第4話 ガラスの天才
俺は屋敷の一室で、座学を行っていた。
最近は強い雨が続いて外に出られず、部屋でアーガイさんの授業を受けている。
何故か老犬――バーナードが部屋の隅で寝転がっていた。あの犬は俺の飼い犬らしいのだが、いつも俺の後ろをついてくるのだ。
すごく大人しいし吠えないから別にいいのだが……テスラにすごく懐いてたのかな?
……テスラの元の人格については、あまり考えないようにしている。俺が乗っ取ってしまっている可能性もあるが、ひとまず出来ることがないしどうしようもない。
とりあえず俺の身体がテスラ・ベルアインとほぼ確定した。つまりこの世界が『救世の勇者と破滅の魔王』ということだ。
そうなると少し問題がある。このゲームはタイトルにある通り、魔王が出現するのだ。
ただその魔王は魔物の王ではない。恐るべき力を持った帝国で、そこの帝王が主人公のいる王国に攻めてくるのだ。
そいつを放置すると俺のいる国であるメリューザ王国が滅ぼされるから、主人公たちは魔王を殺すという王道ストーリー? だった。
つまりいずれは台頭する帝国に対して、立ち向かう必要があるのかもしれない。
とはいえ十年以上後の話だし、ぶっちゃけいまは考えている余裕がない。それより魔法を学んでチヤホヤされたい。
なんならその魔王とやらにこの国が滅ぼされても、現状だと俺はそこまで困らない可能性あるしな……。
上手くその帝国に降伏するとか、なんか色々とやりようがありそうだし。
「平民魔法は魔力さえあれば、平民でも使えるからそう呼ばれてます。貴族が自分達を特別扱いしたいから、魔法を扱える平民と差をつけるためですが……そもそも魔力持ちの平民自体少ないです」
俺は席に座って、アーガイさんにマンツーマンで教えられていた。
魔法の歴史や仕組みを学ぶのは楽しい。やはりゲームなどで憧れていただけあってワクワクする。
ただここでも俺はテスラの優秀さを感じていた。
毎日授業を聞いているのだが、振り返ればその内容を完璧に思い出せるのだ。完全記憶能力とまでは言わないが、相当な記憶力を持っていると思われる。
「坊ちゃま。魔法使いは強い魔法を使えればいいわけではありません。歴史や魔法の仕組みを知り、またこれまでの失敗例なども学んでいくべきです」
アーガイさんはなにか思うところがあるのか、少し真面目な顔で俺に話してくる。
確かに彼の言うことはもっともだ。歴史に学ぶというのはすごく重要だ。
過去の失敗を知っておくことで避けれることもあるだろうし。
「わかりました。アーガイ先生」
「いい返事です。では今日はこれまでにしましょう。明日は晴れてくれたら、外でまた魔法を撃ちましょうか」
「はい! ありがとうございました!」
俺は元気よく返事して書庫から出て行く。
座学も面白くはあるのだが、やはり派手に魔法を撃ちたい気持ちが強い。
そんなことを考えていると、バーナードが俺の後ろをついてくる。
老犬のはずなのによく歩くなぁ……。
そうして翌日は雨だったので自習。俺は書庫で魔術の本を読みこんで、イメージトレーニングなどに費やした。
「坊ちゃま、凄く頑張ってますねー!」
ミーナが紅茶をいれて、俺に手渡してくる。
……正直勉強がすごく楽しい。学べば学ぶほど、きっと自分の力になるという希望があるからだ。
地球で社会人をしていた時の勉強は、正直五里霧中というか本当に己の糧になっているか分からなかった。
なにかしなければならない、そんな焦燥感に追われていたのだ。だが今は違う、やればやるほど身になっているのを感じる。
「勉強が楽しいから」
「ひえっ……あ、失礼しましたー!」
ミーナは化け物でも見るかのような目だった、酷い。
そして翌々日は天気が曇りで持ちこたえたので外で魔法を撃てることになった。
俺達は以前と同じく平野に出て、魔法の訓練を行っている。
「坊ちゃま、今日は中級魔法を試してみましょう。中級魔法についてはご存じですか?」
「知ってます。勉強しましたので」
「やっぱりですか、中級魔法の本を読んでましたからね。初級より難しいですが、魔法で湯を撃てた坊ちゃまならいけると思います」
俺はアーガイさんにうなずいて集中し始めた。
中級魔法は平均的な貴族が、十五くらいで撃てるようになるらしい。
この世界では貴族は基本的に魔法使いらしく、魔法使いの才は子に継ぐ。つまり優秀な魔法使いは大半が貴族、なんなら魔法使いはほぼ貴族と言っても過言ではない。
つまり平均的な魔法使いは、十五くらいで中級魔法を扱えるようになる。そして中級魔法が使えれば騎士団にも入ることができるらしい。
(なら五歳の俺が中級を使えれば……間違いなく天才だ!)
ここで中級魔法を放てれば、またアーガイさんは俺を褒めたたえてくれるだろう。
両親やメイドたちも……周囲の人達はみんな認めてくれる。
そうすればもう「あいつは不要だ」なんて影口も言われない!
両手に魔力を練っていく。どうすれば魔法を発動できるかが、手に取るように分かる。
魔力の練り方、最適な魔力消費量、魔力の流れ……どうすればこの魔法が強くなるかすらも、まるで天に愛されているがごとく感じるのだ。
「水の怒りよ、竜の顎となれ!」
俺の両手から直径二メートルほどの水流が出現した。
その水流は水竜の姿を象っていて、天へと昇っていく。どこかに飛ばすと危ないので空へと向けた。
ついでなので水竜を少しうねうねさせて、天を飛ぶ竜のように再現してみる。
「なっ……!? 中級を放っただけではなく、魔法を完璧にコントロールしている……!?」
アーガイさんが絶句しているのを見て、俺はドヤ顔になっていた。ダメだ隠そうとしてドヤが出る。
「ぼ、坊ちゃま。ではその水竜を一度地面に落として、水たまりを作ってもらえますか? あ、土に穴は開けないでください」
「分かりました」
俺は指示通りにゆっくりと水竜を地面に降ろし、その後に身体を崩させた。周囲の地面に大きな水たまりができる。
「では坊ちゃま。次は水を自ら生み出すのではなく、すでにある水を操作する魔法を使いましょう。水を自ら生み出す必要がないので、普通より軽い魔力で使えます」
「はい分かりました」
「では水を自ら生み出さない魔法をお見せします」
アーガイさんが『水を自ら』とつまらないギャグを、自信満々な顔で言い放ってくるのが辛い。
「水よ、我が意に従え」
アーガイさんがそう呟くと、水たまりの一部が小さな水球となってふわりと宙に浮いた。サイズとしてはピンポン玉くらいだろうか。
「坊ちゃま。コツは水を触らず持ち上げる感覚です。ではどうぞ」
「分かりました。水よ、我が意に従え」
俺も水を触らず持ち上げる、超能力みたいなイメージでやってみる。
すると地面の水たまりの水全てが凝縮されて、直径一メートルほどの水玉が宙に浮いた。
「う、嘘だろ……? これだけの質量を簡単に持ち上げるなんて……俺はこの十分の一サイズでも厳しいのに……」
アーガイさんが茫然と俺の作った水球を見ている。俺からすれば余裕があるので、まだまだ多くの水でもいけそうだ。
ふふふふふ! この身体は天才だ! もう怖いものなんてな……。
そう思った瞬間だった。心臓に凄まじい痛みが走ったのだ。
「がっ……!?」
あまりの激痛に思わず膝をついてしまう。
痛い!? 痛い!? イタイ!? なんだこれ!?
「坊ちゃま!? 坊ちゃ……」
「わん! わ……」
アーガイさんとバーナードの声が遠くなっていく。
そうだ、あまりの喜びに忘れていた。俺はテスラ・ベルアインになったのだ。
テスラ・ベルアインは完璧すぎる人間だが、ひとつだけ欠点があったのを。
…………彼はガラスの天才、迂闊に力を使えない者だったことを。
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