第34話 スカイ・ポット・ビューワー
飛行艇に乗り込んだところで、私はそれが工芸品のように造り込まれたものであることに気がついた。
床には朱色の織物が敷かれており、後部には、雨よけらしき布が畳まれているのが見えた。
客人を楽しませるためなのか、内装はにぎやかで、宝石を加工したと思しき愛玩動物の像や、自然を描いた小さな絵画や、詩らしきものが飾られていた。
茶釜のように膨らんだ内部には、前後左右で計4つの、足の短い木製の椅子が設えてある。そのどれもがアンティーク品のような、奥ゆかしいデザインだった。
私は後部の一つに腰掛ける。一体どんな材質で出来ているのか、尻がクッションを踏んだ時のようにわずかに沈んだので、驚いた。
座り心地は良かった。
「それでは、出発いたします」
ケンネは、私の斜め前の運転席らしきものに座った。
その椅子の前には、虎目石のようなこぶし大の玉が埋め込まれており、彼女はそれを縦と横に撫でた。
ゆらり、と、飛行艇が動き出す。
どうやらあの玉は、ハンドルとアクセルとブレーキを兼任する制御装置のようなものであるらしく、ケンネがそれを撫でるたびに、飛行艇は前へ進んだり、あるいは横に曲がったりした。
飛行艇は静かに、そしてゆっくりと、森林の上を通過していく。
速度も相まって、遊園地のアトラクションに乗っている気分であった。
森の中央に差し掛かってくると、あたりに鳥のような飛行生物がちらちらと見え始めた。現世の鳥と比べると、くちばしや爪の殺傷能力が高そうである。
「あの動物たちが、こちらを襲うことはないのですか?」
私が一抹の不安を尋ねると、ケンネはこちらに顔の片側を向けて、言った。
「大丈夫ですよ。このfú húには、shòu bìの魔術がかけられています。大抵の獣であれば、こちらに近づくことはありません」
「それは、róngでも、ですか?」
かつて、『監獄』を襲い、そしてバイリィにワンパンで沈められた竜もどきのことを、私は思い出す。
「大型のものですと、もしかすると、こちらを餌だと思って、向かってくるかもしれませんね」
「その場合は、どうすれば」
「大丈夫ですよ。その時は、私が対処いたしますので」
やはりというか、なんというか、ケンネも竜もどきを倒せるほどの実力があるらしい。
私はこの世界における魔術師の平均実力と、竜もどきの平均脅威のどちらが高いのか、少し気になった。
そんなことを考えているうちに、我々は森を抜けた。
城壁が近づいてくるにつれて、人々の生活の証らしきものが点々と見え始めた。
人が頻繁に歩くところが、踏み固められて自然と小路になっている。それを視線でたどると、掘っ立て小屋や、畑や果樹園のようなものが見える。
畑仕事をしている農夫の姿も見られた。彼らは大抵、奇妙なものを傍らに連れていた。
人の倍くらいの背丈をした、泥人形である。
歩くたびに、ずるずると、土塊を背後に残している。手には鋤や鍬のような形をした器具がはめ込まれていて、それを使って畑を耕していた。あるいは、口から水を吐き、果樹園に潤いを与えていた。
農作地のど真ん中に立って、爆発し、己の身体を肥料として撒き散らすものもいて、さすがにその光景には度肝を抜かれた。
よく見ると、泥人形の頭部には、符らしきものが貼り付けられているから、あれは、農作用の操り人形といったところだろう。
農作地を超えると、開放された城門が見えた。
これから農作業に取り掛かろうとしている農夫が、欠伸をしながら、ぞろぞろと城門から姿を現していた。
城門の左右には、詰め所から顔を出す門番がいて、出入りする者の顔と名前を逐一確認しているようだった。
ケンネは、入城用のルートを進む。左側だった。
「おや、ケンネさん。もうお帰りかい?」
門番は、タワシのようなごわごわの髭をたくわえた、初老の男性だった。
「ええ。お客様を迎えに行っていただけですので」
「お客様? 新顔さんかい?」
「そうです。なんと、Liú Kèの方なんですよ」
「へぇ! ほんとかい!」
門番が、詰め所から身体を乗り出し、後部座席にいる私を見た。
私は両の手のひらを見せ、無言で挨拶をする。
「初めて見たよ! 生きてりゃ、珍しいこともあるもんだね!」
「これから、バイリィさまのお館へご案内するのです」
「そりゃあいいや! あんたの家は、ここで一番立派なところだからね! さんざ楽しませてやるといいさ」
「それはもう。私の誇りにかけて、ご満足していただきますよ」
ケンネはそう言って、操縦玉を操り、飛行艇を少し前進させた。
振り返り、私を見る。
「イナバさま。申し訳ありませんが、ここで、いくつか手続きをしていただく必要がございます」
住民管理のための手続きだろう。ごく当然の成り行きだ。私は手のひらを見せる。
私は、門番の男性と顔を見合わせた。
「Liú Kèさんや、あんた、名前はなんという?」
「イナバ・シンジ、です」
「なるほど、イナバ・シンジ……ははっ、確かに、Liú Kèらしい名前だ。文字は、書けるかい?」
男性はそう言って、符と、インク壺に浸された筆を見せた。
「申し訳ないが、まだ」
「そうかい。じゃあ、こっちで適当に書いとくな」
こういうところはおおらかで、非常に助かる。
「イナバ・シンジ……イナバ・シンジっと。ようし、次は顔だ。お前さんの綺麗な顔を、ちょいと俺に見せとくれ。瞳を焦がすんじゃないぞ?」
たぶんこれは慣用句だ。皮肉ではあるまい。
私は唇を引き結び、なるべく男前に見えるように努力した。履歴書に貼り付けた証明写真を撮っている気分だ。
門番は、しばらく私の顔を見つめ、そして言った。
「ようし、覚えたぜ。これであんたも、この城のお仲間入りだ。城を出る時は、俺に顔を見せるんだ。勝手に出ていくんじゃあないぞ? 寂しいからな」
バイリィやケンネと違い、門番の声はしわがれている上に訛りもひどかったが、恐らくそんな内容のことを言ったと思う。
なんというか、現代日本では味わうことのできない、素朴で粗野な人情味というものを感じられた。
これは一応、褒め言葉のつもりである。
「それでは、行ってまいります。今日を、楽しんで」
「おう、楽しめよ!」
門の下をくぐり、我々を載せた飛行艇は、ついに城の内部へと入った。
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