27話 絶望

「やっぱり楽だな、前々から準備してた甲斐があった」

ヒーローロップスがクイックリンパサーを捕獲しているこの縄はこのときのために特注された対クイックリンパサー専用の縄”流体縄りゅうたいじょう”というものである、これはセカンドが倒したクイックリンパサーの死体を研究して作られたものであり、これがあればクイックリンパサーの能力を完全に無力化することも可能である。


「にしても、閑散としてるなー」

縄で縛ったクイックリンパサーを左手に持ちながら周りを見渡してもいつもいる自分を応援してくれる観客たちも脱兎のように逃げ出してしまった。


それがロップスには少し悲しく眉を顰める。

「やぁやぁやぁ、順調に言っているかい?ロップス」

「リュークスか」

そんなナーバスになっていたロップスの元に現れたのは陽気な兄ちゃんだった。腕を大仰に振り、その振り回されている手には縄で縛られたクイックリンパサーが握られている。


人の腕一本ほどはあるだろう長い肩パッドは電車で隣に座ってきたら絶対に嫌だと思うほどその先端はとがっている。

赤く染まった髪は短く切られていて逆立っている。

豪快に笑った時に見える八重歯が特徴的なこの男の名前はリュークス、地方からやってきたヒーローである。この男のせいで地方のヒーロー達は皆癖が強いんじゃないかと勘違いされてしまっている。


「いやぁけど楽勝だったな」

リュークスはどかっと粗雑に縄で縛られたクイックリンパサーを地面に落とす。

「そうだな、ちょっと前から異常なほどに増えたドッペルゲンガーの発見報告、見ればその姿はクイックリンパサーとほとんど同じ姿をしていた、だから俺達ヒーローは何かあってもいいようにそいつらを尾けていたわけだが………なんかあまりに簡単だとは思わないか?」

「なんだぁロップス、びびってるのか?」

「ビビるのと警戒するのは違うだろ」

「はぁ」とロップスは深くため息を吐く。


「あ、なんか曇ってきたな」

そんなちょっとした冗談にも乗ってこないロップスにこっちがため息を吐きたいくらいだと鼻を鳴らしてからなんとなしに上を見てみると先ほどまでの太陽は隠れてしまい、分厚い雲がでしゃばってきていた。



(いやだ、なにかが嫌だ)

クイックリンパサーが発生している件数が一番多い池袋駅へと向かっていた。


だがその心中は穏やかではなく、いわれもない棘が自分の心臓を刺しているような感覚に襲われた。


その正体がわからずじまいのままワンは池袋駅前に現着する。


「来たか!ワン!」

「うるさい」

池袋駅前、立ち並ぶビルの中心でそいつはいた。笑いながら人を取り込んでまるで自分たちを弄ぶように取り込んだ人間を体の中で回転させていた。


そしてその惨状はそこまでひどい状況にはなっていなかった。すでにその場にいたヒーロー達により被害は最小限に抑えられていた。ところどころ壁が崩れてはいるが、贅沢を言ってはいけない。これほどまで大規模なテロを起こされたこの状況でこの程度で済んでいるだけで他のヒーロー達の頑張りが見て取れる。


「やめろ」

「あぁん?聞こえないですよ、もっと大きな声でしゃべってください」

「っ!!」

ワンは言葉よりも先に手が出ていた。クイックリンパサーが瞬きをするよりも先にワンの拳がクイックリンパサーの体をまたも四散させ、中に囚われていた人を助け出す。


「大丈夫ですか?安心してください僕が来ました」

いつも見せているヒーローとしての笑顔を助け出した人に向ける。そのつぼみが咲いたような笑顔に助け出された人は目を見開き呆けている。


「とりあえず、後ろに隠れていてください、あとで避難所まで案内いたしますので」

ゆっくりと女性を地面へと下ろし、またも懲りずに無理やりな笑顔を咲かす。

「は、はい」

四つん這いになりながらだが決してワンから目を離さずにゆっくりとその場を離れていく。


「ワ、ワンさん?」

近くにいた避難指示をしていたヒーローが現着したワンを見て思わず口に出した。突然のことにその思考は止まっている。

「後は頼むよ?」

そのヒーローは思考を取り戻し、「はい!」と小切れよく返事をした。


「皆さん!避難所をこちらに作っています!早くこちらへ!」

ヒーローは避難指示を再び開始した。その指示に従い多くの人が雪崩のように避難所に入っていった。

「ワンさん、あとは頼みます」

「あぁ、任せて」

手をひらひらさせて、まるで余裕を持っているかのように軽く笑った。


「んー、この私を無視するつもりかい?」

ワンが振り返るとそこには数百にも及ぶクイックリンパサーの分裂体がいた。


「そうだなそろそろ、虫みたいにうっとうしくなってきたなお前ら」

「くっクソガキが」

舌打ちをするようにワンを睨む。それに対しワンはただ冷酷な瞳を生成する。


「お前がこれからどんな善行を行ったとしても俺はきっとお前を許すことはないだろう」

人差し指の先端に銃口でもついているのかと錯覚するほどの迫力をもってクイックリンパサーたちを指さす。これには胆力には自信があったクイックリンパサーも一歩下がる他なかった。

