第24話 諸悪の根源


 アーネベルベは馬に乗って街道をかけ、盗賊団の根城へと進んでいた。


 供回りに数名の兵士が後ろにつき、メイドのメインが武装して先導している。


 彼女たちはレイディアスの部隊よりも数時間早く出ているので、それだけ盗賊団の根城へも先に到着する。


「アーネベルベお嬢様は相変わらず乗馬が上手だなぁ……令嬢なんて馬に乗れない人も多いのに」

「そりゃアーネベルベ様は、活躍するためならばなんでもするからな。必死の鍛錬のたまものよ」


 兵士たちはそんなアーネベルベ令嬢を、兄のような目線で見ていた。


 アーネベルベは傍若無人ぶりを日々発揮しているが、屋敷のメイドや兵士たちの評判は悪くない。


 理由は簡単。彼女はすさまじい努力をしているからだ。


 アーネベルベ令嬢は毎日朝から晩まで、必死に魔法や剣などの訓練を繰り返している。


 もちろん令嬢としての淑女教育などもその中で行われるので、彼女は普通の貴族令嬢の数倍の努力をしている。


 兵士やメイドはそこまで頑張っているアーネベルベを見ているので、普段の言動こそあれど嫌いになれずにいた。


 兵士たちにとってはただ高飛車なだけのご令嬢よりも、アーネベルベのほうがよほど好感が持てる。


「お嬢様! 絶対に旦那様を認めさせてみせましょう! 俺たちも微力ながら手伝いますぜ!」

「当然よ! 私は絶対に活躍してみせる! そしてお父様を見返すのよ……!」


 アーネベルベにとって大事なこと。それは父親であるレイディアス伯爵から褒められることだった。


 彼女が魔法の鍛錬を行い始めたのは、レイディアス伯爵に天才と褒めたたえられたことがきっかけだ。


 それ以来彼女はずっと父親からの賞賛のために頑張ってきた。


 五歳の時はいくらでも褒めてもらえた。九歳児もちょくちょくは、そして十一歳時にはその言葉は完全に消えていた。


 それはアーネベルベにとって、あまりにも辛く悲しいことだ。最も大切なナニカを失ったような喪失感。


(……もう数年は褒められてない。でも私だけで盗賊団を退治したと思ってもらえれば……また……)


 アーネベルベとてバカではない。この暴走で迷惑をかけることも承知している。それに盗賊団を退治したと嘘ついても、むなしくなるだろうことも分かっていた。


 だがそれでもレイディアス伯爵からの誉め言葉がまた欲しかった。溺れる者がわらをもつかむように。


「メイン。そろそろ山賊の拠点につきそうかしら?」


 アーネベルベはそんな嫌な考えを振り払うように、己の右腕たるメインに話しかける。


 すでに街道から外れていて森に近づいている。周囲には茂みが多くあった。


 すると彼女は周囲を見回した後に。


「そうですね。もう到着していますよ、アーネベルベ様!」


 明らかに話し言葉ではない大声で叫んだ。


 その瞬間、茂みがガサガサと動いた。そこらかしこから武器を持った男たちが姿を現す。


 軽装で身動きのとりやすい皮鎧。その身なりは明らかに山賊のいでたちであった。


 山賊たちは十人ほどいて、アーネベルベたちを包囲している。


「っ!? ま、待ち伏せ!?」

「お嬢様は魔法の準備を! 俺らが前に立ちます!」


 慌てるアーネベルベを守るように兵士たちが囲い込んだ。


 そして各々馬の上から剣を構える。騎馬戦の準備を用意していなかったので馬上槍などはない。


 この兵士たちは素人ではない。レイディアス伯爵屋敷の警備を行っているだけあって、それなりに戦いの経験があった。


「お嬢様! ここは魔法でどこか吹っ飛ばして、その隙に抜けましょう!」

「たかが山賊風情! お嬢様の魔法なら必ず勝てますぜ! 天才なんでしょう!」

「そ、そうね! 私はこんな奴らになんて負けない……! メイン! 私が魔法で山賊たちを吹き飛ばすから、貴女はその隙に逃げなさい!」


 アーネベルベの頭の中にあるのは、ただのメイドであるメインを逃がすことだった。


 彼女によってメインは右腕であり、姉のようなものであった。


 だから気づけていない。兵士たちはアーネベルベのみを守るように囲んでいて、メインは放置している。それどころか敵のごとくにらんでいることを。


「……お嬢様。たぶんですけどね、あのメイドは敵ですよ。あいつの合図で山賊が出てきたし」

「ここまで案内したのもあいつです」


 兵士たちは淡々と口にする。だがアーネベルベは信じられずに、メインに向けて必死に叫ぶ。


「そ、そんなわけないじゃない! メインは私が小さいころからずっと仕えてきたのよ! そうよね、メイン!」

「もちろんですよお嬢様。私はずっとお嬢様に仕えてましたので、貴女のことが……すごく嫌いだったんですよ」


 メインがそう告げた直後、


「あっ……がっ……」


 アーネベルベは急にガクガクと震えだして、馬の背中から滑り落ちる。


「お嬢様!?」


 兵士のひとりが悲鳴をあげるが、アーネベルベは地面に倒れてなおも痙攣している。明らかに正常な状態ではなかった。


「さあ兵士は皆殺しにしなさい。アーネベルベお嬢様はまだ利用価値があるので捕まえなさい」


 メインはアーネベルベを見下しながら宣言する。


 そうして山賊と兵士が戦い始めたが、数も技量も山賊たちのほうが強かった。兵士たちはなにもできずにやられていく。


 そうしてメインはアーネベルベの元へと歩いていく。


「バカなお嬢様。ただのメイドな私が、山賊の拠点なんて知れるわけがないでしょうに」

「な、んで……」

「私、ずっと隣国の間諜だったんですよ。それと面白いこと教えて差し上げますね。実は腐り落ちた薔薇って名前を広めたの、私なんですよね。魔法使いで貴族なんてだけで、貴女のこと大嫌いだったのよ」

「…………」

「あははは! その泣き顔を見ただけでも、少しは我慢してきたかいがあったわね!」


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