第5話 ヒーローの「正義」

「ねぇ由香ちゃん、今日はどこに行くの?」

「うーんそうね、あなたの好きなところでいいわよマスドでも行く?」

「そうだな、じゃあ僕はゲーセンに行きたいかな」


あぁ、これはずっと前の記憶、私が、私達がまだ普通の学生だった時の記憶。そうだ私は影野君の彼女だった。


7年前 まだ私も影野君も人造人間ではなかったとき

影野君は私を好きだと言ってくれた、その言葉に偽りはなかった。最初は中学生なのにこうまで頭が湧いている人と付き合うはずがなかった。


いつもやたらと私の前でブラックのコーヒーを飲むし、飲んだら飲んだでむせた挙句私の机が汚れてそれを一緒に拭く。体育の時間だと私の近くに来て誘って誘ってアピールをこれでもかとしてくるし、正直だるい。


でも彼はそれを一年も続けてくれた。一年も変わらず私を好きでいてくれた。いつの間にか私はそんな彼のことを少しだけ気になるようになっていった。


「ごはぁぁぁっ!」

「ちょっと、またむせたの?」

「ぐふ、すまぬ」

「いつもそうやってかっこつける、正直全然かっこよくないよ」

今日も今日とてブラックコーヒーを口に含み私の机にぶちまけていた。けどなによりも腹立たしいのはぶちまけた後にもかっこつけることだ。


なによりこれがだるすぎる。


「………かっこつけるしかないのだ、………僕はかっこ悪いから」

「………」

そんなことを言われると何も言えなくなるじゃない。


次の日

「よーし、じゃあ今日は二人ペアでダンスをしよう!」

先生が声を張り上げそう指示する。

うわ、これは………

いやな予感が私の中をよぎった。そしてその予感はあたり………


ちらっ、ちらっと私の方を見てくる影野がいた。徐々にすり寄ってくる彼は私に気付いてもらいたいようだった。


「………はぁ、じゃあ影野私と」

「由香ちゃん!」

と仕方なく影野のリクエストに応えてやろうと思って口を開き言葉を言い切るよりも先に影野が言葉を発した。


何かの覚悟を決めたようなその大声は体育館にいる全員が影野の方を見るほどだった。


「ちょっと、影野声がでかい!」

影野の耳元でなるべく小さな声で注意をする。

「ご、ごめん、けど………その、僕由香ちゃんとペアを組みたくて………けどなかなか言えなくて、声がでかくなっちゃたんだ」

しどろもどろになりながら気恥ずかしく指をもじもじして答えた。


「たくっ仕方ないわね、一緒に踊るわよ、ほらこの手を取りなさい」

「う、うん」

彼の小さくてか弱い小動物のような手が私の手を包む。

「もうっこういうときにかっこつけなさいよね」

「あ、そうだね!ついて来いよ由香」

きりっとキメ顔をした影野の顔をぶん殴る。

「遅い!!!」


次の日

そうだ、この日が影野と一緒に帰った日のことだった。

「あのね、それでね昨日のドラマすごい面白かったんだ!!確か由香ちゃんも好きだったよね」

「そうね、あのドラマはよく見るわ」

「そ、そうだよね!前喋ってたのを聞いたんだ!」

「そう………」

私としゃべっている影野君はいつも楽しそうでけどどこか無理をしているようで少し切なかった。


「ねぇ影野君?」

「ん?」

「私君が好きな事の話を聞きたいわ」

「していいの!?」

「えぇ」

私がそう答えたときのうれしそうな彼の笑顔が印象的だった。


1時間後………

「それでね、それでね!」

「も、もういいわ影野君」

まだ続けようとする影野君を流石に止めた。まさか一時間も同じようなアニメの話をされるとは思わなかった。


「あ、ごめんしゃべりすぎたね」

「確かにくどかったけれど、あなたのことが知れてよかったわ」

「そ、そうなんだ、それならよかった………」

影野君は照れ隠しをするように頬をかいた。そんな彼を見たからだろうか無意識に次の言葉が出ていた。

「ねぇ影野君、また明日」

「うん!また明日!」

この日から私はよく彼と帰るようになっていった。


1か月後

「ねぇ由香ちゃん知らなかったかもしれないけど、僕君のことが好きなんだ!!だから僕と付き合ってくれませんかぁぁぁぁ!!」

「どこを見て言ってるのよ」

うれしかった、彼がそう言ってくれるのが、けどそれと同時にどれだけ意気地なしなのとも思った。だって誰もいない教室に酔いだしたのは影野君なのに彼の告白は教卓の裏から隠れるように行われたことだ。


でも、私に断る理由もなかった。


「えぇ、いいわ付き合いましょう」

そう答えた。このときはのぼせ上がるほどうれしかった。だからあんなことが起きるなんて思いもしなかったんだ。



2年後、私も影野君も親の強烈な勧誘により改造人間となり、一か月がたった日のことだった。

「ねぇ!ねぇ!影野君しっかりして!!なんで、なんでこんなことにぃ!!」

燃える火が私と、びくん、びくんと除細動を起こす影野君の体を包む。


熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツいアツい。


けどそれよりも影野君の生死の方が大事だった。


「ひゃはははははははっ!!!」

未だにがれきになったビルの上で雄たけびを上げる獣のような肥大化した筋肉を見せびらかしている。

「あいつぅあいつぅ!!」

あいつだ、あいつがこのビルを壊したせいで影野君が私をかばって!!


