第18話 誰かの願い

よくある団地、何も人工的なものは置かれておらず人工的に作られたビルのすぐ横にあるその団地は一目からつきにくい暗い場所に存在しており、まさに子供が大好きな秘密基地といった雰囲気を醸し出している。


その団地にの真ん中にある大きな大木の上に一人の少年が立っており、その少年を囲むように少年少女たちが体育座りをしている。


「よし!今日ここに革命軍を設立することを表明する!!」

その少年が勢いよく腕を掲げたかと思えば団地どころかこの地域一帯に聞こえそうなほど大きな声で叫んだ。

「わぁぁぁぁぁぁぁ!!麻木様流石です!!」

まるでシンバルを叩く猿の人形のように素早く拍手をする一人の少女を抜いて他の少年少女たちにはそこまでやる気は見られず、ぱち、ぱち、と悲しく音が消えるだけだった。


「ふふ、俺は悲しいよぉ、こんなにも乗ってくれないなんて」

少年は鱗のついた手でとほほと自分の頭をかく。

「いいえ!麻木様の設立した軍隊ならばきっと私達の差別はなくなるはずです!!」

「ありがとうねぇラナぁ、君だけだよ俺の案にここまで賛成してくれるのはぁ」

「そ、そんな!私だけなんてっ、そんなやめてくださいよはずかしい!!」

両手を頬に当てにやけ顔が止まらない少女、ラナの口からはときおり火がこぼれ出ている。


思えば彼女の体はどこか猫背で蛇のような舌をしている。


「はぁ、俺達は人間たちに迫害されてきた、それはつらいことだったしやり返したいっていう気持ちは少なからずある、けど現実的じゃないだろ」

小生意気な釣り目の少年が麻木に対して意見を出す。


「俺は最初っから反旗を翻すとは言ってないよシュリン」

「どういうことだ?革命を起こすんじゃないのか?」

「まったく思考が固いねシュリンは、革命を起こすとは言っても別に武力を使ってのものじゃない」

「じゃあどうすんだよ、武力でなきゃこの異端者を差別する流れは変わんないぞ」

「いやあるよ、武力以外で異端者をこの社会に認めさせる方法」

麻木がそう言うとビルの隙間から生ぬるい風が流れてくる。その風は麻木の髪を揺らし過ぎ去っていった。


「俺達がやるのは慈善活動さ」



「やっぱ王道はゴミ拾いだよね!」

麻木は元気にゴミ袋にトングでとらえたアルミ缶やスナック菓子の袋などを入れていく。みるみるうちにゴミ袋はいっぱいになり、「シェリン、ゴミ袋を!」次のゴミ袋をシュリンに渡してもらうために顔を上げたとき、そこにはラナ以外の誰もいなかった。


「おい異端者これも拾っていけよ」

一般人から投げられたアルミ缶はぽかんと麻木の頭に当たり、流れるようにゴミ袋に入っていく。

「あいつ殺すっ!」

「だめだ、ラナ」

「でもっ!」

「それをしたら全部終わる」

麻木がラナを止める手には力が入っておらず少し力を込めればふりほどけてしまえそうだった。


だがラナは振りほどかない、静かに、そして優しく麻木の手を握り返す。

「シェリンや他のやつらは皆帰っちゃいました、”こんなのやってどうする”って言って、正直私もそう思います、なんで麻木様はこんなことをするのですか?私は麻木様に、こんなことをさせたくは………」

俯きながら震えた声で問う。それを見た麻木は握る手の力を強めた後周りを見渡す、「ひっ!」視線があった親子には子供をかばわれ、まるで敵を見るような視線を向けられる。急いでいるように見えたスーツを着た男性は麻木を見るやいなや急ぎ足で来た道を引き返していった。


