第26話 後悔


「どうだい我が儘お嬢様? 自分を助けに来た者たちが、バタバタ倒れていく光景は?」


 山賊のひとりが下卑た笑い顔で私を見てくる。


 私は洞窟の中の盗賊たちの後ろで、お父様率いる魔法使いの人たちが倒れていくのを見ていた。両手が縛られているうえに、身体が重くてまともに動けない。


 魔法さえ使えればこんな奴ら、吹き飛ばしてやるのに……。


「すごいだろ? 隣国が新しく開発した霧状の魔法使い殺しの薬だ。あれを吸ったら最後、魔法使いはもう意識を保っていられねぇ」

「ただ霧である以上、風下とか考えないとダメなんだよな。それだけ使いづらいから、相手を誘導する必要があるのが難点か」

「今回は楽だったけどな。どこかのお嬢様がバカみたいに捕まってくれたおかげでな!」


 盗賊たちが気楽に話している間にも、またひとりの魔法使いが地面に落馬する。


 私がやられたのと同じだ。なぜか身体の脇腹あたりが苦しくなって、意識を保てずに倒れてしまった。


「野郎ども! 魔法使いたちが完全に意識を失ったら、全員首をはねろ! 兵士なんぞ数人いても楽勝だ!」


 ……私はなんてことをしてしまったのだろう。


 私のせいでみんな死んでしまうのを、現実感もなくただ眺めるしかできない。夢なら覚めてほしい。


 馬の背で苦しそうにしているお父様と目が合う。


「ぐっ……アーネベルベ、逃げなさ……」


 そう言い残してお父様も馬から落ちた。


「残りは六人か。お前らさっさと処理しておけ。俺はそろそろ好きにやらせてもらうぞ。もうこいつの利用価値もなくなったしな。ほら来やがれ」


 盗賊の頭目らしき男が、私の腕を引っ張って洞窟の奥へと連れて行こうとする。


「待ちなさい。そいつはここで、父親の死体の前で犯したほうが面白いと思わない?」


 メインが私を見下しながら笑っている。


「確かにそりゃ面白そうだな。どうせどこで犯そうが一緒だしな」


 盗賊の頭目はナイフを手に取ると、私のドレスを切り裂いていく。


 悲鳴をあげたいのに声が出ない。いや声が出たとしても、誰も助けてくれる人はいない……。


 どうやら私を助けに来てくれた人たちのうち、六人は魔法使いではなかったようだ。まだ馬に乗っていて苦しんでいる様子もない。


 でも盗賊たちは四十人を超えているうえに、魔法使いまで混ざっている。どう考えても勝ち目はない。


「に、げて……お父様……連れ……」


 まともに喋れない。舌がしびれて動かない。


「逃げてだなんてつれないこと言うなよお嬢ちゃん。もしあいつらが活躍したら、お前も助かるかもしれないぜ? まあそんなことあり得ないんだが! じゃあそろそろやるか」

「……っ!?」


 盗賊の頭目は私を押し倒そうとする。


 怖いけどそれ以上に悲しかった。私がもう少しちゃんとしていれば、こんなことにはならなかったのに……。


「へへへ」


 男が舌を私の顔に近づけてきて思わず目を閉じる。せめて見たくないから。


 私がもう少し嫉妬心を抱かなければ、テスラへの敵愾心を消していれば、こんなことにはならなかったのだろうか。


 そう思うと思わず涙が出てきてしまった。


「ごめん、なさい……ごめ……なさい、ごめんなさ……」


 ――そうしてすべてを諦めようとした瞬間だった。


「ひいあがっ!?」


 すぐそばから妙な悲鳴が聞こえて、嫌な圧迫感が消えた。


 恐る恐る目を開くと、盗賊の頭目は私の前にはいなかった。遠くの洞窟の壁に叩きつけられて、無様に気絶している。


 ……え? いったいなにが……。


「ま、魔法!? バカな!? 魔法使いがまだ立っているだと!?」

「あり得ねぇよ!? 魔法使い殺しの霧だぞ!? それで死なないなら詐欺もいいところじゃねぇか! 現に他は全員倒れてるぞ!?」


 盗賊たちは混乱しながら武器を構える。彼らの視線の先にいたのは、一頭の馬に乗った少年。


 雪のように白い髪に肌、そして目は虹色に輝いている。その姿はまるで美しくあれと作られた人形のようで気に食わない。


 そしてなによりも、私よりもはるかに優れた力を持っている……大嫌いな少年にして婚約者。


 テスラ・ベルアインは私のほうを見てウインクしてきた。


「怒れる水よ、奔れ!」


 テスラが魔法を唱えた瞬間、彼の手のひらから竜をかたどった水流が発生して、周囲の盗賊を薙ぎ払っていく。


 どう見てもその魔法の発動に制約の類はなかった。それどころか私が万全の状態で同じ呪文を唱えても、あれより弱い魔法にしかならない。


 ……どうして? 彼も父上と同じ場所にいて、魔法使いを無力化する霧とやらを吸ったはずなのに。


 なんであの少年は、普通に意識を保っているの? それどころか魔法まで使えているの?


「て、てめえ!? なんで魔法使い殺しの霧を吸って、魔法が使えるんだよ!?」

「まさか吸ってなかったのか!? 気づいていたと!?」


 盗賊たちは大慌てだ。


 私だって困惑している。でも心のどこかで、テスラ・ベルアインならおかしくないと思っている自分がいる。


 …………私は気が付くとテスラに頭を下げていた。


「おね、がい……たす、けて……」


 もう恥も外聞もプライドもなにもない。お父様が助かるならなんでもいい……。


 テスラはそんな私を見てほのかにほほ笑んだ。


「もちろん助けるさ。俺は君の婚約者なんだから。さあ盗賊か山賊かわからない輩ども。俺の婚約者を穢そうとした罪は大きいぞ」


 いつもならば死ぬほど嫌だった声が、いまはものすごく頼もしかった。



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投稿予約できてなかった……。

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