第32話 譲渡
俺とテスラは自宅近くの森に出向いていた。
まだこいつが正体を明かさないまま、毒月草に案内した場所だ。
そして定期的に毒月草を採りに来る場所でもあり、俺の秘密の花園と言えなくもない。毒花だけど。
「テスラ、こんなところに来て何を話すつもりだよ?」
黙ったままここまで俺を連れてきたテスラ。
だがここには毒月草以外には特筆すべきものはない。ひたすらにただの森だ。
テスラはしばらく黙り込んだ後、空に向かって小さく吠えた。
『……僕は君のことをずっと警戒していた。この頃は特にね』
「正体を黙って犬のフリして、俺にずっとついてたもんな」
『正直に言おう。僕はあの時点で、君を殺そうか悩んでいた』
「…………」
衝撃的な言葉ではあるがなんとなく受け入れていた。
テスラからすれば自分の身体を奪った奴など、恨み骨髄でもおかしくはない。
そして身体を奪った俺は、殺されても文句は言えなかっただろう。
『僕の身体はすさまじい才能を誇っている。もし悪人が自由に扱えばこの世界が無茶苦茶にされかねない。だから君が悪であるならば、僕はなんとしてでもあの時点で君を殺していた』
「じゃあ俺は悪ではないと?」
『別に聖人君子とは言わないけどね。少なくとも悪ではない』
それはそうだろう。俺だって自分のことを聖人だとか口が裂けても言えない。
天才として褒められたいと日々猛進する奴が、そんなに性格がいいわけがない。いい性格をしているとは言われそうだが。
「まあ別にいいよ。俺が身体を奪ったのは事実だし、お前があの時点で俺を殺そうとしてても特には……」
『そして本題はここからだ』
テスラは俺の言葉を途中で遮る。
有無を言わさない断じた口調は、反論を許さないと言う意図としか思えなかった。
『今から君に最強の魔法を二つ教えよう。もし君がこの二つを使いこなせれば、無敵の存在となれるだけの力を』
「無敵だと?」
無敵は流石に言いすぎではなかろうか。だがテスラはすごく真面目な声音だ。
『そうだ。君は魔法使いの弱点はなんだと思う?』
「そりゃ生身が弱いのと、魔力が尽きればただの人になってしまうことだ」
魔法使いの弱点、それは生身の弱さと魔力が有限であることだ。
俺が水竜で身を守れるが、それだって魔力がなければ無理だ。逆に言えば魔力が無限であったならば常時水竜を纏っていればいい。
生身が弱いのも問題だ。不意を突かれて魔法を使う前に殺されたらどうにもならない。
『その通りだ。戦場なら事前に魔法で身を守りたいところだが、ずっと魔法を使っていれば魔力が切れる。だから敵が出てきそうなタイミングでしか、魔法を唱えることはしづらい』
「そりゃそうだ。魔力の心配がなかったら、盗賊のアジトに潜入する前に水竜を出していたしな」
迂闊に魔法を使っていたら、敵だって魔力が切れるまで隠れたりするだろう。
なので魔法を事前に使っておくという手は取りづらい。魔力リソースが有限である以上は。
『僕も悩んだ。生前の僕なら一万の一般兵を相手にしても勝てるが、それが二万三万とふえていけば厳しい。それにそれだけの大軍なら魔法使いもいるから、思ったよりも敵を倒せない』
「そりゃそうだな」
『ならばもし魔力がほぼ無限に使えれば、その問題は二つとも解決すると思わないか?』
「いやそりゃそうだろうけど……そんなの無理だろ」
魔法使いが魔法使い放題。間違いなくチートである。
ゲームならバグとかチート技でありそうだが、この世界にあるとは思えないが。
『それをある程度解決する術がある。僕に水竜を撃ってくれないか?』
「いいけどさ」
俺はテスラに向けて水竜を放つ。
魔法使い五人すらあっさり倒した魔法だが、テスラならどうせ防ぐから気にしない。仮に防がれなくても殺傷性はないし。
『汝が法、律するは我。魔従の権能をここに。ファンタズム・ドミネーション』
テスラの声が響いた瞬間、水竜はその形を保てず水となって地面に落ちた。
そしてテスラの身体が虹色に輝いている。
『ファンタズム・ドミネーション。敵の魔法の力を吸収して、自分に取り込む魔法だ。これを使いこなせれば魔法使いに対して無敵となれる』
「……やべぇな」
どう考えてもチート過ぎる魔法だ。
敵の魔法を防いだ上に、その力をこちらが使えるようになるなど。
RPGの類だと敵の魔法を反射する技とかあるけど、それよりもタチが悪いと思う。なにせ敵の力を奪った後、こちらはその力を好きに使えるのだから。
『これは人外の魔法制御力が必要だ。今の君では絶対に無理だが、いつか使えるようになるだろう』
「使えたら無敵みたいなもんだな……」
『まだだ。この魔法は敵に魔法使いがいれば意味があるが、そうでなければ無意味だ。もし敵が一般兵だけだった場合は微妙だ』
敵が一般兵だけだったら、一方的に魔法を撃てるからいいのでは?
