32話 最強3人

「あぁそうか、私の能力は”合体”もできるのか」

クイックリンパサーは研究室で一人笑う。周りには惨殺された”被検体”の数々、そのどれもがクイックリンパサーの身体的特徴とよく似ていた。

「ふむ、だが私が私自身の意志で殺すのはだめなのか、”自殺”判定になる」

はぁと息を吐き額に手を当てて天を仰いだ。


「自殺判定されては魂は残らん、そして魂がなくてはさらなる合体も見込めない、くっく、まったく難儀な能力ですね」

顎に手を当てて、ニヒルに笑う。その顔は言動とは裏腹に心底楽しそうであった。


「………そうだ、ヒーローどもに殺させてあげましょう」

それはイカレた人間にしかできない発想、自分の分裂体をただのモルモットとしか見ていないようなぶっ飛んだ人間にしかできない行動だった。


「そして最後は最強になった私に絶望するヒーロー達を眺めながら大量の殺人をしよう、そうだそうしよう、それが一番”悪”だ」

クイックリンパサーは愉悦し笑う。すぐにでも絶頂しそうな震えあがる自分の体を押さえつけ、ハリネズミのように丸まった。


「………そうすればきっとあのクソガキも私に興味を持つだろう」

彼の心の底にあったのはねじ曲がり、ドス黒く淀んだ感情だった。



「さぁ、手始めにあっちにいる”観客たち”でも殺してしまおうか」

もう既に並のビルを優に超える大きさを持ったクイックリンパサーはわざと眼下のワンに聞こえるように声を張り上げる。


そしてその宣誓に違わずクイックリンパサーは拳を握り、その巨大な一歩を踏み出した。その足はワンを軽く飛び越え大きな地響きと共に周辺のビルが崩れだした。

「ひっ!こっち来る!」

向きが自分の方に向いていると感じたゲマズは体を跳ねさせ、一足先にビルから駆け下りる。

「くっさせるか!」

「はっ!はっ!邪魔ですよぉ」

「がっ!?」

その行動を看過できなかったワンが力を振り絞り空中に飛び出し、その拳をもって巨大なクイックリンパサーの顎を破壊しようとするが、まるでハエを払うがごとく雑に叩き落とされる。


地面に頭から突き刺さったワンは額から血を垂らす。


「はぁ、はぁ、させ、ない」

クイックリンパサーが巨大化する前から満身創痍なワンだったがふらつく足になんとか鞭を打って歩き出す。意識は朦朧としていて真っ直ぐに歩けていない。そんなワンを置いてクイックリンパサーは脇目も降らずロップスが連れて行った避難者の方に走っていく。


「いく、な、いっちゃ、だめ、だぁぁぁ!!!」

正真正銘最後の力を振り絞り飛翔したワンはなんとかクイックリンパサーの背中にしがみつく。


「いかせるもんかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

怒涛の乱撃をクイックリンパサーの背骨に叩き込む、それはなりふり構わない決死の抵抗だった。しかし………

「うーん?背中に何かいますか?まぁいいどうぜコバエでしょう」

「は、あ」

クイックリンパサーは背中にしがみついているのが誰かを理解しながらあえてそれを無視して走ることを続行する。その言葉にワンの殴る手が止まる。


そのときワンはかなり遠くにロップスの姿を見た。後ろには迫りくる脅威に震えている避難者達、何かにすがろうと両手を結んでいる人もいた。


「く、あぁ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁ!!!」


もう一度コバエの抵抗が始まった。何度も、何度も、何度も、その小さい手で背中を撫でる。


「あぁん?こそばゆいなぁ」

「あぁぁぁぁぁ!!!!」

ちく、ちく、と小さな不快感だけを与えるワンに愉悦を感じたクイックリンパサーは大きく口角を上げる。


「はぁ、はぁ、はぁ」

(意味がない、僕の攻撃のいっさいが通じない、………………これだけはやりたくなかった、けど………かくなる上は)


ワンがポーチから取り出した”それ”はヒーローとしてあるまじき鋭利さを持っていた。


(この対クイックリンパサー用の猛毒ナイフで………)


ワンは”それ”を背中に突き立てた。


ぱりん、ナイフは虚しくもガラス細工のように破片となって散っていく。

「………くっそ、プライドを捨ててもだめ、か」

耐えていた涙があふれ出し、今一度先刻の避難者を確認する、さっきよりも近くになっている両者の距離に歯ぎしりをする。


「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

(諦めない!諦めない!諦めない!なんでもいいやつの進歩を止められるような攻撃をし続けろ!)

