼を俺に出すんだ?)

人が行きかう道の中で一人、明らかに怪しい黒のパーカーを着た男が腹ポケットに手を入れながら歩いていた。


しかし人々はその男に目もくれない、まるでもとよりその男の存在が見えていないかのように素通りしていく。


(まぁいい、俺のクレイジーな能力でド派手にキルして速攻でチルしてやるよ)

男はパーカーの中からナイフを取り出す。にやっと口角を上げながら包丁の刃の部分を避けるように舌で舐める。


(ぶち殺し!)

ナイフを逆手に持ち、少年の首にめがけて放つ。そのスピードは音速をも超え、音すら立たせず放たれたそのナイフは確かに少年の首にクリーンヒットした、確実に首が吹っ飛ぶほどの威力であったが、吹っ飛んだのはナイフの方であった。


ぱきんっ、とむなしく音を立てながらからんからんと回転しながら虚しく地面に落ちた。


「ん、蚊か?」

当の本人は季節外れの蚊を疑ったのか、首元を少し触る程度に済んでいた。


(は?)

しかしこの男は革命軍最高の暗殺者、これで終わるなど言語両断、眉間に血管を浮かべた彼は背中に隠していたロングソードを取り出す。


(なめるな!俺は世界最高の暗殺者だ!)

それはまるで世界を断つ斬撃、次元すら歪ませるその威力は高温をもって少年に襲い掛かる。


(決まった!)

これもまた直撃、少年の脳天に突き刺さったロングソードはまるで豆腐のようにすっとロングソードの刀身が外れて少年の脳天に刀身を残した。暗殺者の男は持っているロングソードの柄の部分だけを見て目を丸くする。


(は?これは革命軍最高峰の鍛冶師に作ってもらった世界を断つ剣だぞ、ダイヤモンドすら豆腐のように切れるこの剣を逆に豆腐のように壊された、俺の貯金1億をはたいて作ってもらったあの剣が、なぜ、こんな………)

暗殺者は大人ながらに涙を浮かべて刀身を濡らす。


「え、なんだこれ?」

少年は暗殺者に追撃するように脳天に刺さった刀身を抜き取り、少し力を入れて鉄くずに変えた。


その行動にさらに心がきゅっとしたが暗殺者はそれでもあきらめず、パーカーの腹ポケットから注射器のようなものを取り出す。

(くっ!まだだ!次はこのマンモスすら一秒で殺すこの毒を打ち込む!)

なによりも早く注射を首に打ち込む、それはスズメバチのように鋭く刺された。


「いたっ、なんだ?」

刺された注射はほんの少しだけ傷つけただけに終わったが、そのほんの少しの傷から侵入した毒はコンマ数秒で体中を駆け巡る。


しかし毒は少年の体になじんでいった、まるで最初から血液に毒が仕込まれていたのではないかと思うほど驚くべきスピードで溶けていった。


(は?は?は?なんで、この注射器ですら効かないんだ?なんで、こいつ、人間じゃ………)


そこで初めて暗殺者はひざを折り、地面に這いつくばるようにして無機質なコンクリートをただ眺める、絶望するほどの差を見せつけられ、世界的に見ても上位の存在である彼”アサシン・ズール”にとってそれは初めての出来事であった。


ゆえに知らなかったのだ、強いと思っていた自分の心は案外もろいのだと。


(俺は………、俺は世界最高峰のアサシンだ………、そうだ俺は………)


「俺は、アサシンだ………」

彼の能力は口を閉じている間自分の存在感をゼロにする能力である、それは彼が身に着けているものにも影響する、強力な能力であることには変わらない、ただターゲットの少年が絶望的に強かっただけのことであった。


彼は、彼の殺し屋としての人生はここで終わりを迎える。絶望した彼はこれから暗殺者家業をやめ、パチンコ屋の店長としてその手腕を振るっていくことになるのだがそれはまだ誰も知らない出来事である。










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