第22話 兄弟喧嘩

「あんのくそ姉貴、家が壊れる心配くらいしろよぉ」

がらっと壊れた床の破片が落ちる。あんの野郎、ここはマンションだぞ下の階の人に迷惑をかけるとかいう考えは浮かばないもんかね。ま、そんな考えがあの脳筋馬鹿に分かるわけがないよね。


「おまっ、なんで………」

すると、下の階にいるこの部屋に住んでいるであろう人が落ちてきた俺に向かって話しかけてきた。見るとそこには見知った顔が茫然として立っていた。

「あ?………お前モブ次郎じゃん、なんでここに、もしかしてここがお前の家なのか!?」

「いや、そうだが………」

モブ次郎が目を右往左往させて明らかに困っている………まったくどれもこれも全部ねぇちゃんのせいだ。


視線をモブ次郎から外し穴が開いた天井からゆっくりと浮遊しながら降りてくるあのくそ姉貴の方に向ける。

「なんか言ったノネ?」

「なんも言ってねぇよクソ姉貴」

「姉貴なめんなノネ」

「がっ!」

またかよ!?あんの野郎、相手にかける重力の際限がないこんなんじゃ一生ねぇちゃんに近づけない………。

強くなり続けた重力によってモブ次郎の家の床も崩壊してしまった。はぁまったく謝って許してくれるかな?「あ、俺んちの床が」涙目になっているモブ次郎を落ちていくと同時に目の端でとらえた。………それはほんとごめん。


マンションの五階にある俺の部屋から4階分の床をぶち抜いて今俺はマンションの一階についた。まぁ最近大量の退去者が出ていたから気にする必要がないか!


マンションのエントランスにももうほとんど人がいない。いるのはニュースを見ない徘徊ばあさんくらいのものだ、というか最近このマンションで俺とねぇちゃん、そして麻木達以外に人を見たのは初めてだ、もう徘徊ばあさんすら見なくなったっていうのに………。それもまさかの知り合い………まぁ今は考えている暇はない、あのくそ野郎を止めないと我が家の明日はない。


うつぶせになり、赤い絨毯にしがみつきながら、エントランスの天井につけてあったシャンデリアを壊しながらゆっくりと降りてくるを見上げる。

「ほら観念して、私をパチンコに行かせるノネ」

冷たい瞳で見下ろしてくる自らの姉に思わず腹が立ってしまう。けどどうしようもできなかった。


体の下に血が溜まっていく。手を動かそうと思っても血が通っていない体では力を入れることができないということを強く実感した。


「………その手に持ってる金はよぉ、ヤクザの皆さんが汗水流しながら薬を売って、人をだましながら手に入れた金なんだよぉ、お前はそれを力で奪い取ったんだ、お前はそれをパチンコに使うだぁ?舐めてるんですかぁこのやろー」

「食物連鎖なノネ」

「じゃあ生態系のトップはパチンコ屋になるなぁ!!」

「まだトータルでは勝ってるノネ!」

「それは負けてるやつが言うことなんだよ!がっ!」

さらに強まった重力によってついには足を立てていることすらできなくなってしまった。


つ、強い、まるで抵抗することができない………俺に勝てんのか?


今までの兄弟喧嘩の戦績は67戦67敗、今のとこ連敗記録がとどまることを知らない。あぁくだらない、なにを俺は必死に………。


うつぶせになりながらなんとか声を張り上げようとするものの乾いた声しか出ない。


そしてそんなことを考えてしまったことに思わず笑ってしまった。


………はっ俺らしくないな、こういうピンチが俺が望んだものだろう、何を弱音を吐いている。たとえ兄弟喧嘩でもたとえ負ける戦いだとしても命をかけて楽しまなきゃなぁ!


「くっ、がっ」

「うっそ!今かけているのは通常の500倍の重力なノネ!?どうやって動けているノネ!血が下に溜まってまともに立つこともできないはずなノネ!」

「あぁん?根性、だろ!」

ガクブルする足をひっぱたきながらなんとか足腰に力を入れながら立ち上げる、徐々に、少しづつ、だが確実に俺の目線はねぇちゃんの目線と同じところになっていく。


「お前、いつからそんなにレベルアップをしたノネ!」

「兄弟喧嘩の始まりだぁ!!!」

「くっそが!」

拳を握って重力に逆らいながらも歯ぎしりをしたねぇちゃんの顔面に向かって殴りかかる。それを嫌がったのかねぇちゃんは眉をひそめながらも自分の重力を軽くして、羽毛のように飛びながら後ろに下がった。


過重な重力によって鈍足になった俺の拳は当然届くことはなく空を切った。


「そんな遅い拳じゃ私には届かないノネ!」

「それはどうかな!」

重力のせいで遅くなるならその重力を利用してやればいい!


重くなった拳を重力に任せて地面に叩きつける。亀裂が入った地面から大量の礫がねぇちゃんに向かって飛んでいく。


「こうなったら俺のことは見れねぇよな!」

ねぇちゃんの顔面いっぱいにほこりが立ち、ねぇちゃんの視界が奪われたことを確認してからもう一度拳に力を入れて突き出す。俺も視界が奪われているからといって藪からぼうに殴るわけじゃない………。

「馬鹿なノネ!視線から外れても重力はかかったままなノネ!」

はっ!そうやって叫んで煽って、俺の反応を待ってるんだろ?だがその煽り文句がお前の場所を露呈させた。


「ちっ!」

(愚直に前からは来ないおそらく後ろから!)

「と、お前は思うよなぁ!」

重力に慣れたからか軽くなった体を操り、すなぼこりを抜け、後ろを振り向いていたねぇちゃんの後頭部に向かって拳をぶつけた。


ぽこっという生易しい音がした。


「あ?」

当てた感じがしない、というか俺自身に重みを感じない?てか俺浮いてないか?


ねぇちゃんが俺を見上げながら目を細めてため息をついている。


あーそういうことか、そうだったな俺としたことがもできるってことが頭から抜けていた。

「俺にかけていた重力を無くしたな?」

「正解なノネ、お前が砂埃を巻き上げたときからすでに重力を消していたノネ」

「あーほんと、チートだ、がはっ!」

再び重くなった重力とともに俺は地面に叩きつけられる。


「今度は1000倍の重力なノネ、手も足も出ないはずなノネ」

血が下に溜まっていき、視界が暗くなっていく。狭まっていく視界の中俺に背を向けて帰っていくパチンコ屋に行こうとしているねぇちゃんを見た。

「まっ、って、、くっそ、あねっ」

「止めたいならここまで来るといいノネ」

「がっ!」

目が閉じてしまう瞬間、フラッとした後地面に倒れた姉の姿を見た。そこで俺の意識は途絶えた。


あー楽しかった。



「くっそ、あの馬鹿力、重力無くしたっていうのにとんでもない威力のパンチだったノネ」

ふらふらとおぼつかない足取りで、なんとかパチンコ屋に行こうとしているパチンカスは朦朧とする意識の中に戦慄していた。

(あいつ、前より格段に強くなっていたノネ、私を抜かすのも時間の問題なノネ、なら今のうちにパチンコを堪能していないとなノネ)

「あ、これだめなノネ」

ついにまともに立つことができなくなったパチンカスはされるがまま地面に突っ伏した。

「あーくそ、パチンコ行きたかったノネ」

「ちょっと、何寝てるの?今日は一緒にパチンコ屋行く予定だったじゃない………というかこのありさまは何なの?」

そんな倒れたパチンカスの前に現れたのは華奢な女だった。女は背中に垂れた長い髪を揺らしながらパチンカスと同じ目線になるようにしゃがむ。

「うー加恋、パチ屋までおぶってほしいノネ」

「まずこの状況を説明してほしいんだけど、私一応元ヒーローだから、もし被害者とかいたら知らせてほしい」

「………目の前にいるノネ」

「あんた強いんだからそんな心配する必要ないでしょ」

「ひどいノネ、私を除けば弟と喧嘩したから弟が怪我したくらいなノネ」

「あー、あのくそうざいうんこ野郎ね?………随分大きいマンションだけど被害者はそれだけ?まぁあのくそ野郎が被害者と言えるほどの怪我を負ってるとは思えないけど………」

加恋はゆっくりと立ち上がり、崩壊したエントランスを散策しながらつぶやいた。

「多分………」

パチンカスには途中にいたモブ次郎のことは眼中になかったらしい。


「おかしい、だってこんな綺麗そうなマンションに誰も住んでないはずが………」

「あー確か最近めちゃくちゃな数の退去者が出てたノネ」

「絶対あの変態ドМ野郎のせいじゃん」

「めちゃくちゃ言うノネ」

「はぁ」とそこで加恋は大きくため息を吐いた。そして真下で過剰な重力によってつぶされて気絶している当人を見下ろしながら冷たい瞳を向ける。


「前も言ったでしょ、私はねこいつに職を奪われたの」

大嘘である、この女が職を失ったのは助けるべき市民につばを吐きかけたせいである。

「そうだったノネ、前私の弟がニュースに出てることを自慢したときめちゃくちゃブチ切れてきたことを思い出したノネ」

「そう!だから私はこいつにいたずらをできる免罪符があるわけ」

そう言って加恋は自分の肩に下げていたバッグからチェキを取り出してからドМめがけてカメラを合わせる。


「うわー不細工ー」

レンズを合わせた後、かしゃっという音とともにドМの顔はチェキの光で照らされる。しばらくするとレンズの上から真っ黒にされた写真が出てくる。


それを抜き取った加恋はぱたぱたとその写真を振り続ける。すると真っ黒だったはずの写真は徐々に姿を現していき、不細工によだれをたらして寝ているドМの顔が浮き上がってくる。


「私さーいつでもこいつに嫌がらせができるようにいろんな道具を持ち合わせてるんだー」

(めちゃくちゃ性格悪いノネ)

「あはっいい顔してる」

その不細工な写真をドМが起きたらすぐに目がつくような場所に置く。そのときの加恋の顔はにやけすぎて歪んでいた。元の顔はどこに行ったのかと思うほどにその顔の様相は別人だった。


「じゃっ行こうか」

明らかに声のトーンを上げており気分上々なのが見て取れた。

「だからおぶってって言ってるノネ」








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