第5話 異世界でも安定した衣食住を

 流石の私も、住んでいた学生寮ごと異世界転移を果たすだけで、これまで通りの優雅な引きこもりライフを送れるなどとは思っていなかった。


 文字通り建物だけを移転したというだけならば、電気や水道といったライフラインは断絶されて使えなくなることは明白であったし、食料だって節約を重ねたとしても一週間と保たないだろう。


 だから私は、女神と契約を交わした時、いくつかの細かな注文をつけたのである。


 そのうち二つをここで紹介しよう。


 一つは、「以前と同じように暮らせるだけの環境維持」である。


 要は、ライフラインをこれまで通り使えるようにしてくれという注文だ。

 蛇口を捻れば水が出て、コンセントからは電気が供給されるという、ごくごく自然な状態を保ってくれと私は頼んだ。


 女神もこれは当然だと思っていたのか、快く首肯した。


 もう一つは、「私の部屋内における物品の数的維持」である。


 これは、主に食料の枯渇を防ぐために考えた注文であり、私の部屋の中にあるモノは、転移時とまったく同じ量を保つように頼んだ。


 要は、冷蔵庫の中にある食材をいくら大量に使おうと、一旦扉を閉じてしまえば、再び開けたときには元通りになっているということだ。


 維持の範囲を冷蔵庫内に限定してしまうと、衣服が擦り切れたり家電が故障した時に不都合が生じるかもと思ったので、範囲は広げて寮内すべてにしておいた。


 これで、ボロくなってきた家電や、擦り切れてしまった衣服などは、窓から放り投げてしまえば、新品同然とまではいかないが、転移時のそこそこ使える状態で復活するという寸法である。


 我ながら、なんと優れたアイディアであろうか。


 この条件を提示した時、女神は苦い顔をしていた。


「あなた、そうまでして引きこもりたいんですか」


 などとストレートな侮蔑を向けられ、多少トラウマが刺激されたが、なんとか耐えた。


 異世界でも安定した衣食住を保ちつつ、優雅な引きこもりライフを送るには、こうする他なかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る