第8話 頑張ります。明日から

 事態が急変したので、私は財布の中身を机の上にぶちまけ、所持金を確認した。


 財布の中には、千円札が3枚と、小銭が合計17円あった。


 私が現世で使っていた通帳の残高を見ると、31,658円ほどの預金があった。


「……1ヶ月分の家賃しかない」


 私は愕然とした。


 普段であれば、諸々の引き落とし前に日本学生支援機構から奨学金の振込があるので無問題なのだが、現世では私の死後、両親が悲しみに暮れながら解約していることだろう。


 すなわち、定期収入は見込めない。


 私は残った雀の涙ほどの所持金で、なんとか家賃を払っていかねばならぬということだ。


 女神の宣告通り、千円札はいくら複製してもただの紙切れにしかならぬが、小銭については、前述の錬金術が使用できる。


 しかし、それを行うには元金となる小銭の額があまりに少なすぎるという問題があった。


 私が設定した『物品の数的維持』の発動条件は主に二つ。


 「調理や消化などによって、物品が原型を留めなくなった場合」か、「物品が寮外に持ち出された場合」である。


 財布を持って一度寮の外へ出れば、部屋に財布が復活して所持金が増えるのであるが、一往復したところで所詮は17円。100往復しても1,700円にしかならない。


 さすがにそんな虚無的な労働に勤しむのは御免だ。


 家賃を稼ぎ切る前に私の精神が音を上げ、そして増え続ける革財布が部屋を圧迫してしまうことは想像に難くない。これは元恋人からのプレゼントなので、捨てることなど断じてできぬ。


 こんなことなら小銭貯金でもやっておけばよかったと後悔するが、嘆いてばかりいても始まらない。


 私は、いよいよ覚悟を決めた。


「……異世界へと、踏み出すか」


 とりあえず心積もりだけしておいて、具体的な金策は明日以降考えようと思った。

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