第2話 大天才
信じられないことだが、俺はたぶんテスラ・ベルアインに転生した。
なにがどうなってこうなったのかまったくわからないし、もちろん最初はバカバカしいと笑っていた。
だが俺はテスラの姿になっている。しかも何度寝て起きて暮らせども、ずっと同じ身体だったのだ。
しかも同じくゲームのキャラであるミーナから、「テスラ様」と言われ続けている。
さらには部屋や建物など色々などころに、『救世の勇者と破滅の魔王』で見たことのある特徴的な家具やアイテムなどが目に入っていく。
最初はひたすらに困惑したものだが、二週間も経つともはや受け入れざるを得なかった。
そういえば地球の俺ってどうなってるんだろう。いままで考える余裕がなかったけど。
……いや別にいいか。俺の両親はすでに離婚してるし、引き取り手になった父親は再婚相手とべったりだ。俺だけ別居で学費と生活費だけ振り込まれて、もう二年は直接の会話をしていなかった。
せいぜいメールでやり取りした程度で、本当に俺に興味がないのだろう。
俺が死んだところで誰も困らない。もし俺が地球でも天才だったら、成績優秀でスポーツでも全国大会に出れたら、少しは惜しまれたのだろうか。
……思い出すのはよそう。それとこの世界の言語が何故か分かる上に、なんならたまに四面楚歌とかの地球じゃないとないはずの言葉も聞いた。
自動翻訳とかされているのだろうか? よく分からないが……そもそもこの状況が意味不明ので聞き流すことにした。
言葉が通じて問題ないのだから、いまは細かいことを考えてる余裕はない。
「もし俺がテスラ・ベルアインに転生したなら天才のはずだ。それなら頑張って勉強したら有能な人生勝ち組になれる……確かめたい」
俺が転生したのは間違いないが、本当にテスラ・ベルアインなのかはまだ確信が持てていない。
俺の名前がテスラ・ベルアインなのは間違いない。だが本当にあのゲーム最強チートの、ガラスの天才なのかは分からないのだ。
……本当に転生してたらすごく嬉しいんだけどな。なにせ求めてやまなかった天才だ。
しかも普通の天才ではなく、超特級のたぶん千年に一度の逸材レベルだ。今後の人生が楽しみ過ぎて胸が躍る。
だが俺はテスラの過去をほとんど知らない。ゲームではテスラが十九歳時に仲間になるが、彼のそれまでの人生はほぼ語られないのだ。
どうせ天才だからチヤホヤされて、幸せに暮らしてるんだろうけどな、ケッ。
では本当に俺がテスラかを確かめるにはどうすればいいか。それについては少しアテがある。
この世界には魔法が存在する。例えばこの部屋にもシャンデラみたいなものが天井についているが、それも魔法によって光っている。
光量は蛍光灯などにも劣らないほどで、かなり便利な代物だ。
他にもメイドが俺の身体を拭いてくれる時だ。何故か空の木のタライを持って、俺の部屋にやって来て困惑していると。
「清廉な水よ」
ミーナがそんなことを唱えると、彼女の両手から水が出て木のタライが満杯になったのだ。
そして俺はその水で濡らした布で、身体を拭かれていた。なおその後は毎日の日課だ。
水がかなり冷たいのだけ少し嫌だが、拭いてもらう時点で文句を言える筋合いでもない。ないが……たまにはあったかいシャワーや風呂に入りたいなぁ。
話が逸れたが、この世界において魔法は極めて重要ということだ。
「魔法を上手く使えたら、天才なんじゃないだろうか? そうなると……」
俺は自室のベッドの上に座って悩んでいた。なんとなくだが、あの時の水魔法を発動できる気がするのだ。
試しに両手を前に出して、魔法を唱えようとするが。
「あ、でもここで水が出たら困るよな……」
ふと我に返る。部屋で水出したらマズイか。床が水浸しになったら困るし。
そういうわけで今日の身体拭きタイムを待つことにした。イメージトレーニングだけしておこう。
「テスラ坊ちゃまー、身体拭きの時間ですよー」
しばらくするとミーナが木のタライを持って、いつも通りにやって来てくれた。
俺はひょいと持ち上げられてベッドの上に置かれる。
「じゃあ水を用意しますねー」
「待って、僕がやりたい」
なるべく子供っぽく告げながら、木のタライに両手を向ける。あざとい気もするが、地球の時の俺の喋り方の方がマズいだろうし。
「あはは、坊ちゃまはまだ難しいと思いますよー。大きくなって勉強したら、できるようになるでしょうけど」
「やってみたい」
「じゃあやってみましょうか」
ミーナは微笑ましい者を見るように、俺の目の前に木のタライを置いてくれた。
完全に子供のお遊びと思われているのだろう、そりゃそうだ。
まあこれで水をぶちまけても問題なさそうだし、試してみるとするか。
「清廉なみ……」
「テスラ坊ちゃま? どうされました?」
魔法を詠唱しようとして、途中で口が止まる。
……どうせなら冷たい水よりも、温かいお湯で身体を拭きたい。
そう思った瞬間、脳裏に知らない単語がよぎったのだ。まるでなにかに導かれるかのように、こちらの魔法のほうがいいと。
……なんだろう。わからないけど試してみる価値はありそうだ。
「……清廉なる水よ、火の微笑と共に」
そう告げた瞬間だった。俺の両手から水が噴出し、木のタライへと溜まっていく。
……待て。木のタライからは湯気が出ている?
