第3話 稀代の天才
俺は屋敷の食堂で、両親たちと朝食をとっていた。もちろんテスラの父親と母親のことである。
十人は席につけるのではないかと思う長机に、肉やパンなどご馳走がのった皿が並んでいる。
三人で食べるにはやや大きすぎるが、貴族ならこんなものなのだろうか。
「ははは! まさかテスラがそんな大天才だったとは!」
父親であるメーランが、木グラス片手に気分よさそうに叫んでいる。
やや線が細くて俺と同じく白髪。見た目が相当若く、おそらく二十台中盤……いや下手したら二十二、三かもしれない。
なお実年齢は二十一らしい。五歳の子を持つ父親の見た目か……?
だがこれでもまだマシだ。
「これでベルアイン家も安泰ね!」
俺の母親であるはずのベーミアが、腰まで伸ばした赤毛を揺らしていた。
見た目的には高校生でも通用する若さで、とても母親とは思えない。
そんな彼女はなんとまだ十九……五歳の子供を持った十九歳の母親。
俺が知っている理由は、屋敷のメイドの噂話が聞こえてきたからだ。……義母じゃないの?
あー、でも地球でも昔は結婚が早かったんだっけ。そもそもこの世界はゲームなので、なんか色々と違うのかも……?
そうでなかったら俺は、ベーミアが中学生の時に産んだ計算になる……考えるのはよそう。
「なんとも嬉しいことだ……かつては伯爵だった我がベルアイン家も、今や落ちぶれて男爵だ。だがテスラがいればまた返り咲ける、いや侯爵になることも夢ではない!」
ロリコ……メーランはすごく心のこもった声だ。
お家再興をーってよく話で聞くけど、地球では一般庶民だったから微塵も関係ないことだった。
そんな俺がその関係者になるとはなぁ。
「テスラ、頼んだぞ! よく学び、よく鍛え、よく訓練するのだ!」
「はい!!!」
全部同じではと思いながら返事する。
正直俺も舞い上がっている自覚はある。なにせ天才と呼ばれているのだ!
なんていい響きなんだ天才! 俺が欲してやまなかったものだぞ!?
「すぐによい教師を手配しないとな! 魔法に剣術、それに礼儀作法に……」
「あなた、吟遊詩人を手配しましょう! テスラの天才ぶりを歌ってもらうの! そしていずれはこの国中に、テスラの名が賞賛されるのよ!」
「それはいいな!」
吟遊詩人!? 自分の天才ぶりを歌う……!? そ、そんなの流石に、流石に……!
「いいですね!」
素晴らしすぎるではないか! あの無能だった俺が歌になるなんて!
恥ずかしさもあるがそれより楽しみ過ぎる! 高校の時の全体朝礼で、全国大会に出た奴らが前に出てるのが羨ましかった。
あれ恥ずかしいけど絶対嬉しいだろ!?
「よし早速呼ぶぞ! まずは商人に借金してくる!」
……おおっと? いきなり不穏な言葉が出てきたぞ?
「あなた! 頑張ってね! いい教師を呼ぶにはお金が必要だものね!」
「任せろ! いざとなれば領民に倍の重税を課してでも!」
…………教育にお金がかかるのは、どうやらこの世界でも同じらしい。
というか流石に民に倍の重税はマズいのでは? いくら俺でも吟遊詩人代で、領民が飢え死にしたら良心が……。
「お父様、私は大天才です。そこらの天才とはわけが違うので、無理しない程度で呼べる教師で問題ありません。大天才ですので!」
つい話しながらドヤ顔になってしまう。
俺はテスラに転生したのがほぼ間違いない。そしてテスラはゲーム内のチート天才キャラ、つまり俺はチート大天才!
実際昨日の庭でもすごい魔法を撃てたのだから。もう天才という言葉を聞くたびに呪詛を撒く必要はない! なにせ俺が天才オブ天才なのだ!
