第15話 肩を寄せた日の場所

 その日は、夢の中で女神と会った。


「どうです? 家賃を稼ぐ目処は立ちましたか?」


 彼女は木の椅子に座って、上目遣いでそう尋ねた。


 私の深層心理がそうさせたのか、あるいは女神が記憶を読み取って思い出の場所を再現したのかは知らんが、夢の中の景色は、私が通っていた大学の学部棟ロビーになっていた


 窓の外の景色は暗い。


 私はうんざりしながら、彼女の隣に腰掛けた。


「一向に立たん。記念すべき異世界住人とのファーストコンタクトは失敗に終わった」


「見てましたので、知ってます。ふふ。お相手の方、とても怒っていましたね」


「言語がわからんからしょうがないじゃないか。英語もまともに使えない私にどうしろと」


「一般的な異世界ファンタジーだと、その辺は転移時になぁなぁで解決されたりしてるんですけどね」


「なぜ、私はそうじゃないんだ」


「第一には、あなたがその要求をしなかったこと。第二には、そちらのほうが面白そうだと思ったからです」


「悪趣味め」


 女神は否定しなかった。


「ご都合主義にまみれた物語なんて、読み飽きてしまったんですよ。ここらで一度、ひたすら主人公が異世界に振り回される物語を読んでみたいと思ったんです。だから、あなたには、とことん苦労してもらうつもりですよ」


 女神は意地悪く笑った。


 元恋人の顔が、そんな風に歪むのを、私は初めて見た。


 彼女は表情に乏しい女性であった。


 いつもなんだか不機嫌そうなむっつり顔をしていて、付き合いたての頃は、本当は嫌われているんじゃないかとビクビクしていたものだ。


 そのむっつり顔が、不機嫌によるものではなく、生まれついたものであると知ったのはいつのことだったか。


 本当は、結構冗談が好きで、可愛いものが好きで、お笑いが好きで、中島敦の『山月記』が好きだと知ったのは、いつのことだったか。


 鼻の奥がつんとし始めてきたので、私はそこらで思い出すのをやめた。


「それがいいです。これは、あなたの失恋模様を描く私小説ではありません。あくまで、異世界ファンタジーにおける幕間に過ぎませんのでね」


「勝手に心を読むんじゃない」


「失礼。読みたくなくても読めてしまうんです。女神なもので」


 女神はそこで立ち上がり、私を見下ろした。


 気がつくと、窓の外には朝焼けが昇り始めていた。


 どうやら、目覚めの時が近いらしい。


「ただ、私は、あなたを絶望させたいワケではありません。それはそれで面白みがなくなりますのでね。ご都合主義には抵触しない程度に、お助けはさせてもらいます。起きたら、本棚を覗いてみてください」


「なにかくれるのか?」


「それは、見てからのお楽しみ、です」


 女神は笑った。

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