第31話 るろうに先人

「話は変わるが」


 折を見て、私は言った。


「明日、ケンネが迎えに来ると言ってたな。あれは、本当のことだと、受け止めていいんだよな」


 バイリィは、珈琲から立ち上るバニラの香りを楽しみながら、答えた。


「ケンネがああなってるときは、うん。本当だと思う」


「君の家に、行くんだよな」


「そうね」


「君の家、この辺で一番、偉いトコなんだよな」


「そうね」


「……本当に、大丈夫か? 自分で言うのもなんだが、私は、言葉も拙いし、服装も違うし……捕まったり、しないだろうか」


「大丈夫でしょ。イナバは、Liú Kèだし」


 また出たな、その単語。


「Liú Kèとは、なんだ?」


「イナバみたいに、こことは違う世界から、来た人のこと」


 聞き捨てならなかった。


「私以外にもいるのか」


 異世界転移者が私一人ではないということにも驚いたが、専用の単語が作られるくらいには、現地人に受け入れられていることのほうが驚いた。


「そんなにたくさんは、いないよ。歴史の中で、ちらほら。今、イナバ以外に、いるかどうかは、わかんない」


 その言葉を聞いて、私はほっとした。


 異世界転移者が、野生動物並にポンポンやってくる存在だとしたら、私など塵芥も同然。


 バイリィに気に入られることもなく、家賃を稼げず『監獄』から追い出され、路端で餓死していたことであろう。


 己の希少性が高くて良かったと、心底思った。


「Liú Kèは、世界に利をもたらすって言われてるんだ。文化とか、道具とか、仕組みとか。だから、Liú Kèが現れたら、たくさんもてなしましょうって、言われてる。作り話くらいに思ってたけど」


 利をもたらすというのは、女神が転移時に授けた、独自性という特典のことだろう。


 どうやら、過去には私と似たような境遇の者たちが、この世界に色んなものを持ち込み、発展の礎となってくれたようである。


 偉大なる先人たちへ向けて、私は心の中で敬礼した。


 おかげで、私はこうして、のんきに異文化交流を行える。


「ケンネはRǐにうるさいから、きっと、イナバをもてなすと思うよ」


「なるほどな」


 ケンネがあっさりと私を認めたことにも納得がいった。


「では、安心してお呼ばれするとしよう。この世界の町や人々にも、興味が湧いていたことだしな」


「あんまり、栄えてはないよ? 正直言って、退屈なとこ」


「それは、ずっと、君がそこに住んでいるからだ。君は、この建物を見て、色々楽しんでいただろう。同じだよ。私にとってみれば、君の日常は、楽しむべき対象となるんだ」


「確かに。それは、そうかもね」


 バイリィは、にんまりと笑った。


「明日が、楽しみになってきた」

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