第27話 天災



『テスラ! まだか!? このままだとアーネベルベ令嬢が薄い本展開になりそうなんだけど!?』


 俺は盗賊たちに囲まれる中、テスラの指示を待っていた。


 盗賊たちの罠で周囲の魔法使いは無力化されているが、俺だけはピンピンしている。


 理由は簡単だ。奴らの罠は魔法使いだけを殺す毒、つまりは毒月草を霧上にして散布したものだから。


 発想は面白いと思う。毒月草の匂いなどを消して、かつ霧状にして吸わせることで極めてバレにくくしているようだ。


 普通の魔法使い相手ならばこの毒は極めて有効だろう。まさに必殺、魔法使い殺しの罠と称して過言ではない。


 だが俺には無意味だ。


『もういいよ。周囲に伏兵はいないようだしやっちゃって』


 テスラの声が脳内に響く。


 俺としてはさっさとこの場を制圧したかったのだが、テスラがもう少し状況を確認したいと言ってたのだ。


 周囲の索敵が理由のはずなのだが……まさかアーネベルベ令嬢がひどい目に合うのを待ってたわけじゃないだろうな。


 いやテスラは彼女を嫌ってるとはいえどそこまではないか。


 実際周囲を包囲する山賊たちは、俺が気絶するのを今か今かと待っている。


 勝ちを確信している笑みを浮かべていて、明らかに油断しきっていた。もし伏兵などがいたとしても、すでに勝ったと思って出てきているだろう。


 今の俺なら伏兵なんぞ怖くもないが、念には念を入れるのは大事か。こういう点はテスラはかなり慎重なんだよな。


「よし。じゃあそろそろ反撃開始と行くか。怒れる水よ、奔れ!」


 水の竜が手のひらから発射されて、周囲の盗賊もろともアーネベルベを襲っていた男を飲み込んだ。


 そして普段なら水龍は消えるが、いまはまるで一頭の竜のようにその場に佇んで残っている。飲み込んだ奴らを体内に含んだままで。


 これでアーネベルベの周囲にいた奴らはいなくなった。ひとまず彼女の安全は確保されたな。


「ど、どうなってやがる!? なんで魔法を使えてるんだよ!?」

「魔法使い殺しの霧だぞ!? 周囲の奴らはちゃんと倒れてるのに!?」


 俺を包囲している盗賊たちはひたすらに動揺していた。


 仕留めたはずの獲物が起き上がったのだから、仕方のないことではあるのだろう。だが手加減はしない。


 まずは絶対に負けない状況を作り出す!


「水龍よ、我が身を包囲せよ! ここに水神の守りを! ドミネーション・エンタグル!」


 命令に従うかのように、佇んでいた水龍は宙を翔けて俺のそばへ戻ってくる。


 そして俺を守るようにとぐろを巻き始めた。


「なっ!?」


 盗賊の驚いた声が聞こえてくる。


 これは俺の考えた防御魔法だ。以前にオーガの投石に危機を感じた時、不意打ちなどの無意識の攻撃への対策を悩んだ。


 そして考え付いたのは、敵の攻撃が来てから防ぐのではなく、常時発動している防御術を身に着けることだ。


 この水龍の守りならばそれが可能だ。投石や矢程度ならば水の身体で飲み込んで防いでしまう。


 さらに計算外の付属効果もあった、それは。


「な、ナイフを投げろっ! 奴を殺せ!」

「バカ言うな!? 水竜の中にいる親分や仲間に当たっちまうぞ!?」


 ――水竜が飲み込んだ敵を肉壁としても使えることだ。


 非人道的な魔法にすぎるので改善の余地はあるが、いまは遠慮なく使わせてもらおう! 盗賊? 相手に遠慮する筋合いはない!


「おら攻撃してこいよ! 下手すればお前らの頭目に当たるがなぁ!」


 そう告げながら俺は手から水流を発射して、敵の盗賊たちをぶっ飛ばしていく。


 気分はホースの水やりで土を吹き飛ばすやつだ。


「なんて卑怯な奴だ!? これでも貴族のガキかよ!? てかなんで魔法が使えるんだよ!? おかしいだろ!?」


 盗賊に卑怯と言われてもまったく効かんなぁ! そもそも俺の婚約者を誘拐したうえに、強姦しようとした奴らが言うことか!


 別に俺は聖人でもないし、相手がクズでも遠慮するほど心が清くもない!


 そんなことを考えていると、盗賊たちの後ろから数名の男が飛び出してきた。


「退け盗賊ども! もはや魔法使い殺しの霧も立ち消え、残るはひとりのみだ! もはや貴様らの手などいらん!」


 よく見ると彼らは他の盗賊と違って、妙に身だしなみが小奇麗だった。服装こそ他の奴らと一緒だが、髪の毛や髭などが妙に整えられている。


 それに身体もあまり汚れていないように見えた。そんな彼らは俺のほうへと手をかざすと。


「奴は魔法使い殺しの霧を吸っている! もはやこの魔法は死に際の最後の一絞りにすぎぬ! 我らの魔法であれば容易い!」

「「「はいっ!」」」


 一人が鼓舞するように叫び、他の者は一糸乱れぬ返事をする。


 その仕草は明らかに訓練された指揮官と兵士で、盗賊の類とは思えなかった。


 ……おかしいと思っていた。盗賊風情が誰にも知られてない毒を持っていることを。


 どうやって手に入れたのかと気になっていたが、協力者がいたようだ。


「「「「風の刃よ! 切り刻め! ウインドカッター!」」」」


 四人の魔法使いたちが上級程度の魔法を放ってくる。可視の風の刃が俺に向けて襲い掛かってくるが、


 ――水竜の表面をわずかに切り裂いただけで消えた。その割かれたわずかなへこみすら、即座に再生したが。


「ば、ばかなっ!? 四人がかりの上級魔法だぞ!?」

「魔法使い殺しの霧を吸ったんだぞ!? まともに魔法が発動できるだけでおかしいのに!?」

「奴は化け物か!?」

「き、きっと霧を吸わなかったんだ! なんらかの方法で防いだんだ!」


 魔法使いたちはひたすらに困惑していた。


 ……! こ、これは絶好すぎるシチュエーションじゃないか!?


 天才として力を見せしめてやるとするか! お前ら悪党相手ならどれだけ偉ぶっても許される!!


「いや霧は確かに吸ったさ。だがな……こんな霧ごときで、俺が止められると思うか! 俺は毒月草をひたした液でも飲めるわ! なんなら毎日飲んでる!」


 たかが毒月草の霧程度で、俺を弱体化できるわけがないだろうがっ!


 俺は普段から毒月草をひたした原液を、がぶ飲みしてるんだよ!


「ふ、ふざけるな! そんなものを飲めば死ぬに決まっているだろうが!」 

「お前らの常識で物事を語るな! 俺はテスラ・ベルアインだ!」

「き、貴様があの天才児か! だが天才だろうが毒月草など飲めるわけがない!」

「なら証明してみせろよ。毒霧を吸った状態の俺に、お前らごときが勝てるかどうかをなぁ! 行け、水龍!」


 俺は手のひらから新たに水竜を出して、魔法使いたちに向けて突撃させる。


「風の刃よ! 屠れ!  ダメだ止まらなっ……!」

「た、助けっ……!?」


 魔法使いたちはなにかをしたようだが、水竜はそのまま奴らを飲み込んだ。



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水竜に飲み込まれた敵は仮死状態になるので、死なずに肉壁になります。

敵を殺さずに捕縛する優しい魔法です。まるで真綿のように優しいです。

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