第6話 ヒーローでも異端者でもない

(なんだこいつは?)

地面を突き破って現れたその少年?は口角をゆがめあたりを見渡している。まるで何か大事なものを探すようにきょろきょろと落ち着きがない動きを見せる。

「さぁ続きを………」

そこで少年の動きは止まった。その視線の先にはボロボロになって倒れているポン・カーネの姿がある。


脈打つポンの体は弱り切っており、か細い呼吸しかしていない、重症なのは見てすぐに分かった。「あなたは………」それでもポンは言葉を絞り出す。


「あなたは死んだ筈じゃ?」

つぶれて見えなくなった左目だけを閉じてほんの少しだけかすれて見える右目を数ミリだけ開けて目の前の少年に話しかける。

「あの程度じゃ死なないぜ」

「あの程度って、空気がなくなっていたのよ」

「そんなもん簡単だよ、大きく息を吸ってな、でも途中からお前の攻撃が来なくなってな、気になってジャンプしてきたんだ」


あたかも当たり前かのように言うその行動はまるで現実離れしすぎたものだった。ありえない、この男が言っているのは真空空間の分厚い壁の外にある空気を吸ったということ。


馬鹿げている、ということはつまり空気を吸おうとしただけで壁ごとぶち壊したということだ。


「はぁ、ありえない………」

ポンは諦めたかのように首に入れていた力を抜きうなだれる。

「………もう立てないか?」

「えぇそうね、もう好きに殺していいわよ、あいつに殺されるよりかはましだから」

「それはお前のことか?」

「あぁん?」


ポンに言われ少年は後ろで少年の存在感に警戒しているナインズの方を向く。


そこで自分のサングラスが変装の意味をなさないほど壊れていることに気付き、ボロボロになったサングラスを捨て足ですりつぶす。


マスクを外しあらわになった少年の顔の造形はいたって普通の顔立ちだった、目はくりっとしているほど大きくないし、鼻筋もぱっとしない、唇は薄く幸が薄そうな顔をしていた。


「お前がポンをこうさせたのか?ヒーロー”ナインズ・コロゥ”」

「んだぁガキ、お前は誰だ?俺のファンではねぇよな?」

「聞いてるのは俺の方だ」

少年は前触れもなく消えた、土煙すら立たせずもとからそこにいなかったように忽然と姿を消したのだ。


「かはっ!!!?」

そして少年が次に姿を現したのはナインズの前でありさらに腹に拳を叩き込んだあとであった。


状況が理解できず、ただひたすらに重いそのパンチを喰らいその場にうずくまる。


「んだぁ、これ?」

痛い、それ以外の感情が湧かないほどつらく吐き気がするような痛みだった。


「おい、答えろよポンをこうさせたのはお前なんだろ?」

「当たり前だろう、かはっ!俺以外に誰がいるんだぁ?」

せめてもの強がりか、うずくまりながらも口調を強めて少年を睨みつけるナインズの姿はなんとも哀れなものであった。


「そうか、なぁポンお前はどうしたい?俺にどうしてほしい?」

そこで少年はうずくまるナインズを無視して後ろにいるポンの方に振り返る。

「え、私?」

ポンはその返答に答えられずにいた。何を言っているかわからなかったからだ、さっきまで自分を殺そうとしていた相手であるポンに対してなぜその質問が出てきたのかがまるで理解できなかった。


それを察してか少年は口角を悪魔のように歪め口を開く。そしてふらふらと歩きながら話しだした。

「俺はな自分を本気で殺そうとしてくる人間が好きなんだ、ピンチになれるからな、その点においてお前は合格だった、特にあの空気を抜くという戦法はとてもいい、俺を絶対に殺してやるというあの意志の強さは特にな」


少年はポンの前で一度止まり目線を合わせるように一度しゃがんだ。


(チャンスだ)

少年がポンの方に意識を向けていることをいいことに気配を隠しながら少しずつ少年の背中に近づく。


「だからさ、大好きなお前を傷つけたやつのことが許せないんだよ、だからさお前がよければ俺と契約を結ぼう」

「契約?」

ポンが微かに見える視界の中に少年をとらえ、か弱い声で答える。


「そう契約、お前は俺をこれから毎日殺しに来い、必ず一日一挑戦以上はしろ、その対価として俺があいつを倒してやる、その他にも肩とか揉んでやろうか?」

「………」


そこでポンは戦慄する。そう、ポンは気づいたのだ。


この少年がここ第八支部を襲ってきたのは私を倒したいからではない、ただピンチになりたかっただけということに………


どこまでも自己中、彼の前にヒーローも異端者も関係ない、ただ自分をピンチにしてくれる相手を探している悪魔のような人間。


(彼が悪魔?それは私だって同じだ、私だって自己中に人を殺してきた、許されることじゃない、けどもしほんの少しだけわがままを言っていいのなら………)


