30話 side加恋

最初はただの憧れだった。


テレビの前に映る魔法少女達はとてもかっこよく見えた。


だから憧れた。


橘加恋、変身集のようなものを作った時は一人でニヤついたものだ。


いつか私も彼女たちみたいな皆から愛されて、それでいて強い人間になるんだって、思ってたんだけどね⋯⋯


ヒーローになった私は入社初日から問題を起こしまくっていたそうだ。


先輩とタメ口で喋るとか、社長の接待をしないとか、全くどうでもいいことに繊細になるのよね、人間って。


まぁ総じて言えば私は社会に馴染めない問題児だった。


ヒーローをクビにさせられる決定打となったのは救援すべき市民に唾を吐いたことだった。だってしょうがないでしょ?腹が立ったんだから。


そして無職となった私はあると出会った。


「はっはっー!また会いに来るよー、じゃあねー!」

そいつは超ド級のドMだった。私が今まで会ったことがない部類の人間で、正直引いた。


そしてそれと同時に私のプライドもズタズタにされた。


そいつは私の最高峰の技をいとも簡単に弾き飛ばしてしまった。瞬間私の中の何かが壊れ気がした。


叫ぶ以外にできることがなかった。弱い人間の醜い慟哭だった。


それから私はパチンコにハマった、ハマった理由は覚えていない。多分やるべきことがなかったんだろう。


そして出来上がったのは何も出来ないクズだった。



現在

遥か上空に身を投げ出された私は秋葉原駅を見下ろす。うわぁー秋葉原駅が上から見えるよ、ということはつまり生身の人間が投げ出されてはいけないほど高い場所なんだろう。

「ちょっ」

やばい、上昇が終わって完全に下降し始めてきた。


どうやって着地しよう……


と呑気に考えている間もなく地面は目の前に来ていた。


半ば反射的に私の体は腕を前に出し詠唱を……

「かくしきっ、いったぁぁぁぁぁぁっ!」

思いっきり地面とキスしちゃった。鼻が熱くて不思議と涙が出てくる。というか地面って硬すぎない?私みたいに空から落ちてくるやつのこと配慮されてないでしょ!


「全くもう……」

痛む鼻を抑えながら顔を上げると、そこには閑散としていた秋葉原が広がっていた。いつもは忙しなく歩く人やキャッチの人などが跋扈しているはずなんだけど……。


まさに異常事態、ちょっと前までヒーローとして活動していた私も初めての体験だった。(正式ヒーロー活動歴1ヶ月)

「ここは……」

見渡す限りここは秋葉原駅の西口、ということは七達がいるのは東口か!くっそ!空中にいた時確認しとくべきだった。


「急ごう」


足裏にこれでもかと力を込め、そして踏み出す。私の能力、格式砲台と組み合わせることによってさらに推進力も足すことができる。


「間に、あえ!」

多分時間にして数秒、秋葉原駅に内在する多くの店の壁を破りながら私は反対側の東口に現着する。


「はぁ?ちょっとこっちにも何もないじゃない」

だが東口も東口で西口とほぼ変わらず閑散としていた。


まさか弟子に嘘をつかれた?


