第58話 つはものどもがゆめのあと

 暖色の光が、『監獄』の駐車場に降り注ぎ、本日の試行錯誤の結果を照らしていた。


 なだらかなアスファルトだったそこは、今や焦げたり溶けたり盛り上がったり色を変えたりしていて見る影もない。広い砂場に大勢の幼児を放り込んで数時間放置したみたいに、混沌としていた。


 私とバイリィは、そんな光景を見ながら、『監獄』の玄関前に腰掛け、うなだれていた。


「……結局、どれもこれもイマイチだったね」


「そうだな。呆気ないと思われた最初の炎の塔が、今思えば一番マシだった」


 丸一日を通して行われた魔術実験の結果は惨憺たるものであった。


 スティーヴン・キングの『ミスト』は濃い霧と六本足の怪物の影を数分間生み出しただけで終わったし、フィリップKディックの『ユービック』は数秒間の時間退行の白昼夢を見せただけだった。


 海外SFはこの世界の神々の趣向に沿っていないのかもしれぬと思って、内容を熟知している日本近代文学でも試してみたが、似たようなものだった。


 安部公房の『砂の女』はアスファルトを隆起させ、やたらと官能的な裸婦像を作りだし、私とバイリィの間になんとも言えぬ奇妙な沈黙を招いた。


 芥川龍之介の『魔術』はこの実験にうってつけかと思ったが、散々アスファルトを奇想天外な形に歪めて見せた後、作品の内容を反映するかのように元の木阿弥に戻ってしまった。


 夢野久作の『ドグラ・マグラ』は、あまりに難解な内容のせいか、いくら待っても何も起きなかった。


 作品に対するイメージが足りていないのかと思った私は、恥を忍んで、己が書いた失恋私小説『逃幻郷』という作品を捧げてみたが、哀れ、軽やかな足取りで駆けていく女性と、それを追いかける腐れ大学生の幻影を映し出しただけで終わった。


「バイリィ。今日試した中で、価値のありそうなものはあったか?」


 私が尋ねると、彼女は申し訳無さそうにひょこりと手の甲を見せた。


「術符は、とにかく効果が求められるからね。娯楽目的のものも、なくはないけど……それにしては、ちょっと地味、かな」


「そうか……」


 彼女の返答は、私の家賃調達計画が早々に破綻したということを意味していた。


「まぁ、とにかくさ、一回店長に見せてみようよ。案外、面白く思ってくれるかもよ」


「そうだな」


 私の心境を察してか、温かい言葉をかけてくれるバイリィのおかげで、私はなんとか絶望せずに済んだ。


「それと、バイリィ。申し訳ないんだが、君にもう一つ、頼み事がある」


「なに?」


「もしもの時は、私を部屋の片付け屋として雇ってくれないだろうか?」


 なんとも情けない依頼であることは重々承知の上だったが、背に腹は代えられない。私は祈るように手を重ねた後、彼女に対して深々と頭を下げた。


「あー、うん。考えとく」


 バイリィは苦笑いで答えた。

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