「ひゃははははははっ!」

人造人間がまだあまり浸透していなかったこの時代、悪だくみをする人造人間を抑制するために自警団が存在していた。


しかし彼らの「正義」は周りの被害など気にも留めなかった。とどのつまり「正義」は傍から見れば悪であった。


その「正義」のせいで影野君は致命傷を負ってしまっていた。


影野君のひくつく腕は生きているというより、死ぬ寸前の情景反射のようだった。それでも私はその情景反射に一筋の希望を持つしかなかった。

「生きてるよね!そうだきっと生きてる!」

「希望」にすがって、すがって、すがるしかなかった。

「由香ちゃ、ん」

「影野君!よかった生きて………っ!」

ようやく聞くことができた影野君の声は弱弱しく、その声に生気を感じなかった。


「由香ちゃん、僕は一足先に異世界転生でもされてくるよ、そして、はぁ、僕はそこで、はぁ、魔王を倒して、はぁ、また戻ってくるんだ君の元に、はぁ、だから泣かないで、君に涙は似合わな、………」

「影野君!!」

そのまま影野君の体は完全に動かなくなってしまった。満足そうに笑みを浮かべたまま………

「だめだ!させない!このまま死なせることなんてできない!」

私には最初なんの能力もないただの狐のしっぽを携えた異形の姿をした改造人間だった、ここにきて能力が発現した、私は後天的能力者であった。

「だめだぁ!!」

私の周りを光が包み込む。その光は次第に影野君の体をも包み込み、火を消し去っていた。そして、光が消えると影野君の体は………


動かなかった。

「そうだよね、そんなうまく行くわけ………」

そんなとき、横に置いてあった木製の人形が跳ねるように動いた。

「え………」

涙をこらえるようにその人形の方向を見る。


「由香ちゃん………」

喋った、そうだ喋ったんだ、体は模型の人形だけどその雰囲気と声は絶対的に影野君のものだということに確信を持てた。

「影野君っ!」

「あれ、僕生きてる?」

「よかった、よがったぁぁぁぁ!!!」

抱きしめた、強く強く、影野君の硬い人形の体を抱きしめた。


その日が人生で一番泣いた日だったと思う。


けど影野君の精神は日が経つごとに薄くなっていった。


1週間もすればまともな返答すらできなくなっていた。


「なんで、なんで?」

「………」

影野君は答えない。


「答えて、答えてよぉ」

「………」


私の能力ではちゃんとした生き返りをすることができなかった。私の能力の正体は「他人の魂を乗っ取り、物体に意志を付与すること」


しかしそれを維持させるには「他人の魂を食わせ続ける必要があった」


だから殺した。大勢の人間を殺した。


それでも少しずつ影野君の意志は違うものになっていった。


理由は明白だ、「他人の魂」を食わせ続けてしまったからだ。


少しづつ影野君は私のことを忘れていった。


そうだ、私には幸せになる資格なんてない、影野君と一緒にいたいからという理由で人を殺した私に日の元で笑う資格なんてないんだろう。


それでも、それでも………


そして現在に戻る。


「これはないだろう………」

力なくうなだれた影野君の元体である木製の人形を抱きかかえる。


あの振り落ちてきた瓦礫は影野君にとって致命傷となりえたものだ、だから彼の魂はもう消失した。もう取り戻せない。


「あぁん?なんだぁやっぱ生きてたか、ポン・カーネさんよぉぉぉ!!」

逆立っている白髪をなでながら狂暴な犬歯を見せつける。


あふれ出てきそうな怒りを歯を食いしばりこらえながらそっと瓦礫の上に木製の人形を置く。


穴の開いた壁の淵に一人たたずんでいる筋肉によって肥大化した腕を壁の端を握りひびを入れている。


殺す、”二度も影野君を殺した”こいつを殺す。


「ナインズぅぅぅぅぅぅ!!」

まただ、またこいつだ、あのときはじめて影野君が殺されたときもこいつが原因だった。


ヒーロー”ナインズ・コロゥ”私はこいつを殺すためだけに革命軍に入ったんだ。改名までしてね!


こいつだけは絶対に許せない!こいつだけは!


