第12話 邪竜ちゃんへドロップキック!

 私は異世界転移時における女神との会合の際、持ってきた『監獄』について細かな注文をいくつかつけた。


 『監獄の破壊耐性』は、そのうちの一つである。


 『監獄』は、確かに、現世の建築技術のおかげで、ある程度の地震にも耐えられるような造りにはなっている。


 だがしかし、向かう先は何があるかわからない異世界だ。


 蛮族の集落にスポーンしてしまえば即刻窓ガラスを割られて侵入されかねないし、水で覆われた惑星だったり、火山口のすぐ側であれば、転移した瞬間にお陀仏だ。


 せっかく現世から特典として持ってきて、ライフラインまで整えた学生寮が、こんなにあっさり失われてしまってはしょうもない。


 だから私は、女神の加護を『監獄』に備え付けてくれと頼んだのである。


 私の度重なるリクエストに辟易し始めていた女神も、これは当然の注文だと思ったのか、すんなりと受け入れてくれた。


 おかげで今、肉を放り込んだらすぐにでも炭化してしまいそうなドラゴンブレスを前にしても、私はなんとか丸焼きにならずに済んでいる。


「蒸し焼きにもならんとは、さすがは女神の加護だ」


 私は至って温度の変化のない室内で、臨場感溢れる炎の壁を眺めていた。


 今やこの『監獄』は、どんな警備保障会社に依頼するよりも安心安全な無敵要塞へと成り果てた。


「GRRRRRRRRRRR⁉」


 いくら自慢のブレスを与えても焦げ一つつかない建物など出くわしたことがなかったのか、ドラゴンから困惑とも苛立ちとも取れる咆哮が聞こえてくる。


「ふはは! いくら炎を浴びせても無駄だぞ大トカゲめ! わかったらさっさとどこかへ立ち去るがいい! このままでは煙草も吸えんではないか!」


 身の安全を確保したことでいささか気が大きくなった私は、腕を組んで罵倒を飛ばす。


「ZGAAAAAAAAAAAAA‼」


 だが、ドラゴンは諦めもせず、げしげしと、今度は立派な前足使って窓を打ち破らんとしてきた。


 特殊攻撃が効かぬとわかると物理攻撃に切り替えるのは、なるほど優れた判断力だ。


 しかし、いかんせん相手が悪い。


 陸と空の覇者といえど、こちらのバックについているのは女神様なのだ。


 いくら凶悪な爪であろうと、薄い窓ガラス一枚破れない。


「……しかし、防戦一方なのもまた事実。ううむ、このままではラチが明かんな」


 私は、膠着状態に陥った現状に頭を悩ませた。


 どうやらこの大トカゲはプライドが高く、一度狙った獲物は逃さないという性分を持っているらしい。


 喰ったところで確実に味は悪いし、栄養もない腐れ大学生の私を、ここまで執拗に追い求めるとは。


 うら若き乙女相手ならいざ知らず、未知の爬虫類に身体を求められたとて、嬉しくもなんともない。


 さて、どうやってこの大トカゲにお帰り願おうかと悩んでいると。


「GA⁉」


 突然、窓で区切られた視界に一筋の線が走り、ドラゴンが右へと弾き飛ばされていった。


 重心を崩して倒れでもしたのか、ずどぉんという重い地鳴りが『監獄』を揺らした。


「……は?」


 私には、誰かが、ドラゴンの横顎目掛けて、飛び蹴りを喰らわせたように見えた。

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