第29話 夜会


 アーネベルベを救出した後、俺達は盗賊たちを捕縛して急いでレイディアス伯爵の屋敷に戻った。


 そしてなんと今晩に盗賊撃退の夜会を開くと、凄まじい勢いで屋敷の大広間をパーティー会場にしてしまったのだ。


 当然ながらこんな急に夜会を開いても、招待できる貴族はほとんどいないだろう。


 魔法で馬を走らせて客を招待したとしても、そんなに集められるとは思えない。それでもなおレイディアス伯爵は夜会を強行したのだ。


 俺はパーティー会場に立ちながら、テスラの声と会話していた。テスラは犬なので会場には入れず、少し離れた外で待機している。


 なおこの夜会にはアーネベルベも参加していて、少し離れた場所で俺をジッと見ている。


 だが以前と違って刺々しい感じはしない。


『なあテスラ。なんで伯爵はここまで無理やりに夜会を開くんだ?』

『アーネベルベ令嬢のためだろうね』

『どういうことだ?』

『彼女は一時的とは言えど盗賊に攫われたんだ。つまり穢された恐れがあると貴族たちに噂されかねない。だが当日の夜会で元気な姿を見せれば、ゲスな考えを否定できるからね』


 なるほど確かにテスラの言う通りだ。


 もしアーネベルベ令嬢が盗賊たちに酷い目に合っていれば、この夜会に参加することは難しかっただろう。


 あの場にいた者達に緘口令を出して、アーネベルベ令嬢が攫われたのをなかったことにすることも出来はする。


 だが人の口に戸は立てられぬというし、なんらかの拍子にバレてしまう恐れもあるのだ。


 実際は彼女は無事なのだから、わざわざ妙な勘繰りを与える必要はないということか。


「皆さま、盗賊退治祝いの宴によく来てくださった。我が領内に巣くった盗賊どもは、討伐隊が見事に全員捕縛してくれた!」


 レイディアス伯爵が大きな声で叫んでいる。


 盗賊たちは結局誰も死んでおらず、全員を捕縛することに成功した。


 すでに彼らの行く末は決まっている。大半の者は鉱山奴隷として働かせて、一部の者は拷問にかけられていた。


 アーネベルベのメイドだった者も捕らえていて、そいつは処刑されるのが幸せだと思えるようにするとかなんとか。恐ろしいことである。


「聞いて欲しい! 今回の盗賊の一件だが、隣国の間者が関わっていた! 敵国の魔法使いも盗賊に混ざっていて、これはもはや宣戦布告に等しいことだ!」


 レイディアス伯爵は今回の盗賊の正体を宣言した。


 盗賊たちの中に混ざっていた魔法使いたちは、拷問の末に正体を暴露したらしい。まあ拷問しなくても明らかだったとは思うが。


「そして今回の討伐において、極めて大きな役割を果たした二人を紹介したい! アーネベルベ! テスラ! 出て着なさい!」


 レイディアス伯爵に呼ばれたので、彼の元へと歩いていく。ドレス姿のアーネベルベも同じように続いた。


「我が娘アーネベルベは、盗賊相手に勇敢に囮になってくれた。おかげで盗賊を一網打尽にして、一人も逃がさなかったのだ!」

「おお! 流石は才媛と呼ばれるだけのことはある」

「腐り落ちた薔薇など、下らぬ噂ですな」


 周辺の貴族たちが賞賛の言葉を発し、アーネベルベは気まずそうに視線を落としている。

 

 流石の彼女もこの状況では喜べないようだ。


 なおレイディアス伯爵の言ったことだがあながち間違いではない。


 アーネベルベが捕縛されていたからこそ、盗賊たちは逃げずにレイディアス伯爵を罠にかけたのだ。


 つまり盗賊たちを全員捕らえたのは、ある意味ではアーネベルベのおかげだ。正直暴論の類ではあるが、アーネベルベが盗賊に捕らえられたことの言い訳にはなる。


 あれは捕らえられたのではなくて、作戦だったのですよ的な。多少無理はある気がするが、まあ別にいいのだろうたぶん。


「そしてテスラ・ベルアイン! 彼はなんと盗賊の大半を、大いなる水の竜を操って薙ぎ倒したのだ! まさに神童に相応しい働きだった!」

「むぅ……やはり噂は本当だったのか。盗賊相手でも余裕と」

「待て。隣国の魔法使いも混ざっていたのだろう? それを相手にしても勝てるならば、すでに彼の実力は騎士すら凌駕するのでは……」


 周辺の貴族たちの賞賛の声が気持ちいいなぁ!


 だが彼らは勘違いをしている! 俺はすでに騎士どころか、この国でも最強クラスの魔法使いだ。


 テスラもそう言っていたので間違いないだろう。惜しむべきは敵が弱すぎて、俺の真の力が発揮できなかったことだろうか。


 定規で一度に測れる長さには限りがある。これがメジャーならもう少し俺の力を発揮できたのだが。


 そんなこんなで俺達は賞賛を受けた後、二人でダンスを行うことになった。


 これも俺とアーネベルベが婚約者である演出の類だろうなぁ……。


「アーネベルベ。踊ってくれますか?」


 俺はアーネベルベを誘うように手を差し出した。


 彼女はそんな俺の手を掴んだ、今までの彼女ならば絶対に受けなかっただろう。


「よろしくお願いします」


 アーネベルベは俺に愛想笑いをしてくる。だがその顔にも声にも、すでに敵意の類は見えなかった。


 今の彼女は少なくとも、以前のような刺々しい薔薇の雰囲気はない。


 それに今の方が断然可愛い。以前は常に険しい顔をしていたから、どうしても愛想が足りなかったのだ。


 今の笑い顔ができる彼女ならば、すぐに腐れ落ちた薔薇とは言われなくなるだろう。


 雨降って地固まるとはよく言ったものだ。結果だけを見れば今回の騒動は、俺達にとっては色々な問題が解決したようにも見えた。

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