第10話 唐突な危機!
朝食と珈琲を摂取し終えた私は、煙草を胸ポケットに入れてから、『監獄』の最上階を目指した。
チカチカと蛍光灯が点滅する薄暗い階段をえっちらおっちら登り、最上階の適当な一室の扉を開けた。
女神との契約により、『監獄』内の部屋は、すべてもぬけの空となっている。
別に元入居者の私物ごと持ってきても良かったのだが、モラルに欠けた腐れ大学生の私物など、大体が不潔極まる猥褻物に決まっている。そんなものに価値があるとは思えないし、第一、触りたくもない。
私は大学入学当時を思い出すような殺風景な部屋へと踏み入り、ここは今日以降、喫煙室及び監視塔として利用することに決めた。
ベランダに出て、煙草に火をつける。
メンソールの混じった煙を肺に送り込み、私は、2階の自室よりは見晴らしの良い景色を眺めた。
世界に光をもたらす太陽のような天球が、地平線の向こうから徐々に姿を現しつつあった。
自室からでは見渡す限り鬱蒼たる森林しか映らなかったが、5階の高さから見ると、『監獄』の周囲にあるものがそれ以外にも見えた。
緑の森の奥には、色を一段階淡くした丘があり、更にその奥には、石造りと思しき城壁のようなものが見えた。
城壁は、遠目で見てもかなりの高さだ。また、壁に阻まれはっきりとは見えないが、ゴシック様式のような尖塔の先が見える。
現世のような機械文明ほどではないにしろ、石器時代ほどの原始さも感じない。
この異世界で発達しているのは、それなりに高度な文明なのだろう。現世で言うところの、近代ヨーロッパのような。
「恐らく、あのコミュニティと関われ、ということだろうな」
私は煙をぶわっと吐き出してから、ひとりごちる。
ニコチンによってふらふらとする頭で、さて、どうやってあそこに潜り込もうかと考える。
門番がいたらどう切り抜けようか。明らかに服装の文化が異なるこの私がすんなり城内に入れるのだろうか。入れたところで言語が通じないのにどう交渉したものか。果たして異世界の物品は、現地人にとって価値があるものだと思われるのだろうか。
様々な問題点が浮上する。しかし、それすらも取らぬ狸の皮算用だった。
私が目下解決すべき問題は、そもそも、この鬱蒼たる森林をどう踏破すればいいのか、というものである。
ぱっと見たところだと、舗装路どころか獣道すら見当たらない。
直線距離で換算すれば恐らく数百メートルとないだろうが、こちとら根っからのインドア人間である。
現世の森ですら遭難してしまいそうなほど、フィジカルが貧弱なこの私が、異世界の森を踏破できるとはとても思えない。
未知の野生動物。毒を持った小型の虫たち。胞子によって怪しげな幻惑を見せるキノコ。現地の猟師が仕掛けたトラップの数々。
肥大化した妄想のせいで、ただでさえ不気味な森が、難攻不落なダンジョンのように思えてきた。
「どうすっかなぁ」
私は、根本まで燃焼が迫ってきた煙草に目をやる。
森に火を放ってしまうのは、流石にやりすぎか。
もしもこの森が、異世界の住民にとってかけがえのない資源や文化的象徴であった場合、私は家賃を得るどころか、世にも斬新で残虐な方法で処刑されかねない。
などと、煙をくゆらせながら外をぼーっと眺めていると、森の上に鳥らしき生き物が飛んでいることに気がついた。
異世界といえど、翼を生やすことで弱肉強食の地上から離れる生物がいるのだなと思って、私はよく目を凝らしてみた。
その生き物は、例えるならば、トカゲのような爬虫類が翼を生やした姿によく似ていた。
全身が弾力のありそうな朱色の鱗に覆われており、翼の形は鳥というよりはコウモリのような皮膜型、尾は振り回して攻撃の手段にでもするのか、先のほうが膨らんでいて鈍器のようだった。
くるりと空を旋回したそいつが、ちらと私の方を見たような気がした。その瞳は、宝石と見紛うくらいに赤く輝いていた。
そして、その大きさは——、
「あ、まずいな」
そこまで分析したところで、私は身に降りかかりつつある危機に気が付いた。
急いで煙草の火を消し、室内に入って戸を閉めた。
ガラス越しに、再度見る。
どんどんこちらに近づいて来るそいつの大きさを認識し、私は心底震え上がる。
背中に冷や汗が伝った。
あれはいわゆる、ドラゴンというやつではなかろうか。
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