第6話 毒薬は口に苦し


 さっそく生えている毒月草を触ってみる。


 ピリッとするが大丈夫そうだ。触った時点でかぶれるとかなら、口にするのは怖くて無理だった。


「さてどうやって摂取するか……煎じてみるか?」


 流石に野草を生で食べる気は起きないし、ましてやこんな紫色で毒々しいのだから。


 そもそも食べ物として考えるのが間違いだ。漢方薬などのノリで飲むべきだろう。


「煎じるとなるとバケツかなにか欲しいが……」

「わん!」


 バーナードはバケツを咥えて、俺の側へと持ってきた。


 え、なんだこの犬……いくらなんでもおかしくない……? この世界の犬って特別賢いみたいな設定あったっけ……?


「ま、まあいいか。ありがとう。よし試してみよう。清廉なる水よ」


 両手から水を出してバケツを満たす。魔法が便利過ぎて素晴らしい。


 そして毒月草を浸すと、水はあっという間に紫色に濁っていく。


 ……これ本当に大丈夫か? どう見ても毒じゃん……いや毒草なんだけども。


「清廉なる水よ、火の微笑と共に」


 とりあえずバケツの水を捨てて、今度は風呂くらいの温度のお湯で満たす。


 そして毒月草をお湯で煎じた。


 紫色でドロドロして、ポコポコ泡立つ毒液……じゃなくてたぶん薬が完成した。


 …………いや毒だわ。これ以上ないくらい毒だわ。そこらに溜まってたらダメージ食らう毒沼にしか見えないレベルで。


 しかもツンとする匂いが充満して鼻が痛い。涙が出てきた。


「こ、これ飲めるのか……? 本当に飲んでいいのか? なんかこれで死にそうなんだけど……」

「わん! わん! わん!」


 思わず後ずさろうとする俺を、バーナードが吠えてくる。


 吠える相手間違ってないか? 俺じゃなくて毒薬に吠えるべきでは?


「……いや落ち着こう。冷静に考えて、これはテスラには間違いなく薬になるはずだ。そして飲まないと俺はヤバイ」


 この世界はほぼゲーム通りだ。テスラの天才ぶり以外にも、各国の地図や現在の王などを知ったがどれも同じだった。


 ならこの毒月薬だけ違うということはないだろう。


 それに実は懸念していることがある。俺は五歳の時点ですでに魔法を使い始めているが、ゲームでのテスラはいつから魔法を使ったか分からない。


 少なくとも俺より早いことはないだろう。なにせ俺がテスラの身体になった時、まだ誰も彼の魔法の才能を知らなかったのだ。


 もし俺の方がだいぶ魔法使うのが早かったなら、下手したら彼よりさらに早死にする可能性もある。


 特に子供の頃は身体が弱いわけで、五歳時のダメージは十歳時の倍とかなら目も当てられない……。


「ええい! せっかく天才に生まれたのにすぐ死んでたまるか! 良薬は口に苦しと言うしな!?」


 自分を鼓舞しながら、バケツに口を近づけた。なんかさらに目が痛い、鼻がツンとする……が負けてたまるか!


 これ以上怯えても仕方ないので、毒液にチョビッと口をつけて吸う。


「うん……おっぼえええええっぇぇっぇぇぇ……」


 吐いた。くっそマズイ、これ人の飲む物じゃない。


 一口でグロッキーいやゲロッキーだ。しかも身体が少し痺れてる。


 だが、だが……右の腎臓、魔力発生器官が落ち着いていた。あ、ダメだすぐに動き始めた……。


「……き、効いてはいるのか? 少しだけど収まったが……」


 俺は恐る恐る、再び毒液を見る。


 もう一度飲んでまたおさまるなら、この毒は間違いなく俺に効いている。


 いやもう味の時点で俺を害しているが、俺の過剰な魔力発生を抑える効能いや毒があるのが確実と分かる。


「わん! わん!」


 バーナードが俺に頑張れと叫んでくるように聞こえた。


 正直もう二度と飲みたくない。あれは人が味わうようにできたものではないが……。


 …………負けてたまるか! 俺は今度こそ、天才として褒めたたえられたいんだ!


 チョビッと味見するからダメなんだ! 味わうことなく一気に飲み干せば!


「負けてたまるか! 俺は、今度こそ勝ち組になるんだよ!」


 俺は意を決して、バケツに口つけてグビグビ飲み干した。


 そして吐きそうになるのをなんとかこらえる……吐いたら毒が体内に吸収されなくなるっ……!


 普通は毒は吐くものだがっ! 人間の生理現象に反逆しつつ耐えるしかないっ! リバースはダメだ!


「ごべっ……げおっ……はぁ、はぁ……」


 俺は耐え切った。なんとか吐かずに毒を飲み込めた。


 すでに身体は汗でビッショリ、まるでフルマラソンでも走り終えたかのようだ。


 口内はもう死ぬほど激マズ、寝起きの乾燥しきった口を更に十倍くらい酷くしたような感覚。身体もピリピリ痺れている。


 だがそんな不調とは裏腹、いやむしろ同じように、魔法発生器官も明らかに動けていなかった。


「と、止まってる……! よし、止まってるぞ! これなら自分の魔力で死ぬこともない! やった……やったああああああ!!!!!」


 俺は思わず大声で叫んでしまった。


 生き残ったのだ、今の俺は戦場からの帰還兵だ! これでとしてチヤホヤされながら生きていける!


 俺の心は快晴のようだった。空はどんよりと曇っていて、いまにも雨が降りそうだったが。


「よし凱旋だ! バーナード、帰るぞ!」

「わん!」


 俺はバーナードと共に屋敷に帰り、その日は死ぬほどテンションが高かった。


 今の俺は全能だ。なんだって出来るしなにも怖くない。


 これからは輝かしい未来が待っているのだから……。


 そして明日には魔力発生器官が再度過剰に動き始め、俺は毒の苦しみを日々味わうことになった。


 だがそれよりも、もっと恐ろしいことが起きたのだ。


『僕はテスラ・ベルアイン。君に身体を奪われた者だ』


 バーナードがそんな恐ろしいことを、俺の脳裏に伝えてきたのだった……。



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甘い毒薬の方が怖い。


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