と余計な邪念が前を遮ったが頭を振り払いその考えを消し飛ばす。弟子を信じられない師匠がどこにいようか。


「よし後でぶっ飛ばそう」


そう心に決めてから大きな一歩を踏み出す。


「師匠!来てくれたんですね!」

「あ!吉田ァ!お前騙したろ!」

「えぇ!?」

後ろから聞こえてきた犯人の声に思わず声を荒らげてしまった。


振り返るとそこには自分の舌を使って大量の人を包んでいる我が弟子、吉田の姿があった。


よかった、救護の方は上手くいってたみたいだ。


だが心無しか舌で包まれてる人は微妙な顔をしている。


そういう態度につい腹が立つ。


「騙したって、なんのことですか?」

「いややっぱなんでもない、それより七達はどこ?」

「あ、それならそこのビルを曲がって真っ直ぐ行ったところです」

「了解、今度は嘘じゃないわよね?」

「だから!嘘ってなんのことですか!?」

「おんやぁ?」

いつも通りの騒がしい師弟での会話、そこにノイズが入った。気持ちの悪いねっとりとした余裕のある声色、別に聞き慣れた声じゃない。


あのドMのような清々しいものでもない。その声の主が根っこからの悪ということを声だけで感じ取ることが出来た。


「あぁ、あんたね」

「おや?私を既に知っていたのですね、ふむ佇まいからしてあなた強いでしょう?」

「ふふんっ、よく分かったわね」


ふふんっと鼻を鳴らしてから、腰に手を当てて自信満々に天を仰ぐ。


敵の前から視線を切るという愚行中の愚行、私はそれをなんの躊躇いもなく行った。


「それ、隙ですよ」

「はっ知ってるよ」

「なっ!?」

腕を腰に当てたふりをしてくいっと掌をクイックリンパサーの方に向けて詠唱を唱える。”格式砲台・強”!私の掌から繰り出された光線はそいつの体をいとも簡単に貫いた。


「知ってる?戦闘において一番やっちゃいけないのは勝利の確信だ、覚えておくといい、って聞こえてないか」

チリのように消えたのを見て、鼻で笑う。


ていうかいったぁ、”強”を使うと手がしびれちゃうのよねー、でも強を使ってないと多分あいつは倒せてなかった。油断をついて強を使ったから倒せただけ………


もしこんなやつらがごまんといたら、ちょっとやばいかもって………


「て、思ってたんだけど、言ったそばから湧いて出る」

ちっと思わず舌打ちが出てしまう。


ビルの陰からゴキブリのように出てきたのはさっきと同じ雰囲気を持ったやつらの集団、さっきの音で気づかれたのね、まったく面倒だ。


「おやぁおやぁ?またおもちゃが来たのかい?」

「こっちのセリフ」

「はっ、を見てもそれが言えるか?」

どさっと私の前に投げられたのはボロボロになった七とナインズの体だった。「あ、あぁ」とうめき声をあげている、ひどいものだ腕も足も曲がってはいけない方向に曲がってる、気管支もやれてる呼吸すら困難だろうに。


「………いえるよ、だって私はヒーローだもん」

強がりだった、確信なんて何一つないけどやるしかない、やるしかないんだ。

「ヒーローは皆そういって死んでった、そこの七のように」

「にやついた顔ができるのもそこまでだから」

クイックリンパサーはこっちを煽るように笑う。


「くっく、強がりを!」

「な!かはっ!」

「師匠!」

背中に走った強い衝撃と共に視界がぎゅんっと高速に動き、飛ばされた勢いを殺せずに建物の壁を貫通し、気づいたときには建物の中にいた。


「はぁ、はぁ」

くっそ、いつから後ろにいた!?気づけなかった、そうかあいつらはなんにでもなれる空気にでも変わっていつの間にか背後に回っていたか。

「くっそ、いった」

髪に絡まった瓦礫を払って体を起き上がらせる。


たった一撃でこんなにダメージが入るなんて、嘘でしょ。

「格の違いがわかりましたか?」

「はぁ、はぁ、わかんないねぇ全然っ!」

油断して私の前に現れたそいつに向かって蹴りを放つ。


「当たらないんですよ、これが」

決死で放った蹴りは液体となったそいつを貫通した。

「はっ、きもすぎんだろっ」

「言ってくれますねっ!!」

「がっ!」

重い一撃が私の腹を襲う。視界が揺らぎながらも吉田が七とナインズを回収し高台にのぼったのを確認して詠唱を開始する「か、格式砲台”爆”!」どんっ!と私の掌からあふれ出した巨大な光線は先ほどよりも大きく鋭くなっており、後ろにいる同じやつらも巻き込んで貫通し、液体状になっていたやつらすら蒸発していったのが見て取れた。


「はぁ、はぁ、はぁっ!!」

修行して爆のデメリットを少しは改善したと思ったけど、やっぱり安易に打つもんじゃないわね、腕が一本イカレっちゃた。

「ふーむ、いい技ですね」

「だよねー、がっ!」

余裕を含んだ声が横から聞こえてきたと思ったらさっきの”爆”でイカれた腕をさらに痛めつけるようにそいつは蹴りをいれてきた。


二転三転しながら吹き飛ばされ壁を貫通した後にあった人形屋のでっかいテディベアで勢いを殺す。

「はぁ、はぁ」

やっぱ強いわね、私死ぬのかな?


かつ、かつ、と未だに杖をつく暇すらあるクイックリンパサーを見てつい弱音を吐いてしまった。


だが杖を鳴らしながら近づいてきていたクイックリンパサーはある地点で止まった、やつが見てるのは大量の人形が重なっている場所だ、あんな人形の山になんの用が………!あれって逃げ遅れた人!?


人形の山の下で震えている人の姿があった。まだ逃げ遅れたやつがいたなんて。

「うーん、まだいたんですね、人が………」

「あ、あ、た、誰か助けっぎゃっ!」

そいつが持っている杖を民間人の口の中に入れ、弄ぶように何度も、何度も、喉の奥をつついた。

「ちょっ、やめなさいよ!!」

考えるよりも先に足が動いていたとはこのことだろう。激痛が走る腕を我慢しながら手を後ろに向け、詠唱を唱える「格式砲台”強”」と、ぶしゅっ、私の腕の血管がちぎれた音とともに皮膚を貫通して血があふれ出る。


だがそんなのも関係なしに私はその推進力を利用して、ほんのコンマ数秒で人形の下で隠れていた人を抱えながらその場を脱出し、クイックリンパサーを背後に回す。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

「お前ヒーローか!くっそ助けに来るのが遅いんだよ!」

ぽかっと痛くもないパンチが抱えているゴミ《民間人》から飛んでくる。殴った後に若干気まずそうにしてるが気のせいだろう。


「………つくづくゴミばっか」

「あぁ!?お前助けるべき民間人に向かってなんて口を!」

あぁわかってる、こいつだって普段はこんなクズな発言はしないのだろう、こんな緊急事態だから冷静になれていないだけ、そんなことはわかってる、だけど、それはヒーローだって同じことなんだよっ!


「うっせぇぇぇバーカ!お前はおとなしく助けられてればいいんだよ!」

「く、お、お前なんなんだよ、どこの会社所属だ!言ってみろクレームいれてやる」

”私は無職だ”という言葉を呑み込んで私は元々所属していた会社である「ビュルンヒルデ所属」と答えた。


「これで満足か?さっさと逃げて、東口は危険だから西口の方ね」

「くっ!、ふざけたヒーローだ!」

「………ヒーロー、ふっ」

吐き捨てるように逃げていった民間人を見て思わず笑ってしまう、まだ私はヒーローとして見られているらしい。


「まぁあんなクズでもヒーローと言われたら案外やる気が出るものね」

ようやく他のヒーロー達がヒーロー活動を続けられている理由がわかった気がする。


あれ?なんか体が軽い、見るとさっきまでそこら中につけてあった切り傷がなくなっており、イカれていた腕が綺麗さっぱりとは言えずとも問題なく動くくらいには治っていた。


まさかあいつ《民間人》が能力でも使ったの?