「わかった! じゃあとりあえず借金してくるからな!」
……本当に分かってるのかなぁ? というか今さらだけど、息子の前で借金借金言い続ける貴族ってどうなの? 俺のために動いてくれるから言わないけど、この人のイメージがロリコン借金男爵……。
そう思いながら食事を食べた後、早速アーガイさんとの訓練を行うことになった。
先日に屋敷を吹き飛ばしそうになったので、庭ではなくて近くの平原に出向いている。
「旦那様が新しい教師を呼ぶまでは、俺が坊ちゃまを教えることになります。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「じゃあまずは火魔法から行きましょうか。と言っても湯を放てる坊ちゃんなら使えるでしょうけど。火の微笑よ」
アーガイさんが呟くと、彼の指先にロウソクのような火が灯った。
「じゃあやってみてください」
俺はコクリと頷く。火は水よりも危ないので少し緊張する。
マッチつけるのちょっと苦手なんだよな……徐々に火が手に近づいて来る感覚が……。
いやそれよりも魔法だ。
「火の微笑よ」
そう呟くと俺の指の先端から、人の頭ほどの大きさの火が出現する。
「うおっ!?」
焦って思わず手を引いてしまいかけたが、アーガイさんが俺の腕を掴んで止めていた。
「坊ちゃま。火の魔法を使った状態で腕を振り回すのは危険です……」
「す、すみません……」
怒られてしまった。確かに危ないから気を付けよう……。
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平均の魔法使いよりは優秀なはずだ。なのに俺は魔法の腕で、目の前の五歳児に負けていた。
……坊ちゃま、テスラ様は常軌を逸した天才だ。
五歳児とは思えない膨大な魔法量、はいい。そこは子供のころから持ち合わせている者も稀にいる。
もちろんその時点で十年や百年に一人の逸材なのだが、それでも存在しうる者だからだ。
そして魔力量を多く持つ者は、大抵魔法の扱いや技術が雑になる。肥大な魔力があれば多少雑でもなんとでもなるからだ。筋肉自慢の力持ちが、細かい作業が苦手なように。
だが、だが坊ちゃまは……魔法のテクニックがすでに神業じみているのだ。
なにせ下級魔法でありながら、上級に匹敵する威力を出したのだから。
というのも魔法は基本的に七段階の格に分かれている。
下から順に、平民級、下級、中級、上級。更に超級、英雄級、神話級と続いていく。
この格分けは、『その魔法がどれくらい魔力を注ぎ込めるか』で決められる。
例えば平民級は生活で使う魔法で、せいぜいがロウソク程度の炎や飲み水規模のものだ。
この平民級魔法だが、その使い手が平民でも優秀な魔法使いでもそこまでの差が出ない。
というのも魔法は魔力を注げばいいってもんじゃない。袋に入る量に限度があるように、無理やり魔力を詰めても暴発してしまう。
こればかりはいくら魔力があってもムダだ。小さな金貨袋にバケツ一杯の水は入らない。
もちろん袋は多少広げたり入れかあの工夫の余地があるように、魔法の制御が上手な者ならば少しは多く入れられる。
だが上の格の魔法に並ぶ威力は無理だ。下級魔法で中級魔法に匹敵はしない。
それができるなら魔法を格わけする必要がないのだから。下級魔法だけ極めて、ひたすら魔力を注ぎ込めばいい。
(なのに坊ちゃま、下級魔法で上級レベルの威力出しちまうんだもんなぁ……)
はっきり言って異常だ。下級魔法で上級魔法を撃ち破ることは、木剣で岩を斬ることに等しい。
木の剣で岩を斬るのは普通は無理だ。木刀が持たない。
それを成し得るには筋力だけではなく、並外れた剣技にて鋭く振るう必要がある。それでもほぼ無理だが、信じられない剣技の天才に成し得た者がいた。
なので低い格の魔法で上格のそれを破るのは、木剣で岩を斬るという表現をされていた。ほぼ不可能であるとの比喩表現として。
(おそろしいお方だ……これが天才か)
なにせ今は下級魔法だから上級の威力で済んでいるが、もしこれを上級魔法に直したら英雄級の威力になってしまう。
もし、もしもだ。坊ちゃんが研鑽を積んで、英雄級魔法を放てるようになったりして……その時にまだ力を有り余らせていたら……。
この世に存在しないはずの魔法の格が、彼によって生まれてしまうのではないだろうか。
そう考えると背筋が凍った。俺は魔法史の本にのる偉業を、目の前で見ているのではないかと。
「は、ははっ……稀代の天才っているんだなぁ。教えられることねぇや……」
思わず弱音を吐いてしまう。
だが教師役が来るまでの代理を頼まれた以上、こなす必要があった。
「はぁ……魔法の心構えとか、そっちの方でなんとかするしかねぇか……技術なんて俺の方が教わるレベルだし……」
それにさっきの坊ちゃまは、火魔法の扱いが危なかった。
俺が教えられることは、魔法使いとしての心構えくらいなんだろう。ならそれを教え切ろうじゃないか。
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