一度背中から手を離し地面に手で着地して後、疲労によって使い物にならない足を捨て置き、手を使って地面をはたく。


(聞いたことがある、人間のアキレス腱はハンマーなどで強くたたくと普通に立つことができなくなるという)


勢いづいたワンの拳は確かにクイックリンパサーのアキレス腱にクリーンヒットした。


そう、人間がアキレス腱を強くたたかれると立てなくなるというのは事実だ。だがそれは”ワンの拳がクイックリンパサーにとって強いの部類”に入っていればの話である。


「………くっそ」

元々がハエぐらいの痛みしか与えていなかったワンのパンチを手で踏み込むという威力が減衰した状態で打ち込んだところでまともなダメージが入らないことなど目に見えていた。


ワンは走っているクイックリンパサーの足に蹴飛ばされはるか後方に吹き飛ぶ。


「がっ!」

地面に背中を削られながら勢いは止まる。


「まだ、まだだ!、んっ?」

気付けばワンの足はまともに立てなくなるほどにガタが来ていた。がちがち、と貧乏ゆすりをする足を強くたたく。


「ふざけるな、僕はぁ!ワンだぞ!!!」

「………止まるノネ」

「あぁぁぁぁ!?なんだぁぁ!?」

ワンの叫びと同時に聞こえてきた小さなつぶやきと共にクイックリンパサーの足が止まる。見れば地面に大きな穴ができており、その穴に埋まるようにクイックリンパサーが落ちて行っているように見える。


「君か………」

その声がした方に顔を向けると瓦礫の下から姉が顔をのぞかせていた。その顔には苦悶の表情が張られていた。


「おも、い?」

まるで”またあなたですか?”といわんばかりに顔をゆがめ、クイックリンパサーは振り返る。

「私を置いて話を進めるななノネ」

「本当にうっとうしいことこの上ない」

「そのまま潰れちまうノネ」

「え?」

ワンは姉の言葉に違和感を覚えた。言葉の強さと裏腹にその顔にはいつもの余裕しゃくしゃくといったような生意気な笑みがなかったからだった。


「うーん?これ、言うほど重くありませんねー、あぁそういう事か」

クイックリンパサーもある違和感に気付き歪んだ笑みを作る。


「あなた、これ以上重くできませんねぇ?」

「はっそんなことないノネ」

「強がりはいけませんよぉ、強がりはぁ」

「くそが、自分が有利になったと思ったらすぐ調子に乗りやがって」

やはりというべきかクイックリンパサーに気づかれた姉の弱点に彼女は思わず舌打ちをしてしまう。


「あなたは”地球のことを考えている”んですねぇ」

「………そうか、そういうことか」

クイックリンパサーのその一言にワンも予想がついたのか一度うなずき思考を回す。


(クイックリンパサーの体は今巨大化している、あの走る度に入っていた亀裂を見る限りおそらく100トン以上の重さは持っている、そんな巨体の重力をさらに増したら地盤を貫通し、マントルに触れてしまうかもしれない、そうなったら東京どころか地球の危機になってしまう)


(………クイックリンパサーが多大な重力に動けなかったら被害はないだろう、だがもしも一歩でも踏み出せてしまえばその被害が起きる………)


「もっとしぼむノネ」

「できない相談ですよぉそれは!」

「しまった!ぎっ!?」

ワンが思考を巡らせている間にクイックリンパサーは歩を進める、それを止めようとワンは足に力を入れるが瞬間走った激痛に今一度膝をつく。


(たて、ない)

「はぁ!はぁ!はぁ!」

流れ落ちる汗によって少し染みた無機質な地面をただ眺める。


(視界もぼやけてきた、端っこの方か白んでくる)

「はぁ、はぁはぁ」

足を動かしたくても動かせない、じれったい思いを地面にぶつける。

「くっそが」


(助けなくちゃならない!絶対に!絶対に!)

はいずりながらでも少しづつクイックリンパサーに近づいていく。だが、それはただの実にもならない虫の抵抗だった。


「はぁ、久々に体動かすノネ………」

そんなときため息がワンの横を通り抜ける。気づけば姉はクイックリンパサーの後頭部に迫っていた。


「お前が100トンの重さを持っているというのなら、それを超える重さで殴ってやるノネ」

「はぁぁぁぁぁ!?もう来たのか!クソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お前、誰のことを………」

姉がクイックリンパサーの頭越しに聞いたのはクイックリンパサーが何かにうろたえる声を聴いた。だがそれは姉に対してのものではなくクイックリンパサーの頭を挟んで向こう側にいる、ある男に対してのものだった。


「はっはっぁぁ、なんだお前でかくなったのかぁぁぁぁ!」

「くっそ、ガキィ!びゃっ!?」

突撃してくる男を迎撃しようとクイックリンパサーが腕を振り上げたのを節目に姉の過重な重力によるパンチはクイックリンパサーの脳を揺らした。


それと同時に上げられていた最中の腕は止まり、顔面に男のパンチが直撃する。


「ば、がっ!?」

その両方向によるパンチによりクイックリンパサーの足は止まり、尻もちをつく。その巨体によって地面に大きな陥没が起き、軽い地震が発生した。


「なんだ、お前もいたノネ」

「ねぇさんじゃんなんでここいんの?」

「パチ屋帰りなノネ」

「あー、確かにこの近くにパチ屋あったよなぁ、って!お前またパチ屋いったんかぁぁぁぁ!このくそ姉貴がぁぁぁぁ」

男は決して腕に抱えている柊由香を離すことなく怒号を飛ばす。


「はぁ今は争ってる場合じゃないノネ、ほら下見てみるノネ」

「あぁん?ぶへっ!」

姉の見事な視線誘導によって下を向かされた男はその隙を狙われ頬を殴られる。空中にいた男は浮遊などできるわけもなく頭から真っ逆さまに落ちて行く。

「卑怯!こずるい!ゴミカス姉貴!!」

「ははーん!ばーか!油断した方が悪いノネ!」

男の悪態を姉は跳ねのける。


「くっそ!柊を地面と直撃させるわけにはいかないよな」


すると男は体をひとひねりさせ空中に柊を放り出す。


そして男は自由落下に従い地面に刺さるように落ちた、だが男は驚異的なスピードで起き上がりさきほど空中に投げた柊を受け入れる態勢に入る。


「よし、成功だ傷一つないぜ」

今なおすやすやと寝息を立てる柊に胸をなでおろす。


「おいクソ姉貴、家に帰ったらお説教だ」

「やってみるノネ、うんち野郎」

舌打ちをしながら中指を立ててくる姉を睨む。

「はぁ、まじでガキ」

ぼそっと喋ってから近場の安全そうな瓦礫の上に柊を置く。


「さーて、元気かい?」

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!」

「はっ、やっぱ元気じゃん」

陥没した地面に尻を埋めていたクイックリンパサーは活き活きとしながらその穴から脱出して目じりに血管を浮かべ男を睨む。


対する男は不敵な笑みを浮かべる。


「………お前自分の学校がどうなっているのか知っているのか?」


だがその笑みはクイックリンパサーのその言葉によって掻き消えた。


「モブ次郎達に何をした?」

「やはり気になるかぁ、これを見ろ」

「あぁ?」

クイックリンパサーが腰のポケットからスマホを取り出し何かの操作をした後、男に向かってスマホを投げる。男は乱雑にそのスマホの画面を注視する。


そこには………

「おーやっと映った、おーいこれ見てるの多分親玉のやつなんだろうけど、残念だったな俺らの学校を襲ったやつらは非番のヒーローさんたちがやっつけちまったよ、てゆうかお前さんのラインの名前ダサすぎるだろ、なんだよ”革命の………「その電話をきれぇぇぇぇぇ!!」、え何うるさ」

縄で縛り上げられたクイックリンパサーを踏んづけるモブ次郎の満面の笑みを浮かべた姿があった。


「まぁいいや何度でも言ってやる、”革命の翼”さん」

モブ次郎のその言葉を最後に男はスマホの電源を切った。

「だ、そうだ革命の翼さん?(笑)」

「くそがきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

とんでもない速さで伸びてきた拳は男の体にクリーンヒットし、スマホごと吹き飛ぶ。


多分数百メートルほど吹き飛んだ後、体は壁に打ち付けられる。


(はっ、あいつちゃんと強くなってるな、今のパンチ避けれなかった)


(まぁ俺に避けるという意志が少なかったのもあるけどな)


「お前らはこの私が絶対に殺す」

「やってみるノネ」

クイックリンパサーの頭上にいた姉が拳に1000倍の重力を付与し、重力に流されるまま拳を突き出し急下降する。


「お前ら一人ずつだったら相手することはできんだよぉぉぉ!」

さっきまでの余裕をなくしたらしいクイックリンパサーは声を荒げ体をひねり姉の脳天直下攻撃をよける。

すかさず姉の横腹に向かって突きをする。


「っ!?」

それは横腹にめり込むほどの強烈な一撃だった。


姉も男と同様の方向に数百メートル吹き飛んだ。


男のすぐ横を猛スピードで通過した姉は壁に体を埋め込ませた。


「ねぇちゃんだいじょーぶ?」

男はまるで心配するそぶりすらない適当な口調で後方を向く。

すると姉が瓦礫が埋め込まれていた腕をまず外し、次に頭、最後に足を外した。


そして起こったのは周囲一帯の瓦礫の掃討だった。姉を中心に崩壊したビルによって溜まっていた瓦礫が四方八方に飛んで行く。


残ったのは姉自身と最低限立つことができる地面のみだった。

「うわー怒ってるー」

「殺す」

眉間に青筋を浮かべた姉がクイックリンパサーを殺害の対象に入れた瞬間である。














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