………たくっお礼くらいちゃんと言葉にして言いなさいよね。


だが不思議と悪い気はしなかった。

「ふふっ、単純なのね私って」

「何を笑っているんですか?」

私を追いかけてきたらしいクイックリンパサーが崩れた棚の上を悠然と歩いてきた。

「あんたには関係ない話よ、ヴィラン」


もう賭けるしかない、に、まだ開発段階、安全性ゼロ、それに発動するまで5分もかかる、けどこうなったやるしかない。


………ほんとはあのドМ野郎に使ってやろうと思ってたんだだけどね、あいついつまでたっても私に会いに来ないからもう使ってやるわよ。


私が手をかざす動作を見せるとクイックリンパサーはびくっと体を揺らした、そうよね、何回も私の能力で自分の分裂体が殺されてるんだもんそりゃあびびるわよね。


ほんとそのままビビり続けててほしいとこだわ。

「格式砲台”極み”」

当然のごとく何も起きない、さてこうなったらあとは神頼みなんだけど………

「?、はったりですか?」

「さぁどうでしょう?」

頼む、頼む、頼む。


「ふっ!」

「はぁ!ちょっ早すぎ!」

クイックリンパサーは5秒もまた待たずして突撃してきた。その超スピードに意図せず尻もちをついてしまう。完全に偶然だったが尻もちをついたおかげでやつの攻撃は空を切った。

「いっ!まじやばっ!」

やつは追撃するように拳を振り下ろし、私の股下のコンクリにひびを入れた。


くっそ!遊ばれてる!けど今はなんとか時間を稼がないとっ。


腕を掲げたまま、やつに背を向けて走りだす。


腕を下ろした瞬間能力が解除されてしまう。だから腕は5分間下ろしちゃいけない、ふっなんとも滑稽な走り方なんだろう、たとえ幼稚園児だとしてもこんな走り方はしないだろうな。


腕をぴんと伸ばし、固定しながら全力で走る。

「逃がしません」

後ろから聞こえてきた冷徹な声に背筋が凍る。くっそ、体は熱いのに心が筋肉が震える。


走ってすぐあとに見えた角を曲がり、人形コーナーを抜ける。次に入ったのは多くの宝石が並んでいるジュエリーショップだった。

「よし、ここはあんま壊されていないわね、隠れるのによさそう」

まだ後ろからやつが追ってきていないのを確認し、ガラスばりのショーケースの近くに身を隠す。ここはあいつから死角なはず、せめて一分は稼ぎたいところだけど………。


「ふー、ふー」

息を殺せ、どんな些細なことでも相手に勘づかれるな、少しでもほんの少しでも時間を………。


「んー、ばればれですよ?」

空気から自分の体を生成したクイックリンパサーは私の隣でにやついていた。

「な!?かはっ!」

やつの重いパンチが私の脇腹を刺す。


くっ、だめだ肋骨が何本か逝った!

てかズルでしょあの能力!


ピンボールのごときスピードで飛ばされ、空中浮遊をしばらく続けた後スピードが落ちてきてよく見えなかった景色が見えるようになってきた。

「ははっ、こんなんじゃ見えない方がよかったわね」

「ハロー」

「ばっ!!?」

飛ばされた先にいたのは他の分裂体達の集団だった。そこから先はただのリンチだった。


「かはっ!」

だめだ、どれだけ攻撃を喰らっても腕だけは下ろすな

「さぁもういっちょ!」

「が、くっかはっ」

10人はいるであろうやつらに囲まれながら私はただタコ殴りにされ続ける。


「随分あなたに削られてしまいましたからね!その分のお返しですよ!」

「………っ!」

耐えろ、耐えろ、耐えろ!私は死んでもいい!だからこの5分間だけは耐え続けろ!!


「さぁ!もっと声を上げなさい!」

「がっ!」

「いいですよ!もっと、もっと、もっとだ!」

「あ、あ、あぁ」

あぁ、腕が上がらなくなって、きた、それどころか、意識が、もう………。


もういいかな、ヒーローじゃなくても生きていけるし、あぁこんな偽善活動なんかつらいだけだし、そうだよまたあいつとパチンコでもしてればいいじゃん、それで幸せじゃん………。それで、それで、それで………。


