第5話 ガラスが砕けぬためには
俺は目覚めると自室のベッドに寝かされていた。
「テスラ坊ちゃま!? 大丈夫ですか!?」
メイドのミーナがベッドに寄りかかって叫んでくる。
どうやら看病してくれていたらしい。身体が少しだるいが、上半身を起こす。
「大丈夫だよ。えっと、僕はどうなってたのかな?」
「アーガイさんとの訓練中に急に倒れたんですよ! いま急いでお医者様を呼んでます! とりあえず安静にしててください!」
ミーナの剣幕がすごい。仕方がないので目をつぶって眠ることにする。
しばらく寝ていると、医者が俺を看にやって来たが……。
「これといった問題はなさそうです。おそらく貧血か、魔力切れによるものかと」
という診断を下して帰っていった。
だがこの診断は間違っている。テスラの身体は魔蝕病という症状だ。
この世界では人は体内に魔力を発生させる器官をもっていて、魔力を使うとその器官が動いて補充しようとする。
魔蝕病はその器官が過剰に動き過ぎて、他の心臓などを圧迫して身体を蝕む病らしい。
俺が知っているのは原作ゲーム知識だ。魔蝕病はテスラが死んでから二年後くらいに解明される。
この医者は誤診をしていることになるが、ヤブというわけではない。魔蝕病は前例のない病気……テスラが天才過ぎたための病だ。
そうそう分かるものでもない。原作ゲームでもテスラが病気持ちと判断されたのは、十二とかそのへんと言ってた気がする。
……ゲームではテスラの過去、あんまり語られてないからそこまで詳しくないが。
「坊ちゃま、朝食が足りなかったですかねー?」
「中級魔法は少し早かったかな」
部屋の外でミーナとアーガイさんの話し声が聞こえる。
彼女らは医者の話を信用していて、俺が倒れたことはあまり心配していないようだ。
だが俺は真相を知っている。そして先ほど倒れた時の痛みは、死んでしまうのではないかと思うほどの激痛だった。
まるで全身に熱した鉄を押し付けられるような、一生で二度と味わいたくない類のものだ。
はっきり言って死を覚悟したし、いまも思い出せば胃が痛くなる。
それに俺が天才だからか分からないが、体内の魔法発生器官がおかしいと感じている。右腹、たぶん腎臓あたりだろうか。
そこがドクドクと異常に動いていて、体内に必要以上の魔力が循環しているのだ。
……腎臓ってなんで二つあるんだろうと思ってたけど、この世界だと片方は魔力発生器官らしい。なるほどなぁ……。
「……魔蝕病の治療法が見つかるのは、ゲーム通りなら俺の死亡後。普通に暮らしてたら俺はそれまでに死んでしまう……それにこれから定期的にあの痛みが……? そんなのイヤだ」
……なんとかしなければならない。でなければ俺は地獄の苦しみを味わい続けるのだから。
一応、アテはある。これもゲーム知識であるが、テスラは死ぬ直前にとある植物を食べ始めていたのだ。
曰く、「この草は自分の病気に効くことが解明された」と。彼の場合はすでに末期だったので間に合わなかったが、五歳時から食べ続ければ……?
「そうなると探さないとダメだけど……どうするかなぁ。毒月草なんだよなぁ……」
ただその草について問題がひとつある。
名前が毒月草で毒性を持つ植物なのだ。その毒は魔力精製器官の動きを阻害させて、機能させなくする。
主に魔法使いの暗殺時や、じわりじわりと弱らせる毒の材料だ。
ただしテスラに関してはその毒が逆によい効能となる。彼のあまりに過剰に動く魔力精製器官は、毒で阻害された方が正常に動くのだが……。
「毒月草を飲みたいなんて言っても、絶対に止められるよなぁ……」
五歳の子供が毒を飲みたい。当然ながら激怒されて禁じられるのがオチだ。
もし俺が成長していたならば話を聞いてもらえる可能性もあるが、五歳児の言うことなど誰も耳を貸さない。俺だって自分が保護者の立場なら叱りつける。
つまりだ。
「……自分で手に入れてコッソリ飲むしかない」
毒月草の特徴は知っている。ツンとした匂いで紫色の毒々しい色で、触るだけで魔力の抜ける感覚がするらしい。
それに書庫にあった本にも図解がのっていた。これだけ特徴を把握していれば他の毒草と間違えることもないだろう。
幸いにも野草の類なので群生地さえ見つければ、定期的に手に入れることも可能だ。
問題はどうやって探すかだが……アーガイさんなどに「毒月草ってどこに生えてるの?」と聞いてみるか?