「お前だけはぁぁぁぁぁぁぁ!!」

30個すべての意志を付与した瓦礫をぶつける。その時私の操る瓦礫は120キロを超える。


時速120キロでぶつけられる瓦礫は大抵の物を貫通させるだろう。


「効かないねぇ!!」

「っ!?」

大量の瓦礫をぶつけることでふさがれた私の視界を縫って後ろに回り込んだナインズは私の脇腹めがけて殴りかかってきた。


それをギリギリしゃがんで回避する。


ナインズの拳は空を切ったが間髪入れずに私の顔面目掛けて足蹴りを繰り出してくる。


「くっ!」

反応しきれずに急所となる部分だけを隠し、うずくまりながら腕にモロに喰らう。


何度もバウンドしながら回転し、壁にぶつかり、勢いは止まる。


すかさず前を見るがすでにそこにはナインズの巨大な足があった。


ガードが間に合うはずもなく、私の鼻柱は重たい衝撃によって鈍い音とともにばきっと折れる音がした。


「がっ!」

「はーいクリーンヒットぉぉ」

まるで楽しむように私の顔を蹴り上げる。


空中に放り出された私の体は一回転し目の端でナインズをとらえる。


「なめんなカス!!」

散らばった瓦礫30個に意志を付与し、ナインズめがけて操る。


ダダダダっとこうるさい音とともにナインズの体に瓦礫が当たっていく。


やつが瓦礫の対処に忙しくしている間に私は地面に着地する。


「あぁぁん?がっ!」

全方位から時速120キロの瓦礫を喰らえばたとえ頑丈なこいつでもダメージは必死だ。


「くそったれめ」

「煙だらけじゃない、汚らしい」

「クソガキがぁ!」

煙にまみれて汚れた自らの体を気にも留めず私めがけて一身に飛び込んでくる。


「ここ!!」

ナインズの襲ってくるタイミングに合わせて瓦礫の塊をナインズの前に置く。


「瓦礫ごときで俺が止められるかよぉぉ!」

「がはっ!」

「はい!美女の顔面粉砕!」

固まった瓦礫をぶち壊したナインズの強烈な拳が私の顔にめり込む。


この野郎!執拗に私の顔を狙ってきやがる。


「はいはいはいはいはい!」

「っ!!!」

とめど目なく私の顔を殴り続けるナインズ、なんとか両手でガードするもダメージはある。


そのときのナインズの顔は狂気的な笑みを浮かばせている。


「やっとできた」

「あん?」

「やっとできたって言ったのよ」

私がそうこぼすとナインズの拳はとまる。


「”これ”を物体としてとらえるのは結構難しかったわ」

「あぁ?お前は何を言ってんだ?」

「落ちろ!!」


ドンっと心臓に響くような轟音とともにナインズの首筋にいかづちが落ちた。


「あがっ」

いかづちに打たれてしまったナインズはひざをつき、息切れを起こしている。


「あなたが壊した壁の瓦礫によってつぶされた回線から漏れ出た電気を物体として扱い、あなたの首に落としたの、これで理解できる?」

「あ、あぁ、てめぇ図に乗りやがってぇ殺すぞぉぉぉ!」


よし、完全に頭に血が上った。これで多少は攻撃が読めやすくなる、はず………


「切れたぜぇ、完璧にねぇ」

まさに異形、両腕と両足は先ほどの五倍ほど膨れ上がりかわりに胴体は極限まで補足なっていた。


誰もが振り返るようなあの胸筋はもう見る影すらなかった。


「筋肉移動、それにここまで極端な」

ナインズの能力は”筋肉移動”自身に秘めた筋肉を両手両足、そして体のすべてに筋肉を集めることができる能力。


けどそれはある程度で限度があったはず、それがここまで異形の姿になれるのは相当な訓練が必要だったはずだ。


「いくぜぇカス!!」

「がはっ!」

見えなかった、何も………動きの挙動すら、気づいたら目の前にいて、気づいたら腹を殴られていた。


声にすら出せないような痛みが私を襲い嘔吐物を出す。


「まだ、まだ、まだぁぁぁぁ」

「がっ、がっがっ」

痛い、痛い、痛い、頬が、目が、額が、腹が、足が、全部が痛い。


耐えられない、痛い、いたい。


いた、い。


「これで終いだぁぁぁ!」

最後に顔を思い切りぶん殴ったあと、吹き飛ばないように私の髪を鷲掴み、さらに私の顔に何度もラッシュを叩き込んできた。


………痛い。


朦朧とする意識の中で思う"死にたくない"と、影野君が命を賭してまで守ってくれたのに、いざ自分が死にそうになると"死にたくない"と心底思ってしまう。


醜い人間だと自分でも思う、それでもこの考えだけは拭えない。


嫌だな、死にたく、ないなぁ……。



ぷらぷらと力なく足をふらつかせるポン・カーネに対してにやつきがとまらないナインズは髪を鷲掴みにしたままもう一度拳を握りしめていた。


「さぁもう一セット行こうぜ!」

「あ………」


耐えられない痛みのせいかポンの瞳に涙が浮かんできたとき、下の階からドンドンと何かを破壊してくるような音が近づいてくる。


「ん?なんだ」

「あ………」

ナインズは粗雑に髪を離しポンを地面に落とす。


「音が近づいてきている?」

いやな予感とともに地面を見つめるナインズ。


そしてその予感はあたり、地面は割れ、下の階から天井を突き破ってきたのは一人の少年だった。


「さぁ第二ラウンドといこう、ポン・カーネさんよぉ」

ニヒルな笑みが印象的な一人の少年であった。












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