第25話 作戦

1か月後

「さて、じゃあ計画の時間だ準備はいいか?」

「俺はいつでもいいぞ」

「私も完璧です!麻木様」

「じゃあ私はパチンコ屋行ってくるノネ」

三者三様、それぞれが勝負服に着替えて勝気な瞳を携えている。だがねえちゃんだけはその手に新台入れ替えのチラシが握られていた。


「おーいってらクソ姉貴、絶対当てて来いよ」

「当たり前なノネばちこり当ててくるノネ、今日は黒毛和牛なノネ楽しみにしてるノネ」

スキップしながらねえちゃんは家から飛び出していった。


「あなた、大丈夫なの?」とラナが不躾にも俺の肩に触ってきた。うっとうしいから払ってやった。

「あ、何が?」

「だってあなたまだ高校生でしょ?今から行くのは死闘の場所よ」

「だからなんだよ、今更でしょ?」

「んもうっせっかく心配してあげたのに、ほんとっかわいくないっ」

「自分の心配だけしてたら?」

「ぶっ潰すっ!」

「ちょっとラナ!」

ラナが俺に何か話しかける度に冷たくあしらい、それにラナがキレて、キレたラナを麻木が止める。これが俺ら三人のいつもの流れであった。


「まったくこれから決戦だって言うのに………」

「………麻木様、リューとユーは今どこに?あいつらもこの計画に参加してるはずでは?」

「ふむ、もう少しで着く予定だったんだが」

ようやく落ち着いた獰猛犬が真面目そうな口調で言う。


麻木が通知が来たスマホを開いた瞬間頭を抱え、大きくため息を吐いた。

「あいつらはアニメイトに行っている、今連絡が来た」

「「………」」

しばしの静寂が流れた。

「革命軍ってこういうやつらばっかなの?」

「違う、と願いたいわ」

ラナも頬を染めながら頭を抱えた。


「じゃあそいつらを待つのか?」

「いや、そうなると計画がぐだぐだになる、それにあいつらはこうなるともう来るかどうかすら怪しい」

「了解した、さっきも言ったが俺はいつでもいいぞ」

「私もです」

「では始めようか、大義のための戦いを」

そうして麻木は祈りの構えをとった。


「皆、武運を祈る」

そして麻木を中心にまばゆい光が部屋を包んだ。俺はその光に思わず目をぎゅっと閉じた。



「くっ、くっ見ていろよヒーローども!そしてあのクソガキ!このクリックリンパサーがすべてを壊してやるっ」

紳士さなどかけらもないほど髪をかきむしり、目の前にある空のペットボトルを握りつぶす。


「もうすぐだ、もうすぐ、地獄が始まる」

彼は笑った、彼の視線の先にある監視カメラモニターの中には多くの彼自身が歩いていた。渋谷のマックの前、デパートの中、本屋の中、スクランブル交差点、そしてついには郊外にある畑にも彼はいた。


「もう一度、地獄を始めるんだっ!くはははははははっ!!!は、は?」

「よう、久しぶり」

クイックリンパサーの高笑いは後ろから聞こえてきた聞き覚えしかない声によって止められた。


「じゃあね」

「がはっ!!!!」

クイックリンパサー選手が見せたのはきれいなトリプルアクセルだった。回転しながら壁に突き刺さった彼は能力を使って、液状化し動かなくなった。


「死んだ、これは予想していた覚醒後の能力の三個目ってことでいいか?」

「あぁ、クイックリンパサーの覚醒能力は”分裂”で間違いないだろう」

麻木はモニターに映る街にはびこる大量のクリックリンパサーの分裂体を見て静かに笑った。





1か月前


「クイックリンパサーの覚醒能力は1、煙、または液状化したあとの規模が拡大する、2、能力の解釈が広がり、毒ガスなどにも変形できる、3、能力による分裂、このうちのどれかだと私は睨んでいる」

一つの机を中心に俺、麻木、ラナの三人は来るべき計画にむけて会議をしていた。

「一つ質問、覚醒って能力の能力限界を引き延ばしてくれるだけなんじゃないのか?」

「簡単にいえばね」

「覚醒とは能力の解釈を拡げてくれるもの、例えばお前の姉の重力を操る能力だけど、あれの覚醒は私が考える中では二つある。一つ目は一つの対象に二通りの方向の重力を付与できるようになる覚醒、二つ目は重力の塊をぶつけられるようになる

