第30話 破策の理由は


「ほ、報告します! レイディアス伯爵の暗殺に失敗いたしました! 毒霧の存在も明るみに出てしまいました!」


 都市ラータのとある屋敷の部屋では、貴族たちが兵士の報告を受けていた。


「……っ!」

「なんという……!」

 

 貴族たちが騒ぎ続ける中で、マントをつけたちょびヒゲの男が叫ぶ。


「毒霧を吸わせるのに失敗したのか? あれは初見殺し、対策をしていなければ必殺の罠にできたはずだ」


 ゲーレテルラは失敗報告を聞いても落ち着いていた。


 内心では驚いていたが、それを隠して失敗の理由を問いただす程度には。


「そ、それが……遠見をしていた者によると、毒霧は確かに吸わせたとのことです! ですが吸っても効かなかった者がいると!」

「な、なんと!? あの毒霧を吸っても平気な魔法使いがいると!?」

「そんな馬鹿な!?」


 兵士の報告に貴族たちは動揺する中で、ゲーレテルラはヒゲを触りながら考え込む。


(吸っても平気だった、というのは考えづらい。あの毒霧は毒月草の効能を持っているので、魔法使いにとっては間違いなく猛毒だ。だとすれば……)


 彼はこの場で唯一冷静だった。だからこそ理屈で物事を考えて行く。


「ふむ。それはおそらく風魔法で毒霧が吹き飛ばされたのでしょう」

「ど、毒霧が失敗作の可能性はないのか?」

「あり得ません。あの毒霧は百人の魔法使いで実験し、全員が気絶したほどのものです。優秀な魔法使いですら同様ですので、効果のほどは間違いありません」


 ゲーレテルラの思考は正しかった。


 毒霧は優秀な魔法使い相手でも無力化する、まさに魔法使い殺しの名にふさわしいものだ。


 彼の頭になかったのはテスラという存在だった。


 毒月草の霧どころか、毒月草を浸した毒液すら、飲み干せる者がいることを想定できなかった。


 だが仕方がないだろう。この世界において毒月草を吸っても魔法の使える者は、テスラ以外には存在しないのだから。


「隠していた切札で結果が出せなかったのは残念ですが、バレても使えないわけではありません。ただ改良の余地は必要ですね。ほぼ無臭にしていたはずですが、事前に察知されて風魔法で飛ばされたのですから」

「何故バレたのかについて、研究の必要がありそうですな」


 毒霧の効果がなかったことは頭から否定し、事前に察知されたという的外れの方向に進んでいく議論。


 誰もが勘違いをしているがそれを正す者はいなかった。


「ああそうだ。ちなみに毒霧を吹き飛ばした者は誰ですか? 他の魔法使いは気づけなかったのですから、相当な勘の持ち主と思われますが」

「テスラ・ベルアインです」

「ふむ、例の神童ですか。優れた才に加えて勘もいいとは、成長して強い魔法を使えるようになれば厄介な存在になりえますね。今の間に暗殺を狙うべきでしょうか」


 ブツブツと呟くゲーレテルラに対して、兵士は少し言いにくそうに口を開いた。


「そ、その。実は報告によるとテスラ・ベルアインは、毒霧を吸っていたはずと受けているのですが。風魔法など放った痕跡があれば、報告されている可能性が」

「遠目なので見逃したのでしょう。風魔法は分かりづらいですからね」

「な、なるほど……」

「レイディアス伯爵の暗殺計画は頓挫しました。ですがまた次の策を考えますので、皆さまにおかれましては安心いたしますよう」


 ゲーレテルラは他の貴族に頭を下げながら、内心では怒り狂っていた。


(おのれ……! まさか私が失策を犯すとは……! テスラ・ベルアインめ、その名前覚えておきますよ)





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 一方そのころ、レイディアス伯爵家屋敷の食堂では、伯爵とアーネベルベが食事を取っていた。


「アーネベルベ、ひとつ聞きたいことがある。テスラ君は本当に毒霧を吸っても平気だったのか?」


 伯爵は当然ながらあの時の説明を受けていて、テスラが毒霧を吸ったが問題なく敵を倒したと聞いている。


 だがそれでも信じられなかった。


「本当ですよ。他の魔法使いがお父様含めて全員倒れる中、テスラだけは平気でいましたから」

「ううむ。報告は受けているが、にわかには信じがたいのだ。あの毒霧は強烈だったからな。私も吸ったからこそその毒性はわかっている」


 レイディアス伯爵もまた毒霧にやられた者だ。


 故にあの毒霧の強力さも理解していて、テスラが吸っても平気なことが信じられなかった。


 もしこれが素性の知れない者ならば間違いなく疑っている。例えば盗賊たちと結託して手柄を立てて、という可能性もゼロではない。


「……お父様。おそらくですがテスラは、私たちとは次元の違う魔法使いなのではないでしょうか」

「というと?」

「あの人は神童と呼ばれて、グレーターオーガすら全力を出せば討伐できると褒められています。ですがそれは間違いで、実はもっと……遥かに強いのではないでしょうか?」


 アーネベルベはテスラの暴れっぷりを見ていた。


 だからこそその強さをなんとなくは理解し始めている。


「……にわかには信じがたい。だが参考にしておくことにしよう」


 アーネベルベが真剣な顔で告げてくるのは、伯爵にとっても信じるに値することだった。


 なにせあのテスラ嫌いの者が、ここまで褒めたたえるのだから。


 そしてアーネベルベの魔法の腕は決して悪くない。だからこそその言葉に説得力があると感じていた。


(テスラ・ベルアイン。君は私の想像を超えているのか?)



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新作投稿し始めました。


新米女神ちゃんは、異世界転生を司る神様になるようです ~転生者に優しい世界を創りあげよう~

https://kakuyomu.jp/works/16817330665901489486


新米女神が異世界転生者を生き残らせるために、初期転生場所に剣を置いたりチート能力与えたりする話です。

少し変わってる作品かもですが、読んでいただけたら嬉しいです。

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