第32話 共に戯れた日の場所
その日は、夢の中で女神と会った。
「異文化交流は思いのほか、順調なようですね。なによりです」
彼女は、足元に擦り寄ってきたウサギを、こちょこちょと撫で回しながら、私を見ずにそう言った。
今宵の夢の景色は、かつて元恋人と一緒に出向いた観光地が舞台になっていた。
野に放たれたウサギたちが我が物顔で占有する、瀬戸内海のとある島である。
またも、夜であった。
私は手に持った野菜スティックを、眼の前の一匹に放り投げてから、言った。
「貴様の手の込んだ教材のおかげだよ。おかげで、久々に勉強の楽しさというものを知った」
「ふふふ。あれは、自信作ですからね」
「お次は歴史の教科書でも作るのか?」
「それは、うーん、どうでしょう。作ってあげてもいいですが、勿体なくはありませんか?」
「勿体ない?」
「ええ。言語とは違い、歴史というものには、語る者の解釈や、脚色や、あるいは捏造が入り込むものです。どれだけ客観的に語ろうとしてもね。それを含めて楽しむのが歴史です。私の口から語ってしまうと、それは、ただの真実と化してしまいます。それは、あまりに、勿体ない」
「浪漫が消えるということか?」
「そういうことです。物語の消失とも言えますね。女神として、そんなつまらないことは、したくありません。それに、」
彼女の腰に巻いた上着が、後ろの一匹によってガジガジと噛まれていた。そういえば、そんなハプニングもあったなと思い出す。
「それに、あなたから、楽しみを奪うことにもなりかねません。明日、バイリィという娘の家へ行くんでしょう? そこでは少なからず、この世界の歴史を知ることになると思います。先にネタバレを食らっては、新鮮味に欠けるというものです」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
女神は一匹のウサギを抱きかかえ、私のほうを向いた。抵抗を受けて指を噛まれていたが、気にしていなさそうであった。
「ところで、一番大事なことを忘れてはいませんよね? 家賃。そろそろ、第一回目の引き落とし日が迫っていますが」
痛いところを突かれたな。
「無論、忘れてなどいない。しかし、目処が立っていないのもまた事実だ。貨幣経済が発達していないのに、どうやって金を稼げというんだ」
女神は意地悪く笑った。
「この物語の命題にたどり着いたのは、褒めてあげます。だから、ここで一つ、アドバイスを。この世界のワラシベ経済が成り立っているのは、間に、符というものが挟まっているからです。符には値段というものはなく、その価値は個々人によって左右されますが、貨幣に似た役割を果たしていることは事実です。こちらで換金してあげますので、できるだけ、良質で価値のある符を手に入れてみてください」
「それは、より強力な魔術を発動できる符を集めろということか?」
「さぁ、それはどうでしょうか?」
「おい。交換レートを明確にしろ。基準がわからんではないか」
「それはまだ、現時点では秘密にしておきます。どうか、その辺りのことも推理しながら、符を集めてみてください」
女神は笑った。
背後から、朝焼けが昇り始めていた。
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