第14話 ファースト・ワースト・コンタクト

 ドラゴンと謎の人影との戦闘は、一方的な蹂躙でもって終わった。


 素手の拳圧でドラゴンブレスを吹き飛ばしたそいつは、その後、真っ向に駆け出しドラゴンの腹に一撃喰らわせた。


 対戦車砲ですら弾き返してしまいそうな鱗の装甲に拳がめり込み、収縮の螺旋を描いた。


 それだけでドラゴンはずどんと倒れ込み、呆気なく決着。


 腐臭がすごそうだから殺してくれるなとは思ったが、その人物は純粋な戦闘を求めていたらしく、ドラゴンにトドメを差すことはなかった。


 ぴくぴくと痙攣する大トカゲを足蹴にした後、そいつは振り返ってこちらを見上げた。


 目が合った。


「なんと」


 どんな豪傑が拳を振るっているのかと思いきや、意外なことに、そいつは女性であった。


 少なくとも、私には女性に見えた。


 さて、ドラゴンをワンパンで沈めた彼女は、一体これからどうするのかと動向を目で追おうとしたら、


「Zao Fa」

「うわ」


 びっくりした。


 いきなり彼女の姿が視界から消えたかと思いきや、一体どんな力を使ったのか、次の瞬間には、眼の前のガラス越しにいたのだ。


 切れ長の目が、私をじろじろと眺めていた。


 そんなに見つめるのならばお返しだと思って、私も彼女の顔をまじまじと見つめてやった。


 なんとなく、崇高な西洋絵画を思わせるような顔立ちだった。


 特徴的なのは瞳であった。形状的にはそこまで私と差異はないが、色が違った。


 角膜は琥珀のような鮮やかな黄金色で、瞳孔は真っ黒。どことなく、卵かけご飯を彷彿とさせる色合いだ。


 すらりとした鼻筋や、薄い唇、帽子の隙間から垂れるひと束の銀髪、ゆったりとした襟元から覗く白い首筋など、諸々の要素をひっくるめて、私は、彼女に美というものを感じていた。


 なぜそう思うのかという疑問については、眺めているうちにわかった。どことなく、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画モナリザに似ているのだ。


 個々のパーツ自体はそうでもないから、似ているのは印象だろう。


 つまり、彼女の顔のパーツとその配置には、人間心理に影響する数学的な美の比率、黄金比というものが採用されているのだ。


「yo nie kun!」


 私が美術品を眺める感覚で彼女を見つめていると、向こうは分析が終わったのか、気さくな挨拶と思しき言葉を投げかけてきた。


「na tu? na chi kun? wae mi mame.wae mo nyu chuh,to mame chuh.yo?」


 しかし、当然のことながら、何を言っているのかさっぱりわからん。


 言葉尻が上がっているのを、疑問文だと捉えるならば、大方、突然出現したこの奇怪な建物について尋ねているのだという予測がつく。


「この建物は何? あんたは誰?」といったところか。


 彼女はドラゴン相手はいざ知らず、同じ二足歩行霊長類の私に対しては敵意といったものを抱いていないようだ。


 私はどうしようかと考えた。


 出会い頭で警戒されてもおかしくないのに、むしろフレンドリーに話しかけてきたのは僥倖といえる。異文化交流の第一歩としてはこれ以上ないくらい、幸先の良いスタートと言えるだろう。


 まぁ、戸を開けても問題なかろう。


 眼の前の彼女が悪意というものを巧妙に隠して接近する奴隷商人だった場合、即刻私の物語は終わることになるが、私は持ち前の向こう見ずな性格の赴くまま、戸を開けた。


 決して、彼女の美貌に下心が沸いたワケではないことを弁明しておく。


「よーにぇくん」


 かといってコミュニケーションの取り方も何もわからんので、手始めに、私は最初に投げかけられた挨拶らしきものを返した。


 なるべく発音を真似て、気さくに挨拶したつもりだったのだが、


「xai na!」


 途端、彼女の顔が鬼の形相に変わった。


「na mmame wae kun! ba wae kyoh pi tan,ate wae chen na jie!」


 何を言われているのかはわからんが、口角泡を飛ばす様子からして、とにかく怒り狂っているのだけは伝わった。


 たかが三音の言葉に一体どんな意味が込められていたのか知る由もないが、ファーストコンタクトをミスってしまったことは恐らく事実である。


 私はすぐさま戸を閉めて、鍵をかけた。


 かくして、異世界交流は、第一歩目から躓くこととなる。


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