第49話 門番はジョークがお好き

 その店を出た後、藍色に染まりかけの空の下を歩き、私たちはバイリィのあばら家に戻った。


 隙間風吹き込むあばら家では、汚部屋をなんとか掃除しきったらしいケンネが出迎えてくれた。汚れてもいいように、面積の広いエプロンを身に着けていた。


 ありがたいことに、彼女は夕飯を作って待っていたのだが、我々は一日中食べ歩きをしていたので、もう腹に何も入らなかった。


「イナバさまにも食べてもらおうと、我が家の秘伝レシピで作りましたのに」


 と、ケンネはぷりぷりしていた。


 私とバイリィは共犯者特有のシンクロを発揮し、平謝りをして事なきを得た。


 ケンネは、せっかく作ったのでお土産にと、いくつか保存の効くやつを油紙に包んで私に手渡した。肉詰めの蒸し餅だと説明された。美味そうである。


「そろそろ、イナバさまをお送りして参りますね」


 しばらく談笑を挟んだ後、ケンネが言った。


 バイリィは椅子から立ち上がろうともせず、「暗いから、鳥にぶつからないようにね」とだけ言って見送った。


 私とケンネは、来た時と同じように飛行艇に乗り込み、薄暗い街の上をするすると通過していった。


 まだ夜も更けていないせいか、街は暗くなりつつも、昼と同じような賑わいを見せていた。


 魔術の灯火がイルミネーションのように光り輝き、夜を昼に見せかけようとしていた。飲食店では、力仕事を終えた農夫たちが、わいわいがやがやと飲み食いしている。


 出し物のステージが中心部にあって、そこではまばゆい光に照らされながら、楽団が音楽と舞踊を観客に披露していた。


「今日は、楽しめましたでしょうか?」


 運転席のほうから、ケンネが声をかけた。


「ええ。バイリィのおかげで、私はたくさん楽しむことができました。感謝しています」


「それはよかったです。私個人としましても、イナバさまには、この街を好きになってもらいたいので」


 なんとなく、含みのある言い方だなと思った。


 飛行艇は水路に沿って進み、城門の前まで来た。もうほとんど人通りがないためか、門はほとんど閉じようとしている。


 ふおんふおんという飛行艇の音に気づいたのか、詰め所の奥から、朝に会った門番のご老人がひょこりと顔を出した。


「おお、ケンネさんと、Liú Kèの……うんと、ああ、そうだ、イナバさんじゃないか。お帰りかい?」


 さすが門番。朝にちょろっと顔を合わせただけなのに、私の顔と名前をきちんと覚えていた。


「ええ。遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」


「構わんさ。それが俺の仕事だからな」


「これから、イナバさまをお家まで送り届けて参ります。短い時間で帰る予定ですが、念のため、夜間外出の登録をお願いします」


「あいよ」


 帳面に書き物をしてから、門番は、そのごわごわの髭面で私を見た。


「どうだい、イナバさんや。今日は楽しめたかい?」


 私は言った。


「楽しみすぎたせいで、こんなに暗くなってしまいました」


 私が精一杯の小洒落た言い方をすると、門番は髭の奥でガハハと笑った。


「いいことを聞いた。明日は晴れだな。気に入ったのなら、また来るといい。次は布を被っていても、俺がお前さんだと見破ってやるさ」


 さすがにジョークの年季が違うなと思った。訳しているから伝わりづらいが、内容に捻りがあるだけでなく、押韻が踏まれていた。


「近いうちにまた顔を見せますよ。あなたに覚えられているうちにね」


 門番と別れると、飛行艇は『監獄』へと向かって、夜空を翔び始めた。

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