そんなことを考えていると、
『君は川の氾濫を覚えているね? あの時の君は五歳でそこまで魔力はなかったが、それでも巨大ため池を作り出した。川の激流を利用することでね』
テスラの言葉にうなずく。
あの当時の俺の魔力はそこまでなかった。いやあの時点でそこらの魔法使いよりも百倍くらいはありそうだが、この身体基準なら今よりはだいぶ少なかった。
「今なら川の激流がなくても、自力だけで造れそうだけどな」
自分で超巨大水竜を作り出せば可能な気がする。
『だが少ない魔力でより多くの力を引き出すべきだ。ようは自然の力を掌握できればいい。君は水魔法が得意なようだから、常に大量の水源を確保しておきたい』
「それができたら苦労はしないだろ」
そりゃ常に近くに川でもあれば楽だ。
水を自分から生み出さなくてよくなる分、消費魔力をかなり節約できる。
『いや水ならば大抵は近くにある。今だって君のそばに』
「近くに池とか湖はないけど」
『あるさ。空に雲があるだろう? ウェザリング・ドミネーション』
テスラがそう呟いた瞬間、空に浮いていた黒雲が俺達の方へ向けて降りてくる。
「そうか。雨雲を持って来れば、水源が確保できるということか」
言われてみればそうだ。
そもそも湖も川も雨水が元になっているのだから、それを利用すればいいのか。
魔法で雲を操って落として来るのは、水を自分で生み出すよりも遥かに魔力消費が少ない。
なんなら別に雲を落とさなくても、雨として降らしてしまえばいいのか。
『察しがよくて何よりだ。やはり君は魔法の才能がある。さてじゃあこの雲の水を使って、魔法を撃たせてもらうよ。よく見ておくんだ、これが……僕が君に教える最後の魔法だ』
「えっ? 最後ってどういう……」
問いただそうとするが、テスラはすでに魔法を使い始めていた。
遥か上空の雲が信じられない速さで動いていき、どんどん集まって巨大な積乱雲へと変わる。
さらに雲は真っ黒に染まっていき……雷を纏い始めたのだ。
『僕は天才だったがそれでも自分ひとりの力に限度があった。だから他の力を使うべきだと考えて、魔法で自然を操ることに尽力した。その大成をここに放つ。これは僕の生涯の最高傑作だ』
超巨大な積乱黒雲が、ゴロゴロと鳴いて空に蠢いていた。
まさかテスラは……!?
『天地開闢、堕雷の漆黒雲』
瞬間、周囲が真っ白になった。
凄まじい轟音と共に、俺の近くにあった大木が上から真っ二つに裂けている。
『この姿だとこれが限界か。もし君が成長してこの力を使えば、都市くらいならたやすく壊滅させられるだろう』
テスラは淡々と告げてくる。
…………なんて力だ。これをたったひとりの魔法使いが成せるとすれば、末恐ろしいものがある。
しかもだ、テスラは犬の姿でそれを成したのだ。もし俺がこの魔法をマスターしたら……そう考えると身体が震えた。
テスラが俺を殺すか悩んだのも当然だ。こんな力、下手に使ったら世界を壊しかねない。
「テスラ、これからはもう少し力の使い方を考えるよ」
『ふっ。でも目立とうとはするんだろ?』
「それは生きがいだから」
『ははは、それでいいよ。下手になにも持たない人生より、欲するモノがあったほうがいい』
テスラは今まで聞いたことがないくらい大笑いした。
そして彼はバタリと地面に倒れてしまう。
「おいおい、魔力の使い過ぎだ。魔法で家まで運んでやるよ」
いくら自然の力を使ったとしても、あれだけの魔法を使ったとなればそうなるだろう。
だがテスラは俺の言葉にも起き上がらず、小さく首だけを横に振った。
『いやその必要はない。なにせもう寿命だからね』
「…………は?」
------------------------------------------------
新作投稿し始めました。
新米女神ちゃんは異世界転生を司る神様になって、世界を創造していくようです ~転生時の場所を変えたり現地人に神託を下したりで、転生者に優しい世界を創りあげよう~
https://kakuyomu.jp/works/16817330665901489486
少しタイトル変えました。
新米女神が異世界転生者を生き残らせるために、初期転生場所に剣を置いたりチート能力与えたりする話です。
ちょっと変わった話ですが、読んでいただけたら嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます