第25話 罠


 俺たちは山賊の拠点へと急いで馬を駆けさせている。


 だが急いでとは言えども事前に斥候を放っていたりはしていた。


 魔法使いは不意打ちされると弱いため、伏兵などに警戒するためだ。この辺はレイディアス伯爵の慎重さがちゃんと出ている。


 ……アーネベルベだとなにも考えずに進んでそうだな。そうなるとさらに彼女と距離が離れてしまうのが困りどころかも。


 そんなことを考えていると。


「だ、旦那様! 大変です! アーネベルベの従者をしていた者たちが、木に縄でくくりつけられておりました!」


 斥候の一人が戻ってきて叫んでいる。


 俺たちは急ぎその従者たちのもとに案内された。従者たちは鎧姿をしていて、怪我を負っていたが命に別状はなさそうだ。


「貴様ら! なぜアーネベルベを勝手に向かわせた!」


 レイディアス伯爵が激怒して叫んだ。その怒りに従者たちはおびえてタジタジになっている。


「も、申し訳ございません! 旦那様のご命令とお聞きしておりました!」

「わが娘の言葉を信用したというのか!?」

「あ、アーネベルベ様だけではなくて、メイド長のメインからも指示されたので……」

「メイド長がまさか旦那様の命令を偽るとは思えず……」


 兵士たちの言い分も理解できる。


 なにせアーネベルベはたまに兵士を連れて、夜盗退治などを行っていたのだから。なら今回だっていつものことと思ってしまったのだろう。


 そのうえで屋敷の上の身分から指示されたら、拒否するのもなかなか難しいと。


「……それで貴様らがこうしているということは、アーネベルベは……!」

「も、申し訳ありません……お嬢様は山賊に囚われの身になり……」


 従者たちが話し終える前に、レイディアス伯爵は再び馬を駆けさせ始めた。


「総員に告ぐ! このまま急ぎ山賊の拠点を討伐する! もはや一刻の猶予もない! 我に続け!」


 レイディアス伯爵は先ほどまでの慎重さとは裏腹に、すさまじく急いている。


 当然か。仮にも娘が攫われて危機的状況にあるならば、なにがなんでも助けようとすると。


 俺たちは急いで伯爵の後を追う。当然だがもはや斥候とかそんなことをしている余裕はない。


『まったくあの令嬢は本当に大迷惑をかけて……! 助けたらだいぶ痛い目に合わせないとつり合いが取れないよ! 躾をしないと……!』


 むしろテスラは躾される側ではないだろうか、犬的に。


 犬にした張本人の俺は流石に言えないけど。


『助けた後に躾ができるほど元気ならいいけどな……なんなら現在形でひどい目に合ってるかも……』

『それはいま考えても仕方のないことだよ。全員でこんなに焦って……待て、焦り過ぎじゃないか?』

『そりゃ焦るだろ。だってアーネベルベ令嬢の命の危機なわけで。いくら彼女が嫌いだからって……』


 テスラがアーネベルベを嫌うのは分かるが、時と場合というものがあるだろう。


 一刻を争う事態なのだから急ぐのは当たり前だ。


『いやそういう意味じゃない。なんで従者たちは殺されずに、斥候が見つけられる場所に捕縛されていた? この急ぎを期待してだ』


 いわれてみれば確かにそうだ。


 もし山賊が相手ならば、従者たちを生かしておかないだろう。仮に殺さなかったとしても、従者の鎧くらいははぎとるはずだ。


 鉄鎧は高く売れるし、売れなくても山賊たちの防具にできるのだ。盗らない理由が見つからない。


 それすらしないということは明らかにおかしい。


『えっと……罠ってことか?』

『おそらくそうだ。でも仮に罠だとしても、僕らは十五人もの魔法使いの隊だ。山賊ごときがどうこうできるとは思えないけど……』


 だがテスラとの会話はこれ以上できなかった。


「進めぇ! この洞窟の盗賊を討伐し、わが娘を助けるんどあ!」


 すでに山賊の根城と言われている洞窟に、足を踏み入れていたからだ。


 洞窟の奥と外の茂みから隠れていた山賊たちが出てきて、俺たちを包囲して逃げ場をなくされた。


 ……が、これくらいなら別に脅威ではない。


「山賊よ! 貴様らごとき下賤が、我ら魔法使いに勝てると思っているのか! 火よ! 彼の者を黒に染めよ!」


 レイディアス伯爵がそう叫んだ瞬間、彼の手から炎の矢が発射されて盗賊のひとりに直撃する。


 盗賊はその炎によって全身を燃やし尽くされて、炭となって絶命した。


「愚か者どもめ! 私を焦らせれば勝てるとでも考えたか! わが娘を返せ! そうでなければ貴様ら全員炭にするぞ!」


 レイディアス伯爵が吠え、他の魔法使いたちも臨戦態勢に移る。


 魔法使いは普通の兵士よりもはるかに、おそらく十倍以上に強い。それが十五人も集まれば、百五十人を超える軍隊になる。


 山賊たちのほうが数は多いがそれでも四十人程度。俺たちに勝てるとは思えない。


 どうやら伯爵は考えなしで急いだわけではないようだ。


 実際この程度の包囲ならば、俺たちなら簡単に潜り抜けられる。むしろ敵が集まってきて好都合まであるかもしれない。


「ふへへ。そんなことは知ってるぜ。だがよ、俺たちだって考えなしにこの状況を作り出したわけじゃねぇ」


 盗賊の中でも特に装備がよい、おそらくトップだろう男がクツクツと笑った瞬間だった。


「がっ……!?」


 馬に乗っていた魔法使いのひとりが、なにもなく落馬して倒れた。


 ガクガクと痙攣していて明らかに異常だ。


 バカな!? 盗賊たちはなにもしていないのに!?


「魔法使いを殺すための準備は、こっちもしてるんだよなぁ!」

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