第31話 帰宅


 夜会が終わった後、俺はレイディアス伯爵の家に泊まった。


 そして翌日の朝、領地に帰ることになってしまったのだ。


「……なあテスラ。そんなに急いで帰る必要なかっただろ」


 レイディアス伯爵が用意してくれた馬車の中、俺はテスラに不機嫌さを伝える。


 せっかく大勢からチヤホヤされるチャンスだったのに……盗賊を退治したのだから、間違いなく入れ食いで褒められたのに。


 だがテスラが絶対に『今日帰る。帰らないと死ぬ』とまで言ってきたのだ。流石にそこまで言われたら、負い目のある身では拒否できなかった。


 それと馬車の中には香水の匂いが漂っていた。テスラが妙にキツイのつけてる。


「というかテスラ、なんでお前香水なんてつけてるんだよ?」

『レイディアス屋敷でメイドに洗われたんだよ。汚れていたから』

「て、てめっ……!? メイドに身体を洗われただとっ!?」


 な、なんて奴だ! 大多数の男の夢であろうことを、犬の姿でやり遂げるとは……!


 そんなテスラの毛並みは確かにツヤツヤだ。きっと綺麗にされたのだろうぐぬぬ……!


 ところで犬に香水っていいんだろうか? いやメイドがかけてくれたなら、特に問題はないということだろうか。


 なにせレイディアス家という大家のメイドが、お客様の犬相手にてきとうなことをするわけがないのだから。


『悪いとは思っている。でも急いで戻らないと、君が大損することになりそうなんだ』


 テスラの真剣な声が脳裏に響いて来る。


「大損ってなにが起きるんだ?」

『それは内緒だ。だが安心して欲しい、ここで帰る選択肢を取ったことは絶対に後悔させないと言っておこう』

「めちゃくちゃ気になるな……」


 テスラが大損とまで言うとなると、帰らなければ相当ヤバイことでも起きるのだろう。


 疫病が発生するとか台風襲来とか借金取りが大挙して押し寄せてくるとか。


 どれも恐ろしい災害だ、俺が屋敷にいないと非常にマズイ。


『それに君はレイディアス家に泊まると、毒月草を食べていないだろ。そろそろ服毒が必要だ』

「うえ……一気に帰りたくなくなったな……」


 服毒が生きるために必須なのはわかるが、それはそれとして飲みたくはない。


 やはりオブラートなどの開発を急ぐべきではなかろうか。魔法でなんかこううまくやってさ。


「そういえばテスラ。お前さ、俺が盗賊と戦ってた時あまり喋らなかったよな? なんで?」


 盗賊との戦闘中、テスラはあまり喋らなかった。いつものテスラならもっと口うるさかったイメージだ。


 やれもっと強い魔法が撃てるとか、もっとうまく戦えとかのありがたい指摘を受けることが多い。だが昨日のテスラは大したことは言わなかった。


『まあ色々と思うところがあってね。実際、僕があまり指示しなくても問題なかっただろ? 飛び道具などへの対策もしていたし、余計な口を挟む必要もなかった』

「そりゃまあ天才だからな。あんな雑魚共に苦戦してられないだろ」

『その通りだね。でも君は僕の力の使い方が上手だよ』

「それほどでも!」


 褒められて悪い気はしないな!


 テスラが褒めてくるとはなんか不気味だけど……。


 そんなテスラ犬が馬車の床に寝転がっているのを見て、俺は少しだけ気になることを聞いてみる。


「なあテスラ。ちょっと聞きたいことがあるんだが。今回の件、お前的には微妙な結末だったか?」


 アーネベルベ令嬢が無事に戻ってきたことは、テスラの望みからは逸れてしまっているともとれる。


 こいつは俺とアーネベルベの婚約破棄を望んでいたのだ。ならアーネベルベが盗賊の手籠めにされていたら、間違いなくその望みは叶っただろう。


『……心外だな。確かに僕はアーネベルベ令嬢と婚約破棄することを願った。だが彼女が酷い目に合って欲しいとまでは、少ししか思っていない』

「いや少しは思ってるのかよ」

『そこはね。僕はずっと彼女に酷い態度を取られたからね。しかしまあ、君は上手くやったものだよ。令嬢との関係を修復しつつ、レイディアス伯爵に恩義を売れて報酬も貰えたんだから』

「そうだろ? 俺としても理想的な動きが出来たと思っている」


 実は俺の乗っている馬車の後ろに、もう一台ほど馬車が続いている。


 後者は人の乗るタイプではなく荷台で、金銀や剣などの類が積まれているのだ。


 つまりは財産になる。アーネベルベ令嬢を助けたことに対する伯爵からの心づけ。


『まさか君の目立ちたがりが、ここまでいい方向に進むとはね。僕としては正直、調子に乗ってどこかで死ぬと思っていたよ』

「酷いな!? そもそも俺が死んだらお前の身体も道連れだぞ!?」

『それも覚悟していたけど? 君を見てたら危なかしすぎてね』

「ひ、ひでぇ……」


 テスラめ、まさか俺の評価がそこまで低いとは……。


 そうして馬車は走っていき、無事に自宅へと戻った。


 だが特に疫病も竜巻も借金取りも訪れておらず、普通に両親に迎え入れられる。


 ……? テスラ? あれだけ帰れと命じたくせに、まさかてきとうなこと言ったのか!?


 それなら俺にも考えがあるぞ!? せっかく褒め殺しにされる機会だったのに!?


 だが俺が詰め寄る前に、テスラが脳内に話しかけてきた。


『もう少ししたら、近くの森に出向いて欲しい。そこで大事な話がある』



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新作投稿し始めました。


新米女神ちゃんは、異世界転生を司る神様になるようです ~転生者に優しい世界を創りあげよう~

https://kakuyomu.jp/works/16817330665901489486


新米女神が異世界転生者を生き残らせるために、初期転生場所に剣を置いたりチート能力与えたりする話です。

読んでいただけたら嬉しいです。

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