それにならい続々と麻木の周りからは人が掃けていき、気づけばあたり一帯はゴミ一つ落ちていない綺麗な場所になっていた。


人造人間という存在が今ほど流行していなかった時代、少数派であった異端者への差別は悪化する一方であった。

「………そうか、俺の考え方は間違っていたのかな」

「帰りましょう麻木様、もう一度考えるべきです、革命軍の在り方を………」

「そうだね、心配させてごめんね」

「私のことなんてっ!」

涙をこらえたラナは声を荒げて麻木と目を合わせる、口からこぼれ出た火が麻木の肩の服を少し燃やした。


もう一度顔を俯かせたラナは握っていた手を離し、一歩分麻木に近づく、麻木に寄りかかるように身を預けると麻木の服をつまみながら彼女は口を開いた。

「私の事なんてどうでもいいんです、ただ麻木様がいれば………」

「あぁ二人で考えよう、これからの革命軍を………」



一度団地に戻った二人は大木の上にまたがり、家からくすねてきた画用紙を展開する。

「私は人造人間になんてなりたくありませんでした、けど親に無理やり連れられて手術を受けさせられました、そこで私はこんな体になってしまったわけです」

口を尖らせたラナは火炎放射機のように炎を出す。


「けど、今はとっても幸せです、麻木様のような人に出会えたから、あなたに出会ってなければ私の人生は灰色のままでした」

「照れることを言うんじゃないよぉ」

情けなくも後頭部をかく麻木を優しく見つめた後ラナは続ける。

「私のような人はきっと他にもいます、見つけましょう、そうやって少しづつ革命軍を大きくしていきましょう、そして最後には異端者は悪い者じゃないって思わせるのです」

「………うん、そうだねそれが一番いい方法かもしれない、そうとなればっ!」

意気込んだ麻木は手に持っているマッキーペンを画用紙に走らせていく。


”皆を救う革命軍!!!”

と書いたその紙を鼻息を荒くしてラナの前に突き出す。


「俺達は異端者を助けるヒーローになろう」

「いいですね、それ」

ラナは笑って答えた、かくして”革命軍”たった二人によってつくられた、すべてが順調というわけではなかったが、思いのほかメンバーが集まるのは早かった。


一年もすれば総勢287人という大規模集団となっていた。だがそこである一つの問題が露わとなった。



重厚な扉を開けると、そこは大量の本が乱雑に積まれていた。誰がどう見ても手入れされていないその部屋はほこりまみれである。そんな部屋へとラナはためらいなく踏み入り、地面に投げ捨てられた本をよけるようにして部屋の真ん中へと近づいていく。


「麻木様、近くの廃ビルに異端者の子供が囚われているとのタレコミが入りました」

「そうか………じゃあ行こうか」

本のベッドで爆睡していた、麻木は本を手で払いながらのっそりと起き上がる。顔に乗っていた本が落ちると麻木のしわが出始めている顔が露わになる。


「………麻木様、なぜそこまで頑張るのですか、このままではあなたの寿命の方が先に尽きてしまいます」

「いいさ、それで誰かのが叶うのならそれでいい」

「廃ビルは、ここを出て200メートル先にあります」

「わかった、案内を頼むぞラナ」

「………はい」

下唇を噛みながら眉をひそめたラナを見て麻木は少し悲しそうに微笑んでから、部屋を出た。



夜のとばりが下ろされたビルの内部で激しく怒号する声が聞こえてくる。

「おいてめぇ!異端者の分際で俺に歯向かってんじゃねぇ!」

「かはっ!」

大柄な男がうずくまっている少女に追い打ちをかけるように横腹に蹴りを入れる。


そんな男を殺してやるといわんばかりの殺意がこもった瞳で睨み返す。それが癪に障ったのか男はさらに力を込めて蹴る。

「いいかぁ?お前からとれる鱗は丈夫で高価だ、俺が大事に育成してやるからよぉ、てめぇは、そこでおとなしくしてろよぉぉぉ!きゃはは、は?」

そんな男の視点は上下反対になり、そして流れるように男の首は胴体から落ちていく。どちゃっという生々しい音ととともに男の顔は地面にぶつかり、次に胴体も力なく前に倒れた。


あまりに衝撃的なことが少女の目の前で起こったわけだが、なによりも少女の視線を離さなかったのは血が付いた刀を持った一人の中年のおじさんであった。


「やぁ私達は異端者の保護を主に行っている集団革命軍だよ、君名前は?」

鱗の生えた手を少女の前で見せて警戒心を解くよう試みる。その手をまるで関心を示さない少女は麻木と目を合わせ、口を開く。

「………多分朱里」

「ふむじゃあ朱里、君は私に何か願いたいことがあるかな?」

「この鱗を取って、綺麗に、欠片も残さず」

少女はなんの期待もこもっていない、暗い瞳で自分の腕を差し出す。そこにはびっしりと鱗のようなとても人間のものとは思えない皮膚があった。


「綺麗じゃないか、本当に消していいのかい?」

それを嫌な顔一つせず、すくい上げた麻木は優しく朱里の歪な腕をなでる。

「お世辞を言うな、私のは呪いだよ、何よりも醜い呪いでしかない」

そう言いながら朱里は自分の左腕をつかみ、付着している鱗に手をかける。


「こんなの!こんなの!こんなの!」

鱗を無理やり外し、腕からはぎ取っていく。はぎ取った後には血があふれ出している。「ちょっと!何やってるの!?」とラナは思わず朱里の行動を止める。腕をがっしりとつかんで離さない。

