第8話 川の氾濫を阻止せよ!


 また今日も大雨で屋敷の中から出られず、アーガイさんの授業を受けているとミーナが部屋に飛び込んできた。


 しかも扉をすごく勢いよく開けてだ、いつもと違ってかなり血相を変えている。


「あ、アーガイさん! 大変です! ベルアイン川が氾濫しそうで!? 旦那様がお呼びです!」

「なんだって!? くっ、この領地の魔法使いでは食い止められないのでは……すぐに向かう! 坊ちゃま、今日はこれで終わりです!」


 アーガイさんはそう言い残すと、部屋から出て行ってしまった。


 話を聞いている限り、川の氾濫を魔法で止めようとするのかな? だからアーガイさんが呼ばれた?


 よし、俺もちょっと聞きに行こう。なにせ俺だって天才魔法使いだし。


『話を聞きに行くんだ。少しでも川の氾濫を食い止めたい』

『もちろんだ! 天才を見せつけるチャンスだしな!』


 バーナードの声が脳裏に響くので、こちらも念じて返す。どうやらこの声は一方通行じゃなかったようで、脳内で話ができると教えてもらった。


 誰か聞いていたら独り言変人に思われかねないから助かる。


『そうか。危険だから行きたくないとかじゃなくてよかったよ。行こう』


 どうやらバーナードのお気に召した答えだったようだ。


 だが俺からすればこんなビッグイベントを逃す選択肢はない。なにせ天才であることを領民に見せつけるチャンスだ!


 この身体をいずれ返すことも考慮すれば、活躍できる機会は逃すわけにはいかない!?


 ……それに川の氾濫なんて起きたらヤバイしな。日本にいた時のニュースでもたまに見たが、家が水につかって悲惨なことになっていた。


 そうして小さな身体で頑張って廊下を走り、アーガイさんのことを追いかけて行く。


 彼の姿は見えないが、どうせ父親の執務室だろう。執務室の前につくと、予想通りにアーガイさんと父親の声が聞こえてきた。


「ベルアイン川が氾濫した。私とお前で止めなければ、近隣が酷いことになってしまう」

「……俺らだけじゃ難しいと思いますよ? 普通は魔法使い数十人単位で食い止められるかってレベルですし、近隣の領地から援軍を求めた方が……」

「無理だ。大雨に襲われているのは近隣領地も同じで、どこも魔法使いを出す余裕などないだろう。我らだけでなんとかせねば……せねばっ……! 取れる税金が減ってしまう!?」


 やはりというか、魔法使いの数が足りていないようだ。


 うち根本的に貧乏貴族っぽいからなぁ……落ちぶれた家って聞いてるし。


 貴族でそれなりに魔法が使えるテスラ父と、アーガイさんくらいしかいないのだ。


 だがやることは変わらない。俺が扉を開いて中に入ると、父親とアーガイさんがこちらを睨んできた。


「テスラ! なにをやっている! 今は緊急事態だ、入って来るな! 利口なお前なら分かるだろう!」


 あ、利口って思われてるの嬉しい……ってそうじゃない。俺は顔を真剣な表情にして、二人の目をしっかり見る。


「私もお手伝いします。魔法もちゃんと使えますし」


 一人称を私に変更して、少しでも大人びて見えるようにする。


 俺はすでに上級魔法と同等の魔法を放てるのだ。間違いなく戦力になるはずだ。


「な、ならん! テスラ、お前は我が家の希望だ! 川が氾濫してるんだぞ!? もしお前になにかあったら……!」


 テスラの父は必死に叫んでくる。


 彼だって別に頭が悪いわけではないので、俺を使うことも考えたのだろう。


 だが五歳の俺を危険な場所に出したくないと。親として考えれば納得の答えだ。


「し、しかし旦那様。坊ちゃまの魔法操作は驚異的です、間違いなく戦力になりますよ! 俺も提案しようと思ってましたし……」


 アーガイさんはどうやら俺を使う想定だったようだ。この緊急事態ともなれば、全然おかしな話ではない。


 川が氾濫すればすさまじい被害がもたされるのだから。


「テスラはまだ五歳だぞ!? もし川に巻き込まれて流されたらどうするんだ!?」

「川から離れて魔法を使ってもらえば大丈夫です!」

「それでも絶対安全とは言えないだろうが!」

「ですが川の氾濫が広範囲になるほど、領民たちが苦しみます! 死人もきっと出るでしょう……! 坊ちゃまがいればその被害を減らせますし……川から離れていれば危険もかなり減らせます!」