「させねぇぇぇぇ!!」

「パルクパンチ!!」

消えかける意識の寸前聞こえてきたのは幼い声と野太いおっさんのような声だった。


「なっ!お前らは!?」

ばっしゅっと私の周りを囲っていたやつらは蒸発していった。それと同時にとんでもない強風が私を襲った。強風によって腕が下りないようにもう片方の腕で支える。


強風が落ち着き、舞い上がったほこりが落ちてきた先から見えたのは二人の人影だ。

「誰かが奮闘してるのに、ヒーローの俺らが黙って見てるわけにはいかないよなぁ、七!」

「その通りだ、同胞が頑張っていながら指をくわえてるなどできるわけがなかろう」

「………なによ、さっきまでノビてたくせに」

これが本物のヒーローの言葉の力か、なんだ私と全然違うじゃん。


「大丈夫か?嬢ちゃん」

「大丈夫そうに見える?」

「はっ、見えないなぁそれは」

豪快に笑ったナインズは私の頭を無作法に撫でた。


「というか、あんたら結構重症だったでしょ?」

「それはある民間人の能力によって回復したのだよ」

七がまるで自分のことのように鼻高々と言う。


「あんたが助けたやつさ」

「あいつが?」

七がそれ以上喋らないと察知したナインズが付け足すように話す。


そしてその事実は私にとって信じられないものだった、でもどこかで納得もしていた、あいつは私のことも治療してくれたんだ、七とナインズを治療しても何ら不思議じゃない。


「そいつが言ってたぜ、嬢ちゃんを助けてくれってな、どうやら嬢ちゃんに謝りたいことがあるんだってよ」

「はっ、いっちょ前に調子乗りやがって」

そう言って鼻を鳴らす。


「それとこうも言ってたぜ、嬢ちゃんが最高にカッコいいヒーローだってな」

「………ははっ、そっかぁ、そっかぁ」

………顔を隠したいんだけどなぁ腕は動かせないからなぁ、こんな、こんな、みっともない泣きっ面、誰にも見せたくはなかったのになぁ。


じゃあもう少しヒーロー続けないとね、”最高のヒーロー”として。

「よく頑張ったな、嬢ちゃん後は俺らが「作戦がある」」

ナインズの慰めの言葉を私の言葉が遮る。

「………どんな作戦だ?」

「聞かせろ」

驚いたことにナインズと七の二人はおとなしく私の言葉に耳を傾けてきた、もっと反抗してくるものだと思ってたんだけど、まぁいいこれならこれで都合がいい。


「ちょっと耳貸して」

クイックリンパサーに聞こえないように二人に作戦の内容を伝える。


伝えた内容は格式砲台の能力と”2分私を守って”というもの。


その内容を聞いた二人は「「了解」」とだけ言って、ぽきっと首を鳴らす。


「ねぇ、私が言うのもなんだけどなんでそんな信用してくれるの?」

すると二人はお互いに顔を見合わせ、ぽかんとした顔で口を開く。

「命をかけて敵と戦っていた者を我が信用しないわけがあるか」

「右に同じだ」

「ふっ当然のことのように言う………」

その”信用”がどれだけ難しいものか………。


「おい、頼むぞ」

七はそれだけを言って飛び出した。

「任せたぜ嬢ちゃん」

ナインズは不器用な笑みを浮かべて叫びながら飛び出した。


分かってるの?それ”脅迫”だから。


「………っ了解」


格式砲台”極み”発動まで後1分20秒。



「さぁリベンジマッチだ!」

「今度はさっきのようにはいかせないぞ」

先にナインズが宣戦布告をし、七が呼応するように言う。

「ふっ、またおもちゃにして差し上げますよ」

「「っ!!」」

物陰から現れたクイックリンパサーの集団は二人にトラウマを再帰させる。


だが………

「へっヴィランにビビってるヒーローじゃ、さまになんねぇよなぁ」

彼らは震える心に蓋をして構える。

「くっく、その強がりはいつまで続くかなぁ!!!」

紳士さのかけらもない猛スピードで迫って来たクイックリンパサーに思わず一歩引いてしまったが、すぐに踏みとどまりナインズは拳を固め、七は瞬間移動によって後ろに固まっている他の分裂体に陽動をかける。


ナインズの腕に筋肉が集中しだす。腕は肥大化していき、最早太ももと言っても差し支えないほど膨れ上がっていた。


その腕を動かし、そして突き出す。

「っ!パルクパンチ!」

すべてを破壊する衝撃がクイックリンパサーを襲い、体は四散する、そう決まりきった流れかと思われたが、そうはならず液体となったクイックリンパサーの体は自分の体を操って、拳が通るトンネルを作り、衝撃を逃がしていた。

(くっそ!修行してパルクパンチを打てる回数を増やしたが、当たらなくちゃ意味ねぇじゃねぇか!)


「その技はもう見てるのでねぇ!!」

お返しとばかりに強烈なアッパーをナインズに喰らわせる。

「馬鹿が!俺がこれだけだと思うのか!?パルクレッグ!」

今度は瞬時に足に筋肉を集中したかと思えば薙ぎ払うように蹴りを放つ。


「っ!これは避けられ!?」

せめてもの抵抗かクイックリンパサーは液体に変態したが意味はなさず蒸発した。

「さぁ!どんどん、っ!」

(いてぇ、流石に技を使いすぎたか!?)

ナインズは筋が張ったような痛みに思わず顔をしかめた。


「ちっ、あいつも頑張ってるってのによぉ」

ナインズの視線の先には瞬間移動を多用してなんとか分裂体の攻撃をいなしている七の姿があった。


「さぁ!我を捕まえて見よ!」

「くっそちょこまかとっ!」

無限に近い回数瞬間移動できる七はクイックリンパサーの集団の目を奪っていた。七の軽快な動きを集団は捕えることができず、腕を大っぴらに開いては空ぶるを繰り返していた。


だがこれで終わっていては当然分裂体を一体も倒すことができない。


(それではだめだ。それでは示しがつかんのだ)

「我はヒーローなのだから!」

七の目が揺れる、充血する、目の白い部分のほとんどが赤く染まる。


視界が赤くなり、目の奥が注射針で刺されたような激痛に襲われる。瞬きするのすらつらい中、七は笑う。


「ふははっ!覚醒のときだ!」

「何を!たかが充血したくらいではしゃぐなぁ!」

「充血ではない!これは進化なのだ!」

七には見えていた”瞬間移動させることができるもの”が。


「よし、最初はお前だ」

「はぁ?お前何をっ!?」

七が指をはじくと、クイックリンパサー達と七の距離が10mほど離れていたはずがそのうちの一体が七の前に立たされていた。動揺からかクイックリンパサーは能力を発動する間もなく顔面に痛恨の一撃をもらう。


今まで自分の瞬間移動しかできなかった七の能力の進化の瞬間である。


「がっ!」

「逆転の時間だ」

にやっと七は笑った、だがこの油断がいけなかった。


意識が途切れていなかったクイックリンパサーが反転腕だけを水にして伸ばす。伸びた腕は七の頬にクリーンヒットした。


勢いもくそもない目くらましにしかならない弱い攻撃、だがその目くらましが七には致命的だった。


(まず視界が下に向いて瞬間移動がっ)

視界に映るあらゆる空間に飛ぶことができる七の能力は視界を閉じられてしまうと移動できなくなってしまうのだ。その隙をクイックリンパサーにつかれた。

「ばぁっ!」

「かはっ!!?」

視界を埋め尽くすほどにクイックリンパサーの顔面が迫る。次いで出されたのは重い腹パンチ、的確に急所を狙ったそのパンチに七は嘔吐する。


まるで生ごみを無理やり食道につっこまれたよう気持ち悪さに視界がぐらつく。体温がうまく調節できないのか体の火照りも増していく。


「さぁまた私達のおもちゃになってくれ」

クイックリンパサー達に囲われた七はされるがまま殴られ始める。

(だめだっ、能力が発動できんっ!)

