第6話 家賃の支払いについてのお知らせ
私は朝食を食べ終わると、逆流性食道炎もなんのその、ベッドにごろんと横になった。
異世界転移した人間が、皆一様にドキドキワクワクの冒険に出ると思ったら大間違いだ。
腐れ大学生を舐めるな。私は可能な限り、現世と同じようにダラダラして過ごしてやる。
私は、バベルの塔よろしくそびえ立つ積読本の山に手を伸ばし、頂上の一冊を手に取った。
あらすじに興味を惹かれて購入したはいいものの、あまりの難解さに序盤で読むのが嫌になってしまったハードSF小説だった。
前回どこまで読んだのかすっかり忘れていたので、最初からぱらぱらとめくってナナメ読み。設定のいくつかを脳の奥底から引き出しながら、読解力の試されるカチカチの文章を何とか咀嚼する。
満腹による副交感神経の働きも相まって、途端に猛烈な睡魔が私を襲った。
同じ文章を何度も何度も読み返し、脳内で思い描いたイメージがふにゃふにゃになってきたところで——、
ぴこん、と音が鳴った。
現世においてキャッシュレス決済の風潮が栄える中、頑なに現ナマ主義を貫いたアナログ人間な私には、あまり聞き馴染みのない電子音声であった。
それが、あらゆる意味で用途に恵まれない私のスマホから鳴った通知音だと気づくのに、少しばかりの時間がかかった。
はて、妙だ。
いくらライフラインは維持されているとはいえ、通信機器の類は受け取る電波がないから、通知音など鳴るはずがないのだが。
私は、どこに置いたっけなと頭を掻きながら、しばらく部屋中をうろうろし、ようやく、本と本のクレバスで遭難していたスマホを見つけた。
画面を見ると、インストール後ロクに使われていないSNSに、メッセージが届いていた。
送信者の欄には、『女神』とあった。
「記念すべき10人目のフォロワーが、まさか神様になるとはな」
メッセージには、次のようにあった。
『異世界転移者さん、おはようございます ٩(*ˊ︶`*)۶
あなたの異世界ライフを応援する、麗しい女神です (ღ˘◡˘ற)‧⁺⁎♡̷̷̷*˚
このアカウントでは、異世界ライフのお役立ちコラムや困った時のQ&Aを配信していきますので、ぜひお楽しみに ✧( •̀∀•́ )✧
それでは早速、第1回目のコラム!
有意義な異世界ライフを謳歌するためには、やはり、お金が必要です (\__\;)
「この世界のお金なんて持ってないよぅ」とお困りの方も、ご安心を!
当女神アカウントでは、あなたが現世で所持していた日本銀行券を、適切なレートで換金いたします!
詳しい概要や手順は、以下のリンクをご確認ください。
それでは、良き異世界ライフを!』
途中から、顔文字使うのが面倒くさくなったと思しき文面だった。
しかし、私の目はそれらのコピペ臭極まるスカスカの文面ではなく、最後に添えられた文言に釘付けとなった。
『なお、学生宿舎の寄宿料につきましては、従来と同じ額で月末に徴収いたします。
期日までに寄宿料をお支払いいただけなかった場合、即刻退去していただきますので、口座残高の確認をお願い致します』
私はしばらく唖然とし、やっとの思いで呟いた。
「……異世界でも、家賃、いるのか」
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