第37話 今度は楽しいティーパーティー

「イナバ。今日は、あんたに味を選ばせてあげる」


 バイリィは茶葉の入った容器をいくつか私の前に持ってきて、そう尋ねた。


 蓋を開けて中を嗅がされる。


 あるいは果実のような爽やかな甘い匂いがし、あるいは穀物を乾燥させたような匂いがし、あるいは眉間にシワが寄るほどひどい匂いがした。


「どれがいい?」


 そうは言われても、香りだけでは味の想像がつかない。いつぞや飲んだ渋茶は、匂いこそ甘かったが、味は顔が歪むほどエグかった。


 私は言った。


「一番、普通のやつで頼む。子供の味でも構わない」


「じゃあ……これかな?」


 バイリィが手に取ったのは、果実のような匂いがしたものだった。果物のフレーバーティーのようなものだと助かるのだが。


「ふふん。今日は、とびきり美味しくするんだ」


 彼女はそう言って、謎の実験器具のような装置を取り出した。細いパイプのような管が複雑に絡み合う妙な装置である。


 装置の上のほうの器に茶葉を投入し、魔術の解号を呟くバイリィ。途端に装置のあちこちが妖しい光を放ち始め、蒸気が噴出するような音がした。


 どうやら、水出しコーヒーのドリッパーのような装置らしい。


 カタカタと机の上で震える装置が茶を抽出していくのを眺めていると、くたびれた顔のケンネが客間に入ってきた。


 綺麗な礼服の至るところに、埃が付着している。


「あ、ケンネ。終わった?」


「……無計画で挑むのは、無理がありました」


 彼女は怒る気力もないようであった。


 それほど、バイリィの私室は混沌としていたのだと思われる。


「バイリィさま。よく、あのような部屋で快適に過ごすことができますね」


「慣れちゃえば、なんてことないよ」


「私、もう少し、訪問の機会を増やそうかと思います」


「え」


「毎朝、民と同じ刻に起床し、私と一緒にお片付けをいたしましょうね?」


 にこりと闇の混じった笑顔を浮かべるケンネを見て、バイリィは虎の尾を踏んでしまったかのように怯えていた。


 私に助けを求めるような視線をくれるが、自業自得としか思えない。


「まぁ、毎日ちょっとずつ片付けるんだな」


 同じく汚部屋の民であることは棚上げして、私は言った。


「そんなぁ、イナバまで」


 そんなやり取りをしている間に、装置に茶が溜まった。


 バイリィは少ししょげながらも、我々に茶を注いだ。ケンネが値踏みするようにじいっと見つめていたせいか、その手付きはいつもより慎重である。


「はい。飲んで飲んで」


「いただきます」


 皆が茶を口に含んだのを確認してから、私も一口飲んだ。


 美味である。


 匂いの通り、果実をどうこうして作られた茶らしい。果汁でも含まれているのか、口内に自然な酸味と甘さが広がった。後味に僅かな渋味が顔を覗かせたが、このくらいのものであれば悪くない。


 甘いお茶請けが欲しくなる味だなと思ったところで、バイリィががさごそと何かを取り出した。


「あら、バイリィさま。それはまさか、」


「そ。Táng wǎng guǒ」


「いいものを持ってこられましたね」


「朝一番で焼いたのをもらったんだ」


 彼女が布包みを開けて、中を見せる。そこには、卵豆腐のような黄色い焼き菓子が入っていた。


 甘く香ばしい匂いが漂う。


「みんなで食べよ。あたしは、この一番大きいのを当然もらう!」


 バイリィはすかさず、上にナッツのようなものが乗った大きいやつを手に取った。


 こういう時に遠慮する文化はないらしく、ケンネも自分の欲望に従って、次に大きいものに手を伸ばす。


 負けじと私も、一つ手に取る。上にドライフルーツが乗っかった、彩り綺麗なやつをいただきだ。


 手で摘んだだけで、ぼろぼろと崩れてしまう。よく見ると、ケーキのようなものではなく、細かい繊維質が見える。


 一体どんな材料で出来ているのか想像もつかなかったが、好奇心には勝てず、私はひょいと口に運んだ。


 甘かった。そして、スパイスに似た風味も感じた。食感が独特で、ウエハースのサクサク感と、飴をかじったような歯ごたえを同時に感じた。


 総じて、ウマい。


「これは、美味だな」


 私は素直にそう呟いた。バイリィもケンネも、顔をほころばせながら、サクサクと茶菓子を頬張っていた。


 皆、自分の手と口を茶菓子の破片で汚していたが、そんなことは気にもならなかった。

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