、とかかな?」

ラナが自信満々に答えたことに若干の憤りを感じたがそこは抑えて答える。


「なるほどな、覚醒は能力の解釈を拡げる………それならその考えにも納得がいく」


そこで俺はある考えを思いついた。


「じゃあ麻木、お前が………」






現在

「皆、このモニターを見てくれ」

「んー?」

麻木がこれ見よがしにモニターを指さすので見てみるとそこには水に変形しているクイックリンパサーの姿があった。

「これ、俺らの襲撃に呼応してるよな?」

「あぁ、おそらくこの部屋もどこからか監視されているのだろう」

「麻木様、これ東京全土に及んでいますよ」

横からラナが入ってくる。クイックリンパサーの分身を破裂させ、水で汚れた手をハンカチでぬぐいながら「きたね」と軽口をたたいた。


「まったく、ここまで覚醒能力が強いとは」

「考えてた計画はおじゃんになったな」

「うーむどうしたものか」

麻木が口に手を当てて考えている。


最近になってわかってきたことだけどこの男は案外ポンコツなのかもしれない。三か月前に聞いたこいつの作戦では”とりあえず僕の能力でクイックリンパサーの本拠地に突入してぶっ潰す”というもので、これを聞いたときは作戦の概要だけ伝えたものだと思ったけれど………


一か月経っても細かい作戦の内容が明かされなかったからもう一度聞いてみたとき

「なぁそろそろ細かい作戦とか立てないのか?」

「ん?作戦ならもう伝えたじゃないか」

「………まじか」


まぁクイックリンパサーの覚醒能力がどれかによって作戦を変更するということくらいは伝えられていたけれどそれでも雑な作戦しか立てていなかった。例えば相手が”分裂する能力”だったならばとにかくあたりにいる分裂した相手をつぶしまくるというもはや作戦とすらいえないものだった。


それに前作戦を早めようかと伝えたときも「ヒーロー達が準備ができていないだろう」とはぐらかしていたが30分後に再放送されていた”相棒”を見て興奮していた。思えば3か月後には相棒が1クール終了する時期だ。


………このまま指揮権をこいつに任してていいのだろうか。


けどまぁラナが怒るからなぁ、まぁいいや麻木の力づくの作戦も嫌いじゃない。




「なぁ麻木これからどうする?」

「急いで地上に戻り、クイックリンパサーの分裂体の殲滅をしてくれ」

「いいねぇ簡潔、で!?」

あ?足場が崩れた?いや一瞬で泥沼のように。


麻木は!?


「君!!」

見れば麻木の方の足場はまるで崩れていない。よしならいい、これは俺だけを狙った罠だ。あいつ麻木が予想したすべての覚醒を果たしてやがったか。

「大丈夫だ!この俺だぞ?」

そして俺の視界は暗く染まっていき。ひんやりとする泥沼の底に引きずり込まれていく感覚に身をゆだねた。


麻木達は戸惑っていたが、まぁあっちにはラナもいるしなんとかなるだろう………。


「お」

すぽんと体が泥の沼から抜けたかと思えば目の前には東京ドームほどに広がった洞窟空間に放り投げられた。見ればその地面は黒く染まっていて、うじゃうじゃと虫のように動いていた。


「さぁ!!!!ショータイムの始まりだぁぁぁぁ!!!」

「ははっうるさ」

見ればその虫のような集合体の一つ一つはクイックリンパサーだった。ご丁寧に添えられたスピーカーからけたたましい声が聞こえてきた。


「お前のために用意したんだぜこの10万体の私は!!」

「きもっさっさと消えてくれ」

着地と同時に襲ってきた数十体の分裂体を拳の一振りで破裂させる。


「安心するといい!戦いは終わらない!!!」

「いいねぇ、こういう人間もいるんだなぁ!!」

四方八方から襲ってきたクイックリンパサーに俺は胸の高鳴りを抑えられずにいた。







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