「え? え? え? 魔法で水が出た……? しかもなにこのお湯……? 湯なんて火魔法との混合で、中級以上の魔法使いじゃないと使えない……」
ミーナはひたすらに困惑しながら、俺の方を見続けている。
……あ、これたぶん才能ありそうだ。というかタライに溜まってるの、やっぱりお湯だ。
身体を拭くのに水は冷たいなあと思ってたら、脳裏に聞いたこともない呪文が浮かんできた。
そして発動すると湯だなんて、あまりにも出来過ぎている。
「あ、あり得ない……はっ!?」
ミーナは我に返ったのか、急に部屋の外へと駆け出していくと。
「大変ですアーガイさん! 坊ちゃまが、坊ちゃまが魔法を使ってお湯を出しました!? すぐに旦那様と奥様に報告を!?」
すぐに見知らぬ男の人を連れて戻ってきた。
なんとローブ姿に杖を持っていて、いかにも魔法使いという風貌だ。
「あのねぇ……五歳程度の子が、魔法なんて使えるわけないだろ。ましてや熱湯なんて火と水の混合魔法だぞ? 使用難易度は中級にも及ぶんだからさ……」
「ほ、本当なんです! 坊ちゃま! もう一回さっきのをやってください!」
ミーナが必死に叫んでくるので、もう一発撃つのはやぶさかではない。
ただすでに木のタライには、三分の二以上の湯が溜まっている。
さっきと同じ量だけ出ると溢れるのだが……なぜか俺には湯量を制限する方法もなんとなく分かる。蛇口を絞るように魔力を絞る感覚で……。
「清廉なる水よ、火の微笑と共に」
また両手からお湯が少しだけ出てくる。そして木のタライに僅かに溜まり、すぐに湯の水流は止まった。
「なっ、なっ、なっ、なっ!?」
「だから言ったでしょう!? 湯の魔法を出したって!?」
「い、いやそれもだが……湯の量を絞ったように見えたぞ!? 水魔法と火魔法の混合で、あんな僅かな量を出すなんて……熟練の魔法使いでも簡単じゃないぞ!? 魔力の操り方が精密過ぎる……」
魔法使いっぽい男は狼狽して、声を震わせながら叫んでいる。
そんな彼にミーナがさらに質問をぶつけた。
「わ、私は出来ませんけど、どれくらい難しいんですか!?」
「魔法高等学園の卒業生でも、出来ない者も大勢いる! それをこんな小さな年齢で行う……!? 信じられない天才だ……」
「ええっ!?」
なるほど……魔力の精密さうんぬんは分からないが……俺は天才だということか!?
な、ならやっぱり俺はテスラ・ベルアインになったのか!?
「い、急いで旦那様と奥様にご報告を! テスラ様がいれば、ベルアイン家は間違いなく飛躍を遂げると! 坊ちゃまは……坊ちゃまは大天才だと!」
大天才。地球では言われたことのない、むしろ反対の無能と言い続けられた。
……嬉しさのあまり身体が震える。久々に受けた賞賛の言葉が、ここまで心地いいものだったなんて。
しかも俺は何故か知らない魔法を扱えたのだ。
これはアレでは? 門前の小僧習わぬ経を読むみたいな感じか?
だがその一方で、俺は少し物足りなさを感じている。なんというかその、お湯を出したのがすごいのかイマイチ実感できてないのだ。
そしてもっと出来るという確信もあるので、少しお願いしてみよう。
「あの。お願いがあります。庭でもう少し大きな魔法を撃てるか試してみたいです。もう少しすごい魔法を教えてもらえませんか?」
「!? わ、わかりました! ではこの私がお付き合いします! おっと、坊ちゃまとはまだお会いしたことがありませんでしたね。私はこの屋敷の護衛魔法使いのアーガイと申します!」
魔法使いっぽい男の人――アーガイさんは俺の手を優しく取ると、屋敷の外の庭へと連れ出してくれた。
ここならもっと強い攻撃系の魔法も放てるはずだ。
「えっと。では試しに初級魔法を。怒れる水よ、奔れ!」
アーガイさんの手から直径十センチほどの水流が出て、少し遠くの地面に直撃して小さな穴をあけた。
よし俺も同じように試してみよう。
「怒れる水よ、奔れ!」
俺の掌からも水流が出たのだが……先ほどのアーガイさんよりも噴出量が遥かに多い!?
水流は直径一メートルほどの太さで……あ、やばい水流が屋敷に突撃していく!?
俺は慌てて手を振るって方向転換を試みた。。
「風よ! 断崖の風壁となりて!」
それと同時にアーガイさんが叫ぶと、屋敷を守るように巨大な竜巻が出現する。
水流は俺の魔力操作と竜巻で軌道がズレて、庭の地面へと激突。五メートルほどの幅のクレーターを作ってしまった。
しかも深さも相当で三メートルはある大穴だ。
周囲に飛び散った水が、雨のように降り注ぐ。
あ、危なかった。こんなの屋敷に当たったら大惨事だ。
「う、嘘だろ。初級魔法だろ……? こんなの中級、下手したら上級の威力……ぼ、木剣で岩を斬った……」
アーガイさんはクレーターを見て唖然としている。
これはもしかしなくても、俺は大天才の類なのでは……そう思った瞬間だった。
木剣で岩を斬るの意味は分からないが、雰囲気的に褒めているのは間違いないだろう。
「わん! わん! う~~~!」
いつの間にか庭に出ていた老犬が、俺のあまりの魔法に驚いたのかこちらを向いて吠えて来ていた。
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やはり天才か……。
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