「させるかぁ!パルクレッっがっ?!」

ナインズが間に入るように足に筋肉を込めて蹴りを放ったが、横から別の個体の分裂体に殴られる。筋肉を集中できていなかった頬は無防備だったため、多大なダメージが入った。


「がっ!ばっ!ぶっはっ!」

ナインズの体は何回もバウンドしピンボールのように飛んで行く。

「さぁ!こっからリンチの時間です!」

「かはっ!げっばっ!」

足に込めていた筋肉はしぼみ、細くなった体をまるで枝を折るかのように弄ばれる。ばちっばちっと地面に何度も叩きつけられる。血反吐を吐き、最早声を上げる元気がなくなったとしてもそれは止まらない。


「あははっ!みっともないですねぇヒーローども!」

「たまったわ」

「あぁん?」

吹けば飛ぶような微かな声をクイックリンパサーは聞き逃さなかった。


冷や汗を垂らしながらゆっくりと振り返る。


”死”


それがすぐ近くに迫ってきているのを肌で感じた。


「ぶっぱなす、あんたら早くそこ避けて!」

ばちっ、ばちっ、火花と火花が激しく喧嘩を起こしプラズマのような光を起こしている、その光を作っている張本人はその光を維持するのがつらいのか眉間に筋肉の筋が浮き上がっている。


「なんだ、あれは………」

あたり一帯を照らす光にクイックリンパサーは希望ではなく絶望を見出した。あれが自分に向けられた瞬間自分は死ぬと。


「だめ、だっ逃げられない、俺らごとうてぇぇぇっ!!!」

ナインズが動けない自分をおもんばかる加恋に慟哭する。

「は?そんなん、できるわけ、ないっ!」

今にも飛び出しそうな暴れ馬の光線をなんとか手で制す。だが打つのを我慢すればするほど光の中心からあぶれた火花が加恋の頬を焼く。


「いいから打て!」

「いやだぁぁ!」

「打てって!!」

「嫌だよぉぉぉぉ!!」

「くっそ………」

ここで自分が動かなければ加恋はあの光を打つことはない、それを悟ったナインズは四つん這いになり少しづつでも移動することにしたがそれをクイックリンパサーが逃すはずもなく………。


「逃がしませんよぉ」

首根っこを掴まれたナインズと七の身動きを完全に封じる。

「くっそ、どうすればっ!」

加恋は自分が作った光を制御するのに精一杯、ナインズと七を助けるのなんてもってのほかだ、何か、何か………


焦燥が加恋の脳を蝕み、足の力を抜いていく。何もできない自分を責めそうになったその瞬間時の流れが遅くなった。


そして加恋の肩に何かが乗った。

「………0.1秒後、それ打って」

「え?」

「ぎゃぁぁぁ!!」

耳元で囁かれたその言葉のちょうど0.1秒後、七とナインズを抑えていた分裂体の腕がちぎれ、それと同時に七とナインズの姿も消えていた。


「いまだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

”なぜ”その疑問が口からでるより先に光は飛び出していた。


「なっ!?」

その巨大な光線は蛇のようにしなりを加えながら、クイックリンパサーの集団を喰らった。彼らは抵抗する間もなくその体は蒸発し空に消えていく。


だが光線はそれでとどまることを知らず、激しい音を立てて壁を食い破っていく。ついに外に出た光線は外で待機していた他の分裂体をも倒し、さらに進撃する。その勢いはまったくと言っていいほど衰えていなかった。


「はぁ、はぁ、それは、はぁ、あんたらずべてを喰らうまで止まることはないわ、はぁ走りなさい、どこまでも遠くに、そして誰よりも早く駆けなさい」

能力の反動か目から血を出した加恋は力なくその場にへたり込む。


光は走った、他の分裂体がいるであろう場所へ一直線に。



株式会社ジュエリー本部エントランス


およそ100体に及ぶ上位の分裂体を相手にスリーは奮闘を繰り広げていた。


だがそれもむなしく徐々に体力を削られ、ついに能力限界を迎え喉元にナイフを突き立てられていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「限界ですか?スリー、ではそろそろトドメを………何かが来る?」