「ふっもとより貴様の許しを請うつもりはない、善も悪も、それを決めるのは私だ」

「あっそ」とワンが漏らした言葉は空気に溶けていき、いつの間にかワンはクイックリンパサーの目の前に立っていた。


「じゃあ死ねよ」

空気が凍る。クイックリンパサーの体感時間が遅くなる。ワンから放たれる音速の拳を見て、それが自分の最後の景色なんだと悟った。


ぱぁぁぁぁん!!と聞き心地いい音を奏でながらクイックリンパサーの頭はあまりにも綺麗に破裂した。


「さぁどんどんかかってこい、全員殺してやる」

周りに観客がいないことをいいことにワンは笑顔を完全に消しながら、まるで単純作業のようにクイックリンパサーの目の前に現れては確実に首を飛ばしていた。


そして確実にその数は減少の一途を辿っていった。


が………


池袋駅内の臨時の避難所にて、体を震わせている少女がいた。

「あの、どうかしました?」

隣で同じように震えていた無精髭の中年の男がここは男の意地といわんばかりに無理に笑顔を作り、疑問を顔に浮かべながら、首をかしげてきた。

「あ、いえすいません、少しこの状況に気がめいってしまって、そのそちらの物陰まで行って落ち着きたいな、と」

「あ、では連れていきますよ」

中年の男は鼻の穴を拡げて、興奮しているのか息も荒げている。確かに男の隣に座るこの女はかなりいい体と顔をしていた。

「ではお願いしてもよろしいでしょうか」

「は、はい!」

女は男に体重を預けた。女のたわわな胸が男の腕にぎゅっと確かな重量を感じさせる。


「ふぅ、ふぅ」と思わず出てしまいそうな変態発言をなんとか抑えつつ、男はなんとか多くの避難者が集まっている場所とは離れた柱の裏に女を連れ込んだ。

「こ、ここでいいですか?では私は」

「もうちょっとここにいてくれませんか?一人は、その、さみしくて………」

女はしおらしい顔をもって早々に帰ろうとする男の袖をつまんだ。


「ぢゅふっ」男は抑えていた性欲を解放してしまった。


腕をおおっぴらに開き、力強く女を抱きしめた。それを女は待っていたかといわんばかりに鼻で笑った。


「がっ!?」

女の体は急に溶け出し、男の体を自らの体から溶けた液体を利用して取り込んでいく。男は息をすることも声を出すこともできず、息をすることすらままならないその液体の中で自分の口を押えていた。この状況では最善の選択、だがそれはただの延命処置でしかなく………


しばらくもがいたあと、男は抵抗するのをやめた。


徐々に男の体が分解していっているのがわかった。肌がはがれ始め、男の体が液体の中に取り込まれ始めているということはすぐにわかった。


液体は男を完全に消化した後、もう一度さきほどの美人な女の姿に戻る。


(ずっと、ずっと、このときを待っていた、本当ならこちらのタイミングではじめたかったがあのクソガキが襲ってきたのでは仕方ない、あのクソガキを地下に押し込めている間にこちらの計画を始めようか)


女は不敵に笑った。その視線の先には避難してきたたくさんの餌を視界に入れていた。



同時刻、秋葉原駅前、ワンより先に到着していたナインズと七はすでにその場を鎮圧しつつあった。

「なぁ案外手応えなくないか?」

ナインズが拳を軽くふるい、クイックリンパサーの分裂体を薙ぎ払いながら愚痴ににた言葉を吐く。

「ふっ、それは我の力が強力なだけにすぎない」

同じく分裂体を蹴り殺した七は自分に酔ったのか手を顔に当てて「あぁ」と吐息を漏らす。


「うるせぇ!倒した数はほとんど同じじゃねぇか!」

「え、律儀に数えていたのか、案外まめなやつだな」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

なぜここまで短気なのか、と冷めた目でナインズを眺めていた七は視界の端で避難所の方面が騒がしくなっていることに気が付いた。


避難所を背にして七にがんを飛ばしているナインズは全くそのことに気が付けていないが、確かにどこか揺れている気がする。


「おい、なんか避難所の方変だ」

「どうかしましたー?七さん」

一緒にクイックリンパサーの分裂体の対処をしていたホロウ株式会社所属のヒーローが大体のクイックリンパサーを倒したのかナインズとのもめ事を止めるために話しかけてきた。


