第14話 終わりと始まり
「ふふっ、楽しい、楽しい」
背中にネオンライトに光る服を着た少女を背負ったタキシードの男は口ずさみながら裏路地を歩く。
「ん-!ん-!ん-!」
「おっとすまないね朱里、今それを外してあげるからね」
「んはっ!」
タキシードを着た男は少女に巻き付けられている縄をほどいてやる。口が自由になった朱里と呼ばれる少女は息切れしながらもなんとか呼吸を整えていく。
「っざけんなっ!!殺してやるセカンドっ!!僕が絶対、この手でぐちゃぐちゃに殺してやるっ!!見るも耐えられない姿になるまで叩き潰す!!」
タキシードの男の手の中で暴れる朱里はしっちゃかめっちゃかに手足を動かすが、それはどれも意味をなさない。
「朱里、今回は君の完全な敗北だ」
「わかってる、だから死ぬほど悔しいんだ」
「ふふっ、まったく負けず嫌いですね」
「………まぁそれは次までに僕が強くなればいいだけの話だ、それよりも今回の作戦ではポンのやつを救出する算段だったはずだ、どうしていない」
「ふふっそれ、聞いちゃいますか」
朱里の鋭い眼光とは逆にタキシードの男、スクイックリンパサーはうきうきしたように笑いながら口を開く。
「私、あの人嫌いなんですよ、あの善意が入り混じったどっちつかずの悪意には虫唾が走る」
「………クイックリンパサー、お前仲間を見捨てたのか」
「えぇ、それに正直言ってこの革命軍という団体もあんまり好きではないんですよね」
「は?」
朱里はだみ声を荒げて厳しい目をクイックリンパサーに向ける。
「おー怖い怖い、そんな目で見ないでくださいよ、うっかり手を出しそうになってしまう」
「お前ぇぇ!!」
体をひねらせ、回転する。クイックリンパサーの手をはじいた朱里は手を縄で縛られたまま、さらにきつく彼のことを睨めつける。
「なぜそんなに怒るのです、あなただって別に善意を持ってるわけじゃないでしょう」
「あぁそうだよ、けど僕は仲間を見捨てるやつは許さない、ボスを見捨てるやつはもっと許せない!!」
「仲間ねぇ、興味ないですねー、あの右目を食わせる実験も成功しましたし最低条件はクリアしてるはずでは?それに今の革命軍の主導権は私にあるのですよ?」
「違う、その最低条件にはポンを救出することも含まれてたはずだ、そして僕はお前に従う気はない!」
「もうーめんどくさいですね、殺すぞクソガキ」
シルクハットを投げ捨てたクイックリンパサーは口調を荒げて、朱里と相対する。拳をにぎりしめた彼に完全に敵対意識を向けた朱里は姿勢を低くして構える。
「死なないように気絶させてやるよ、お前も仲間だからな」
「あぁ、それはありがとね」
クイックリンパサーは冷めた目つきで朱里を見下ろした。
「すっ」
足に力を込めた朱里は鋭い犬歯をむき出しにしてクイックリンパサーに噛みつく。鎖骨のあたりを食いちぎった朱里は勢いそのまま表の道に出る。
「お前、ただ煙を出す能力じゃないな」
肉を食いちぎった感触が確かにあったはずなのに朱里の口元からはその肉は煙のように消え去っていた。
「正解です私の能力は体を変態させる能力、これは極秘内容だったんですが、まぁ死人に口なし、ここで死んでもらいますよ朱里」
「かっ」
とんっと朱里の背中に長いナイフが刺さる。そのナイフは胸をも貫通する。ナイフの先端から朱里の胸から流れてきた血がしたたり落ちる。
「私はね、革命軍が人体実験をしている悪い組織だと暗部から聞いたから入ったのに、ほんと期待外れですよ」
「かはっ、死に腐れ外道」
膝をつき最後に悪態でもついてやろうという気概から出たその言葉だがクイックリンパサーはなおも笑っていた。。
「誉め言葉ですよ」
「へー、悪口言われても誉め言葉って返せるんだ、わかったぜあんた結構Мだね?」
「だれだ!」
自分の背後から聞こえてきた謎の声に対し振り向きざまにナイフを飛ばす。過剰ともいえるその行動だが、後ろにいた存在への恐怖感から反射的に出てしまった行動なのだ。
的確に眼球に投げられたナイフは確かに後ろにいた存在に当たった、当たったはずなのに血の一つも流れていなかった。それどころか、眼球に当たったときにかんっという金属音に近い音を鳴らした。
「お前は、全国指名手配犯の………」
「ん、やっぱり知ってたか、なら俺の目的もわかる?」
(こいつ、ポンを背負っている、ホロウ株式会社を強襲でもしたのか?いやそれよりも、こいつの目はどうなっている!?ナイフだぞ、ナイフを眼球ではじき返すなんて真似できるか普通!?)
「目的ですか、ちょっとわからないですね」
(ここは引く、こんな人体のバグのような存在に付き合ってられるか)
「そこに人が倒れていますね?」
「?、えぇ」
(なんだ、こいつもまた正義の味方気取りか?)
「俺はね、許せないんだよ、人を殺すやつが、だってよぉそれって可能性をつぶすってことじゃないか」
(はっやはりこいつも安い正義感を振りかざした安い人間か、まぁいいいつか絶対に殺してやるからそのときを………)
「お前、逃げようとしてるだろ?」
「っ!」
瞬間、クイックリンパサーは煙化し、全力でその場から離れようと動くがそれを見た少年は問答無用で拳を作り、突き出した。その拳は優にあたりに散らばっていた煙を霧散させ、クイックリンパサーを再び実体化させた。
「かはっ!」
(そんなバカな!私は空気そのもの、空気自体を殴ったところでダメージはないはずなのに!)
「やっぱりな、逃げようとしてた」
口角を上げ邪悪な笑みを浮かべる少年にクイックリンパサーは戦慄する。
(理屈が通じない相手、そうかこれが圧倒的強者)
「まだ逃げる?」
「無論!!」
(だめだ!今はこんなやつの相手をしてられるか!)
今度は水に変態し、逃げようとしたクイックリンパサーだったがそれを少年は見逃した。
(よし、なぜかわからないが逃げられる!)
「やっぱり、あんたおもしろくないよ」
それだけを残し、少年はクイックリンパサーから目線を外した。
それを聞いてクイックリンパサーが怒らないわけがなく、眉間に血管を浮かべたがその逃げる足を弱めることはなかった。
(くそがっ、いつか絶対に殺してやりますからね、あの計画さえ完遂できれば、あいつだって………)
みっともなく逃げた、すべてのプライドを捨てて、みじめな背中を見せて全力で逃げた。
「安心してよ、追わないから」
それだけを言って少年は目の前で倒れている朱里に目を移す。そしてすぐさま朱里の胸のあたりに耳を置き、心臓が動いているかどうかを確認する。
「覚えておけよ!私の名前はクイックリンパサー!貴様を殺す人間の名前だ!!!」
「………まだ動いてる、治療すればなんとかなるかな」
後ろから聞こえてきた雑音を無視して、少年はポケットからスマホを取り出し、救急車を呼ぶ。
「うんこれでいいかな、俺は指名手配犯だし早く離脱しないと」
そう言って少年はその場を後にした。特になにも残さず、何も考えずに彼は去った、これでひとまずの物語は終わる。不安はある、だがこの世界にはどこまでも頭のおかしいドМの人間が存在する。きっと大丈夫だろう、あぁきっと………。
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