「これが呪いだよ」

朱里は血だらけの腕を再度見せつけてきた。見るとさきほどまで削られていた鱗はきれいさっぱり回復していて、ぬめりを含んだ鱗が復活していた。


「私はこの鱗をそこの男にはぎ取られ続けた。”高く売れるから”って理由だけで………」

「そうか、君にとっての呪いか………」

「………できないならできなと言え、これは誰にも解くことができないんだ」

「いや解けるよ、”彼の物の鱗をはぎ取り給え”」

麻木がそう告げると朱里の腕からぼろぼろと鱗が剥がれ落ちていく。なんの神々しい光もなく淡々と鱗の数は少なくなっていき、そして朱里にとって改造人間になって初めて自分の肌を見つめることができた。


「え?なんで?これは呪いのはずで………」

信じられないといわんばかりに自分の腕を何度も見直す。だが何度見てもそこには人間の肌らしい肌色の皮膚があった。ぬめりがあるわけでもなく、ざらざらもしていない、そんな待ち望んでいたがそこにはあった。


思わず顔を上げ麻木と目を合わせ、そして絶句する。

「呪いでもなんでも、君の願いなら叶うさ」

朱里の目の前にはさきほどよりもやつれたように見える男が座り込んでいた。目の下の隈は増えていて、呼吸する音もどこか弱弱しい。


それは一言で表すとするならば”老化”ともいうべき現象だった。

「あなたは、もしや」

「麻木様は寿命を代償に能力を行使する」

朱里の言葉を遮るようにラナが言葉を発する。


「そして人の願いを叶えるんだ、自分の願いは叶えられないのにだ、そして寿命が尽きるときが麻木様の能力限界になる」

「それで、そんなに………」

「はぁ私の能力は話すなと言ったのだが、まぁいい、朱里俺達の革命軍に来る気はないか?何悪いようにしないし、俺がしようとしている慈善活動に協力してくれればいいだけだ」

「あなたの言っているこはすごく意味不明だ、なんで自分の寿命を削ってまで………」

朱里の語気は強いがその言葉の節々は弱弱しく聞こえた。

「………君は優しいな、何これもただの自己満足の一つさ、気が向いたらこの廃ビルから出て200m先にあるErdというビルに来てくれ、盛大にもてなそう」

そう言って麻木は「さぁ帰ろうかラナ」と告げ、立ち上がりその場を去っていった。


「………ありがとう、私の神様」

朱里のその言葉は静かに空気に溶けていった。



「うん、随分寿命を使ってしまった」

しおれた自分の手を見てそうつぶやく。

「なぜ、あんな無理をしたんですか?あの子供は”体に生えた鱗を取ってもらうことを渇望”していました、それは麻木様の”願いへの想いの強さ”が使用される寿命の長さに比例するという能力限界にとってあまりよくはないはずです、一体どれほど使用したのですか?」

一歩麻木に寄り添って麻木のゆったりとした歩調に合わせて歩く。


「多分10年は使ったかも………」

「………そうですか、それでもあなたはこの活動を続けるのですか?麻木様」

「続けるよ俺はそうしたいがために、俺が死ぬまでね」

「わかりました私はついていきます、どこまでも」

二人は歩く、月明りが照らす街道を、ゆったりと、静かに………。



時は現在に戻る。

「その後寿命が近づいてきた麻木様を外に出さないために書室の奥底に隠し、私、第2幹部、第3幹部の三人で寿命を回復させるための旅に出るために革命軍の指揮を”第6幹部クイックリンパサー”に一任した、彼は優秀ではあったからね、けどそれが悪手だった。やつは純粋悪だった、やつのせいで革命軍はおかしくなっていたのだ」

ラナは暗い表情を張り付けながら語りを終えた。


「だからあなたにクリックリンパサーを倒してほしい、お願いできるだろうか?」

「だからさ、言ってるじゃんあんたが何を言おうとどんな願いを言おうと俺はやるさ」

ノータイムで返答するその少年にたじろいだラナは少し言いよどんでから口を開く。


「ありがとう」

はじめて見せたその笑顔はどこまでも明るく、綺麗なものだった。







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