後ほんの少しその手を動かせばスリーの命を消せるとこまで来ていた分裂体だったがそのナイフを下ろして、あらぬ方向に向く。

「はぁ、はぁ?」

視線誘導され、分裂体と同じ方向を見たスリーはエントランスのガラス製の自動ドアの先からまばゆいほどに光っている新幹線がこちらに来ているのがわかった。


「まずい、これが秋葉原の私が死んだ理由か!」

「「くっ!誰かたすk」」

ナイフを捨て、逃げようと動作をしたが分裂体達はその光に呑まれ蒸発した。


「………助かったのか?」

口調を取り繕う余裕すら失っていたスリーはぺたっと地面に腰を下ろす。

「………被害者は?」

「ゼロです、スリー様が守ったおかげです」

「ははっ、私は守られただけだーよっ、誰かの光によってね」

役人が淡々と事実を述べる、その功績は素晴らしいものだったが、スリーは歯ぎしりをし、片方の頬だけ無理やり吊り上げる。それは笑顔とは程遠いなんとも不器用なものだった。



巣鴨駅周辺


「全く、どれだけ切っても湧いて出る」

ファイが手に持っている包丁は刃こぼれがひどく、こんな包丁では豆腐すら切ることなどできないだろう。それほどまでに彼女は消耗していた。

「さて、そろそろフィナーレと行こうか、ん?あれは………」

「何あの光」

分裂体に囲まれていたファイは横目に激しく火花を散らす光がこっちに来ているこを確認した。


「まずいわね」

残りの力を振りしぼり、嫌な予感がしたファイは上に大きくジャンプした。

「これは私を殺す”光”、嫌だ死にたく、ぎゃっ!!」

その光は目にも止まらぬスピードで分裂体を呑み込んでいった。音すら聞こえぬ捕食にファイは絶句する。


「あれはいったい………」

着地したファイは荒ぶった息を整えながら通過した光を見てそうつぶやいた。


光が過ぎ去った後の巣鴨駅は静かで、小鳥のさえずりを聞く余裕すらある。それは勝利の静けさかそれとも新たな嵐の前の静けさなのか、それは誰にも分らなかった。



場所は秋葉原駅に戻る


「あー!!!疲れた!」

加恋はばたっと背中を崩壊したガラスのベッドの上に預ける。今となってはガラスが多少背中に刺さる程度では痛くもかゆくもなかった。


「………にしてもあの声は一体、それにナインズと七は」

加恋は最後の瞬間に聞こえてきたあの声を反芻はんすうする。しかし5秒考えても答えが出なかったので彼女は考えるのをやめた。


「まぁいいやーあいつらなら大丈夫でしょ多分、それより今はゆっくりと休みたい、き、ぶ、ん………」

そこで彼女の意識は途絶えた、今日本物のヒーローになった彼女のその寝顔はなんとも誇らしいものだった。



崩壊しかけのビルの中心でぐーすかと無警戒で眠る加恋の傍にある柱の陰で二つの人影がナインズと七の抱えてなにやら怪しげな会話をしていた。

「ねぇリュー、この人達はここに置いてって大丈夫だよね?」

「俺様にそんなことがわかるはずねぇだろう?適当に置いとけ」

「あーでもここに置いてたらビルが崩壊したとき危なくない?」

「それもそうだなぁ、せめて外に運んでってやるか」

その二つの人影はナインズ、七、そして眠っている加恋を肩に担ぎ外に出る。


「よしここでいいだろう、下ろせユー」

「へいへい」

大柄で頭がスキンヘッドの髭面の男が金髪で髪を後ろで結べるほど長髪の男に指示する。長髪の男はゆっくりとナインズと七の硬い地面の上に置く。


スキンヘッドの男は抱えていた加恋の体に自分の胸をぎっちりと押し当ててから地面に置いた。


(うわ、出たよリューのマーキング)

どうやらこのリューという男は気に入った女を見つけると自分の胸を押し当ててマーキングをする癖があるようだった。


「で?俺らどうするよ、麻木さんの協力依頼遅れていくとか言ってたのに、これもう手遅れかもよ?」

「そうだな………逃げるか!」

「はっ!いいね、それ賛成」

リューの提案に速攻乗った長髪の男、ユーは軽快な笑みを浮かべた。


その後二人は跳躍しその場から姿を消した。










































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