「むむむ……!」

「父上! 私なら大丈夫です! 絶対に危険なマネはせず、遠くから魔法を放つだけにします! ここで私が天才であることを見せつければ、今後の領民の評価も上がります!」


 テスラの父は俺を見て、かなり悩んだ後に。


「……仕方がない。こんな幼い息子を危険な場所に送るのはイヤだが、天才たる者には宿命もきっとある! だが私から絶対に離れるな!」

「はいっ!」

「アーガイも絶対にテスラから目を離すな!」

「ははっ!」

「では行くぞ!」


 こうして俺達は馬に乗って近くの川へと走った。もちろん俺はテスラ父と同じ馬だが。


 少し遠くから川辺が見えた。すでに泥で濁った川はほぼ溢れていて周囲の陸へと泥水が流れ始めていた。


 さらに川を上っていくと開けた土地だった。ここらは周囲に民家や畑もなさそうで、まだまだ川は続いていて上流は先のようだが、


「りょ、領主様! どうか川の氾濫をお止めくだせえ!」

「このままじゃ畑も水に飲み込まれてしまいます!?」

「家や畑が飲み込まれたら生きていけません!?」


 近くにいた領民たちが、テスラ父のもとへと詰め寄って来る。


 彼らからすれば自分の畑が水に飲まれたら、まさに死活問題になってしまう。


「わかっておる! これ以上は上流に向かっても無駄かっ! アーガイ! 土魔法で壁を築くのだ!」

「へぇ! 坊ちゃま、見ておいてください! いきなり実戦ですが学んでくださいよ!」


 テスラ父とアーガイは懐から木の杖を取り出すと、


「「土の悪戯よ、隆起せよ!」」

 

 彼らが魔法を唱えたら、川の地面の一部の土が盛り上がって横幅一メートルほどの土壁が川から頭を出した。


 だが川全体からすれば微々たるもので、気休め程度にしかなっていない……。


「テスラ! お前も同じようにやるんだ!」

「父上! しかしこれでは焼け石に水と言いますか……ほとんど変わってない気が!」

「それでもやらないよりマシだ! 川の流れを少しでも止める壁ができれば、その分だけ流れる水は減る! 大勢の魔法使いがいれば、上流の川を完全にせき止める壁も作れたかもしれぬが……!」


 テスラの父は苦々しそうに呟く。


 魔法使いが多ければ川の上流箇所を土壁で完全にせき止めて、雨が止むまで耐えてそこから少しずつ水を放流するのだろう。


 だがいまは魔法使いが三人しかおらず、とてもそんな方法は取れないと。


『テスラ、君の土魔法なら川幅の五分の一ほどの長さの壁を作れるはずだ。それなら川の氾濫をある程度防げる』


 脳裏にバーナードの声が響く。


 よく見れば後ろに老犬の姿があった。どうやって馬についてきたんだ……?


 まあいい、いまはそれどころじゃない。土壁を作って川の氾濫を……いや待て、それだと完全には防げないぞ。


『テスラ、待ってくれ。それだと多少はマシになるだけで、川の氾濫は防げない。領民の人が苦しむ』

『仕方ないよ。僕らのやるべきは最善を尽くすことだ』


 テスラは淡々と告げてくる。


 確かに彼の言うことは間違っていないが……ちょっと気になることがある。


 これさ、別に土壁で防がなくてもよくない? 


 というのも俺が今まで使ってきた水魔法を組み合わせると、出来そうなことがあるのだ。机上の空論かもしれないが……。


『テスラ、ちょっと確認したいことがある。この川の水を操って地面に叩きつけて大穴を作り、ため池を作れないかな? そこに川の水の一部を流してさ』

『……!?』



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砂場でホースの水で水路を作る所業。


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