「影野君を殺したあいつを殺して………」


それが彼女の、柊由香の答えであった。


その答えに少年はさらに口角を上げ、歯茎をむき出しにして答える。

「了解だ」

「死ねやこのくそカスがぁぁぁぁ!!」

ナインズは両腕に筋肉を集め頭上で両手を握り、そしてハンマーのように振り落とした。完璧な不意打ち、よけられるはずがない、ナインズだけはそう思っていた。


「わめくなゴリラ」

しゃがんでいたはずの少年はいつの間にか目の前に立っていた。

(え、いつこっちを向いて………)

直後ナインズの腹に走った鈍痛、先ほど喰らった一撃よりもはるかに重い一撃にナインズの足腰は耐えられず吹き飛ばされる。


そのままの勢いでナインズは壁を突き破り、二転三転しながら第八支部のビルの外に投げ出される。

「ばっ!!?」

空中では足の踏み場もなくパタパタと無意味に手足を動かしながら下に落ちていく。


「なぁポン・カーネ、いや柊由香」

そこで少年は振り返り柊由香の方を見る。

「………」

少年の次の言葉を彼女は息をのんで待つ。

「あとは全部任せろ」

「っ!!」

その言葉が彼女にとってなによりも頼りになる言葉だと知らぬまま少年は突き破られた壁に向かって飛び降りた。



「んだぁよ、あいつはよぉ、一体誰なんだ?」

困惑、ナインズの中を渦巻いていたのはその感情だけだった。悔しさと恐怖が入り混じった拳を「クッソ!」と言いながら地面に叩きつける。


「俺か?俺はただの通りすがりの一般人だぜ」

「ヒーローをぼこる一般人がいてたまるかよぉ」

壁から下りてきた少年に文句ともいえる言葉をもらす。


「そうか?なら一般人じゃなくてもいい」

「はっ!ならてめぇはヒーローでもねぇ異端者でもねぇから”悪魔”とでも呼んでやるよぉ!!!」

「それはちょっと中二病過ぎて恥ずかしいかも」

「それは今更過ぎるだろう………」


気の抜けた返事をするナインズだったが今の一連の会話の中でずっと少年の隙を狙っていた。


(こいつ隙だらけだ、一挙手一投足が無駄にしかなってない、だが!今の俺がこいつにダメージを与えられるビジョンが見えない、俺の全力をぶつけても微動だにしていないこいつの姿が見える)


(なら逃げるか?)

ナインズは後ろ足を引く。


「逃げんなよ?」

「っ!?」

(こいつまたいつの間に後ろにぃ!?)


「かはっ!」

背中に向けられたその拳に再びナインズは吹き飛ばされる。だがナインズとてプロのヒーロー瞬時に背中に筋肉を集め、致命傷は回避していた。


「カスがぁぁぁぁ!!!」

反転振り返り反撃しようと右腕に筋肉を集める、そして今度は右腕だけでなく拳だけに集中する。肥大化した拳は一軒家ほど膨らんでいる。


「来いよぉぉぉぉぉっ!!」

そのナインズの拳を少年はものともせずに突っ込む。いやむしろ楽しみといった表情をしている。

「いくぜぇ、”バルクパンチ”!」

ヒーローらしく技名を言いながら拳をふるった。


瞬間起こったのは鮮烈な光だった、その後に聞こえてきたのは耳の鼓膜がはちきれんばかりのドンっ!という音だった。


大地は震えコンクリートはメリメリとはがされていく、ビル群の窓ガラスはすべて割れ、照明がちかちかと点滅する。


そう、天地を震わすような一撃だった。だったのだが………


「………やっぱりだ」

「っ!」

土煙の中から見えた少年の顔はすべてに興味をなくしたように表情筋が壊死していた。


「お前には”意志”がない、俺のことを殺そうとしてくる意志がなぁ」

「はぁはぁはぁ」


”能力限界”改造人間による能力には使用しすぎると強制的に使えなくなる制約がある。その制約によってナインズの体はもやしのように細くなり、元の筋肉質な体とはかけ離れた姿となっていた。


もはや立っているのすら辛くなり力なくその場にへたり込む。


能力限界によるデメリットは能力の不使用だけでなく人それぞれの悪影響がある。ナインズの能力限界は通常時の10分の1の筋肉にまで落ちるというものだ。


「はぁはぁはぁ、その程度のダメージか」

「言ったろ?お前には意志がないって」


土埃を払いながら口についた血をぬぐう。


「痛みはあるが苦しくないんだよ」


飄々と立ちながら涼しくそう言い放った。


「はぁはぁあれが俺の全力だったんだがな………そうか俺はいつの間にかお前に対して負けるイメージしかできなくなっていたんだな」

「だが痛くはあった、そこだけはよかったな」

「はぁはぁ、クッソ、俺の負けだ。だがだ」

「は?」

ナインズは細く弱弱しい声でいながらどこか誇らしい笑みを浮かべていた。


「よく頑張ったねナインズ、もう休んでてもいいよ」


優しく包み込むようなその声がした方向を少年は見る。


「あとは僕たちがやる」

「第一位”ワン”」

第八支部のビルの壊れた壁の淵から見下ろしていたのはまだ年端もいかないような紫髪の少年だった。


その少年の手には首根っこをつかまれた柊由香の姿があった。















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