いやそれで教えられた場所で採集し続けていると、ふとした拍子にバレる恐れがあるかも……。
例えばここから東の山にあると教えてもらった後、俺がそこに行き続ければどこかで怪しまれるかも。
毒月草を飲んでいるとバレたら、今後は激怒されてかなり警戒されてしまう。そんな状態にされたらおしまいだ。
バレる可能性は少しでも減らすべきなわけで。
「やっぱり俺が自力で見つけるしかないか。ゲームなら毒月草なんて、毒持ち雑魚モンスター倒せばすぐドロップするんだけどなぁ……」
探すとなるとどうすればいいだろうか。
……とりあえず現物を見てみたいな。図鑑などで特徴は知っていても、やはり実物を知っているというのは大きい。
少しリスクはあるが……今も右の腎臓が過剰に動いてるの感じるし、あまり余裕はなさそうだ。
「アーガイさん、おねがいがあります。植物関係の本を読んでいて、薬草や毒草があるのを知りました。間違えて採取しないように実物を見てみたいのです」
座学の授業の時、アーガイさんにお願いしてみることにした。
これなら模範生徒だろう! 問題ないはずだ!
「テスラ坊ちゃま、いい心がけです。魔法使いと言えどもいつも屋敷で食事できるとは限らないですからね。野営となれば野草を食べることもあるかもしれませんし、薬草を採取なども必要です。明日までにいくつか用意しておきます」
そうして翌日、アーガイさんはいくつかの薬草や毒草を揃えてくれた。
机の上に七種類ずつ、薬草と毒草を並べて講義をしてくれている。幸いにも毒月草も置いてある。
アーガイさんと俺は肌を露出しない服で、さらに手袋もして授業をしていた。
「これは平民薬草、これは下級薬草で……」
どうやら薬草にも魔法と同じ格がつけられているらしい。
分かりやすいから流用している感じかな。たぶん平民で買える程度とかの分け方だろうな……。
「これが毒々草。徐々に毒が強くなっていくので、早めの解毒が必須です。そしてこれが……」
アーガイさんはとうとう毒月草を手に取った。
「毒月草、魔法使い殺しと呼ばれる恐ろしい草です。触るだけでも危険なので野生のものに注意ですが、強烈な匂いが周囲に漂うので警戒は容易です。どうぞ匂いを嗅いでみてください」
受け取って匂いを嗅ぐと鼻がツンとして……あ、これワサビっぽいな。
「凄まじいですよね。匂いだけでも毒と確信できるでしょう? こんな匂い、間違っても食べる人はいないのがある意味幸いです」
日本だと万能調味料なんですけどね、という言葉を飲み込む。
「それで次はー」
そうしてアーガイさんの授業は終了し、俺は部屋から出て行く。
さてまずは着替えてから、毒月草を探さないと……そう思っていたら、老犬バーナードが駆け寄ってきた。
「わん! わん!」
流石に毒草の匂いがきつかったのか、今日は珍しく部屋までついてこなかった。
でも今の俺もまだ、毒草の匂いついている気がするが……。
そんなことを考えていると、バーナードは俺の手袋を嗅ぎ始めて。
「わん! わん!」
のしのしと歩き始めて屋敷の外へと出て行く。
まさか匂いを辿ってる? いやそんなことある?
犬ならむしろ毒草なんて嫌がりそうだけど……でもワンチャンあるな?
「ミーナ、ちょっとお外で遊ぶね!」
「はいー」
ミーナから許可を得て俺も外へと飛び出した。
ベルアイン家は貴族と言っても所詮は男爵だ。かなり低い爵位なので外出が禁じられるほど厳しい家でもない。もう五歳だしな。
そうしてバーナードについていくと、村近くの森に辿り着いた。
風に乗ってふわりと強烈なワサビ臭がする……。
「わん! わん!」
バーナードが吠えた先には、大量の毒月草が生えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます