第23話 迷惑令嬢


 俺たちがレイディアス伯爵の屋敷に到着すると、すさまじい騒動になっていた。


「急げ! すぐに軍を用意しなければ!」

「馬の準備を! 伯爵様じきじきに出るそうだ!」


 屋敷の廊下や庭を使用人たちが駆け回っている。


 まるで戦時のような様相に困惑していると。


「おおテスラ君! ちょうどいい時に来てくれたな!」


 鎧を着て武装しているレイディアス伯爵が、俺のもとへと駆け寄ってきた。


 明らかに戦争でもしに行くような服装だ。


「あのレイディアス伯爵? もう盗賊退治に向かうのですか? もう少し後に行う予定と父から聞いていたのですが……」

「悪いがそれどころではなくなった! わが娘が、アーネベルベが少数で盗賊退治に向かってしまったのだ!」

「ええっ」


 などと驚いた風を装いつつも、内心はありそうだなーと思ってしまう。


 だってあのアーネベルベ令嬢が、こんな目立てる機会を逃すはずがない。


『ほらあの疫病神令嬢がまたやらかす! もうあいつ本当!』


 後ろをついてきたテスラが絶叫する。


 俺としては怒ってはいない。自分が彼女の立場なら、同じことを絶対にしないとは断言できない。


 ……ただ今回は少しまずいかもな。周囲に迷惑をかけすぎている。


『もういっそ盗賊に捕えられたらいいんじゃないの!? それで痛い目に合えば……!』

『テスラ、それは流石に……』


 アーネベルベくらい可愛い令嬢が盗賊に捕まったら、間違いなくヤバいことになる。


 利用価値があるから殺されはしないだろうけど、それ以外はひどいことされそう……いくら嫌いな相手でも、望んではダメなことがあると思う。


『…………ごめん言い過ぎた。でも自業自得な気はするし、少しくらい反省させるべきと思うよ』


 テスラもさすがによくないと思ったようで訂正してきた。


 大丈夫。今回助けられたら、レイディアス伯爵からきついお灸を据えられるだろうさ。


「それで至急、山賊討伐に向かおうと思う! アーネベルベが危険に陥る前に! 軍を集めている時間はないので、少数の騎馬魔法部隊で追うつもりだ!」


 騎馬魔法部隊って恰好いいな。やってることはただ魔法使いが馬に乗ってるだけだが。


「わかりました。では私もついていきます」

「おお! グレーターオーガを倒した君がいてくれたら心強い!」


 レイディアス伯爵は俺の両手をがっしりと握ってきた。


 よし、これで彼の好感度を稼げたはずだ。


「ではすぐに出発できるようにする! テスラ君も馬に乗って準備してくれ! わが娘よ! すぐに助けに行くぞ……無事でいてくれ……!」


 そう言い残して去っていくレイディアス伯爵。


 さてあとはアーネベルベ令嬢を無事に救うことができれば…………待てよ。


『なあテスラ。この騒動ってお前の時はあったのか?』

『ないよ。あったらここまで驚いて怒ってないさ』


 テスラはさらっと答えてくる。嘘をついているようには思えない。


 そうなるとつまり……。


『……それってさ。アーネベルベ令嬢が暴走したの、俺のせいじゃないか? テスラの時はしなかったんだろ?』


 本来ならアーネベルベは盗賊退治をしなかった。ならばこれは俺がテスラの身体に入ったせいで起きた事件ということになる。


『あー……確かに君の影響があったのはそうだろうね。でもあの令嬢が悪いよ』

『それでも俺が原因なのは変わりない。やっぱり助けないとな』

『まったく君はお人よし過ぎるよ』

「お人嫌いよりいいだろ。それにまあ……何度でも言うけど、俺はアーネベルベのことが嫌いになれない』


 アーネベルベ令嬢は以前の俺と似ている。


 天才に嫉妬して少しでも自分を高く見せようとして、それで空回りしてしまっているのだ。


 それに盗賊退治自体は悪いことではない。盗賊がいなくなれば治安もよくなるし、みんなうれしいのだから。


 危ないので迂闊に手を出すのはよくないが。


『……婚約破棄したほうが絶対にいいと思うけど』

『伯爵の命令がない限りはなるべく破棄したくないかな』

『うえぇ……』


 テスラ犬はものすごく嫌そうな声を出す。


 まあこいつからすればきっと、昔から悪口など言われまくったんだろう。


 実際テスラからすれば、アーネベルベ令嬢に嫌われたのは理不尽極まりないと考えているのだろう。


 本人からすればそうだろうな。別になにも悪いことしてないのに、一方的に最初から嫌われていたのだから。


 でも俺としては嫌う側の人間なので、アーネベルベ令嬢の気持ちがものすごくわかってしまう。


『テスラ。俺はアーネベルベ令嬢を助けるからな』

『勝手にしなよ』


 そうして俺は馬に乗って、レイディアス伯爵屋敷の庭に訪れた。


 周囲には他にも二十騎ほど騎馬兵がいるが、なんとそのうちの十五人から魔力を感じる。そしてレイディアス伯爵自身も優秀な魔法使いと聞いている。


 さすがはレイディアス領……あっという間にこんなに魔法使いを揃えられるとは。

 

 うちなんてどれだけ時間かけても三人だぞ。俺とテスラ父とアーガイさんだけ。


「総員に告ぐ! これより山賊を討伐しに向かう! 奴らは近くの元山砦を根城にしている! 本来ならばもっと多くの兵士を集めたいところだが……すでに私の娘が先に出ていて、ゆっくりしていたら捕まる恐れがある! 速攻で行くぞ!」

「「「「ははっ!」」」」

「なお私の娘が先行した件は緘口令を敷く。漏らすことは絶対に許さん」


 レイディアス伯爵の言葉に全員がうなずく。


 もしアーネベルベになにかあった場合のことを考えてだろうか。最悪の事態も考慮するのは、やはり大貴族なんだろうな。


 敵地に速攻をかけるとなると罠などの不安が少し残るが、これだけ魔法使いが多ければ問題ないだろう。


 そうして俺たちは馬を駆けさせて山賊の砦へと進んだ。

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