第7話 元の人格が愛犬になってて問い詰めてくる……


 毒月草のスープを飲んだ日の夜、自室で寝ていると脳裏に声が響いた。


『僕はテスラ・ベルアイン。君に身体を奪われた者だ』


 あまりの言葉に俺は即座に覚醒し、周囲を必死に見回す。


 て、テスラ・ベルアイン!? そんな!? 俺の身体を取り返しに来たのか!?


 いやそもそも奪ったというか、俺も気が付いたらこの身体になっていたけど!?


「なっ!? どこだ!?」


 だが周囲を見回してもテスラらしき人物は見えない。


 いや落ち着け。俺がいまはテスラ・ベルアインなのだ。


 つまり彼は他の身体を使っている可能性が高いわけで……!? だが部屋にいるのは、床に座って俺を見続けているバーナードのみ。


「ま、まさか。バーナード、お前なのか……?」

『そうだ。僕はバーナードの身体に憑依したんだ。君の魂に押し出される形でね』


 俺の脳裏にまた声が響いて来る。


「そ、そんな……いやでも確かに、妙に頭がいいと思ったことはあったけど……もしかして俺にずっとついて来てたのも?」

『ご明察の通りだ、君のことは見張らせてもらっていた。少なくとも特別悪い者には見えなかったので、声をかけることにしたんだ』


 バーナードは俺をジッと見つめている。


 そういえば俺がテスラの身体に乗り移った時、バーナードが側にいて吠えてたが……。


 あの時にテスラもバーナードの身体に乗り移っていて、困惑していたということだろうか。


 元の身体の持ち主であるテスラが現れてしまった……かくなる上は。


「え、えっと……申し訳ありません! 身体を奪ってしまって……!」


 必死に頭を下げて謝罪することにした。


 故意じゃないとは言え、テスラの身体を占領しているのは事実だ。どう考えても悪いことだろう。


 ほら身体ひったくり罪みたいな……。


『酷いよね。おかげで僕の身体が犬になってしまった』

「いや本当申し訳ありません……方法があればすぐに返しますので……」

『少なくとも僕は魂を入れ替える方法を知らない。君は知っているのかい? まあ知っていたとしても言わないだろうけど』

「……知りません。気づいた時にはこの身体でしたので」


 棘のある言い方をされているが仕方ない。


 そりゃ自分の身体を奪われた上に、犬に入れられたらイヤミのひとつも言いたくなるだろうし。


 ……しかしテスラって五歳のはずだよな? それにしては随分と大人びた喋り方をしているが。


「えっと。テスラ殿の年齢は五歳ですよね……? この身体が五歳のはずですし」

『違う。僕は十九歳だ』

「えっとどういうことでしょう?」


 なんで十九歳? まさか天才すぎて五歳にして十九歳の知能を持っているとか?


『仔細は省くが僕は未来から、魂だけ戻ってきたんだ。それで五歳児の身体に入ったはずなのに、その瞬間に君に押し出されてしまった』


 魂だけタイムワープしたってことか? たしか『救世の勇者と破滅の魔王』の続編で、テスラがそうなるってネタバレを聞いた記憶がある。


 となるとこの世界は、ゲーム的には続編になるのだろうか。


 弱ったな、それだとゲーム知識がそこまで役に立たないのでは? 


 いやいまはそんなこと考えている状況じゃないが。


「申し訳ありません」

『謝罪はとりあえずいいよ。それよりも君は僕の身体を使っているのだから、代わりにやって欲しいことがいくつもある。僕が本来なら自分の身体でやるべきことをね。まさか断らないよね? 他人の身体を使っておいて』

「…………」


 こ、断れない……老犬の姿なのになんかすごい圧が……。

 

 実際身体を乗っ取ってるのは事実だしなあ。


「わ、わかりました。なにをすればいいんですか?」

『まずは毒月草を煎じたものを飲み続けてくれ。それで僕の身体はだいぶマシになるから』

「あ、はい……」


 あのゲロマズ毒を飲むの相当辛いんだよな……人間の飲むものじゃない。


 テスラの身体を使い続けられるなら、いくらでも飲む気持ちでいた。でもいずれ返さないとダメとなると、一気に飲む気力が減ってしまう……。


『安心してくれ。もし君が僕の願いを全て叶えてくれたら、その身体を譲渡するのもやぶさかではない』

「えっ!? 嘘!? いいんですか!?」

『というかそもそも戻す方法がないんだよ。魂を過去に送る秘術を僕は使えないからね』


 ……本音を言うとこの身体を返したくはない。


 せっかく稀代の天才になれたのだから、このまま生涯を過ごしてチヤホヤされたい。


 返せと言われたら諦めるが、譲渡してもらえると言うならば……もらってもいいよな!? 


『ただし僕の願いを全て叶えたらだ。僕が過去に戻ったのは、不幸をなかったことにするため。それが出来るならば、僕は自分の身体を必要としない』

「はい! いくらでもやります! 犬とお呼びください!」


 自分の身体を簡単に捨てられるのか、などの疑問はある。


 でもこの身体を譲ってもらえるという言葉に、俺はすがるしかない……!


 俺は天才としてチヤホヤされたいんだ! もう無能呼ばわりはイヤなんだ! そのためなら靴を舐めてでも!


『犬は僕だよ』

「あ、すみません……でもなんでもするつもりですので、ぜひお命じ下さい!」


 ここでテスラの好感度を上げていたら、なんかこう本当に身体を譲ってもらえるかも!?


 ほらバーナードの身体が気に入っちゃったとかでさ!? 無理めな願望かもしれないけどもさ!?


 そのためなら本当になんだってするつもりだ! 稀代の天才になれるのなら、苦労なんていくらでも平気だ!


『まずは毒月草を煎じたのを日々飲むことからだね。ただもっと効能の上がる薬草も混ぜていこう。その分、味は酷くなるけど』

「……あ、あれより酷くなるんですか?」

『死ぬよりマシでしょ? それと敬語はいいよ。自分の声で敬語使われるの気持ち悪いし』


 ……あの毒、わりと死を感じる味なんですけどね。


 思ったより平気じゃないかもしれない。

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