こういうとき大体悪いのは短気なナインズなので理由を尋ねるのはその喧嘩の相手、というのがホロウ株式会社の決まり事である。


「いや、なんか避難所の方が騒がしいなと思ってな、確認してきてくれ、我はこの猛獣の相手してるから」

「誰が猛獣だ!てめぇ殺すぞ!」

「はい!」と仲裁に入ったことを軽く後悔していたそのヒーローはまったくの躊躇もなしに速足で避難所の方へと走っていった。


「なぁお前少し落ち着けよ」

その後ろ姿を確認してから視線をがんを飛ばしているナインズに戻す。

「うるせぇ!俺は落ち着いてる!」

「お前、”うるせぇ”しか言語しらないのか?」


………火に油である。


「うるせぇぞ!てめぇ七!ここでぶっ殺してやる!」

「はっ我に触れることができるとでも?最速の御業教えてしんぜよう」

どちらも臨戦態勢に入ったかと思えば後ろから聞こえてきた轟音を聞きどちらも瞬時にその轟音の発生源を見やる。


ナインズにも七にも突如として走った死の予感、脊髄を指の腹で逆なでされているような感覚に陥っていた。

「なんだ?なにかが来る?」

あの血気盛んなナインズをして冷や汗を垂らし、一歩引いてしまうほどの圧倒的存在感、それが避難所からひた、ひた、歩いてくる。


心臓の音が秒刻みで高鳴っていく。止まらない動機を抑えるため、胸を握る。


「んーこれでようやくですか、コスパ悪いですね」

「まぁ仕方ありませんよ私、セカンドに2000体いた上位体のうち50体ほどを殺されてしまったんですから、人工的に作るしかありません」

「そうですよ私、余裕を持っていきましょう」

「えぇそうですよ私、私が他の人になりきると考えることができなかったヒーロー達をあざ笑ったりすればいいのですよ」

ぞろぞろと出てきたのはおよそ100体は超えるクイックリンパサーの分裂体、むかつくことにそいつら全員はこちらを舐めるように高笑いをしている。


だが七達が今まで倒してきた分裂体とはわけが違う。


もれなく全員圧倒的強者の風格を持ち合わせている。そのうちの一体にはさっき確認させに行かせたヒーローの首を携えている。


(そうだ!避難した人達は!?)

「七!?」

七は思考することを放棄していたがすぐに正気を取り戻す。


ナインズの声を無視して、瞬間移動を多用し、目の前に並ぶ分裂体を避けるように大回りをしながら駅構内である避難所の中にたどり着く。


そこには………


人がいなかった、誰一人として………ぐしゃぐしゃにされた流体縄だけが無残に転がっている。


「あら?そこにいたんですか、七」

100体あまりの集団の最後尾にいた分裂体がニヒルに笑う。


分裂体と自分とを隔てているのは改札しかなく、なんとも頼りない。


だが彼はヒーローだ。


立ち向かわなくてはならない。


「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

七のその叫び声が駅構内に響いた。



10分後

秋葉原駅

「ん-少し数を増やしすぎましたかね?」

腕を折られ、足を折られ、喉をつぶされ、ただ痙攣するしかなくなったナインズと七を冷ややかな目で見下ろしながら顔をふんずける。


株式会社ジュエリー前

「んっ、んっー、これは少し厳しいねー」

「スリー!」

血反吐を吐きながら後ろにいる多くの役人や避難者たちをかばうように震える足に鞭打って立ち上げる。

「よく気づいたな、会社の内部にこの私がいたことを」

「んっーんっー、ただのヒーローの勘さ」

「そうか、だがその勘を逃げることに使えなかったお前は死ぬぞ?」

「そ、そーかなっ!」

スリーの目の前にいるのはおよそ100体の分裂体、本当ならばプラス30体ほどはいたはずだったがスリーのファインプレーにより100体に収まっていた。


だが………それでもスリーにとっては厳しい状況であることに変わりはなかった。


「死にさらすがいいスリー」

クイックリンパサーの魔の手がスリーの心臓を抜き取ろうとしていた。


巣鴨駅前

「こんなの、聞いて、ないっ」

ばたっと力なく地面とキスしたファイは頭から流れてきた血によって視界が赤く染まる。


「いい顔ですねーファイ、私はそういう顔が見たかった」

「ちっ、このくそ野郎が」

恨みを込めに込めたその愚痴はクイックリンパサーの嫌味な笑顔によって掻き消える。


「どんどん言ってください誉め言葉ですので」


池袋駅前

閑散とした駅の前でワンは茫然と立ち尽くす。その下にはおよそ1000体にも及ぶクイックリンパサーの死体があった。


だがそこには避難者もワン以外のヒーローもいなかった。ただ全身ぼろぼろのワンが死体の上に立っているだけである。


「まさかここまで強いとは、予想外でした」

ぱちぱちと拍手しながらワンの元にやってきたそいつは分裂体が言っていた上位体よりも強い雰囲気を漂わせている。


おそらくこいつがである。

「はぁ、はぁ、はぁ」

体が限界を迎えているワンは立つこともままならず、死体の山の上にへたっつと力なく腰を落とした。

「上位体1000体もあれば流石に倒せるだろうと思っていましたが、それでも無理だったとは………」

「死ねっ」

悪態をつくが、弱弱しく腰を抜かした状態ではまったく迫力がない。


「でも残念、私の勝ちです、ではそろそろ幕としましょうか」

腰から取り出した拳銃の銃口をワンの脳天に向ける。


「さようなら、最強のヒーロー」

ぱぁぁぁぁぁん!!と銃弾は放たれた。





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