第14話 アーネベルベ令嬢
俺はテスラ父とアーガイさんと共に、馬に乗って隣領の都市ラータまでの旅をした。
いや旅というのは正確ではないだろう。なにせ半日で到着したのだから。
この世界の魔法使いは馬に強化魔法をかけるので、馬車は時速20km程度の速度を継続して出せる。
だが俺の強化魔法ならばその三倍だ。時速60km以上の暴走馬車で街道を爆走した。夜営などの必要がなかったので、本来なら三日かかるはずが半日で到着したのだ。
馬車の車輪が壊れないか心配だったが杞憂だった。この世界の馬車は特別な木を使っていてかなり丈夫らしい。
「本来なら三日はかかるはずの道を半日とは! 流石は我が息子!」
「坊ちゃんには敵わねぇですなぁ。しかもバーナードにまで強化魔法かけて、ついてこさせてるんですから。なんでついてこさせたのかは分かりませんが」
テスラ父とアーガイが褒めてるのを、俺は誇らしげに聞いていた。
なおアーガイは御者台に座っていて、俺と父が向かい合せで馬車の中にすわっている。
なおバーナードことテスラは、自前で強化魔法をかけてついてきただけである。俺が魔法を使ったのは馬車を引く馬だけだ。
「バーナードは僕の家族だからね」
「坊ちゃんが生まれたころからいますがねぇ。旦那様、いいんですかい? レイディアス家に犬を連れて行っても」
「馬がいいのだから犬もいいだろ」
「なるほど確かに」
こうして俺達は都市ラータの正門に着く。
ラータは壁に囲まれた城壁都市で、門番らしき兵士たちがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「ベルアイン男爵、お待ちしておりました。ここからは私がご案内いたします」
「何度も来ておるゆえ案内は不要だ。門を通してくれれば勝手に向かう」
「承知いたしました」
門番の提案をアーガイさんが断って、馬車は都市の中へと入った。
都市は人通りが多くて、レンガの建物がいくつも立っている。しかも二階建てや三階建てらしき建物が大量にあった。
なおベルアイン領はド田舎のため、庶民の家は藁ぶき屋根に土壁だ。これだけでも領地格差が分かってしまう悲しさ。
そうして馬車は路地を走っていき、とある屋敷の門前へと到着した。
「テスラ、これがレイディアス伯爵家の屋敷だ」
テスラ父が窓の外の屋敷を指さす。
かなり大きな屋敷だ。最低でもうちの倍以上はあるな……あ、でも庭の広さだけは勝ってるが。
まあ城塞都市とド田舎の土地では、価値に凄まじい差があるけどな!
アーガイさんが門番とのやり取りをして、俺達は無事に屋敷の中へと入れた。
そして各々客室へと案内された後、少し休憩してると俺とテスラ父は食堂に呼び出された。
食堂に入るとこれまた広い。十人は同席できる大きな長机がいくつも並んでいるが、これを全部除ければ大規模パーティー会場にもできそうなくらいだ。
流石は伯爵家、全てがうちとはスケールが違う。
「テスラ、よく見ておきなさい。我が領地もいずれはこのように、いやこれを超えるんだ……!」
テスラ父が小声で俺に耳打ちしてくる。
いや無理だと思う……夢より現実を見るべきじゃないかなあ。
「よく来てくれた。ベルアイン男爵」
そんなことを考えていると、すでに食堂にいた壮年の男がこちらに近づいて来る。
銀髪を短く切り纏めていて、マントをしていて服装も明らかに豪華絢爛で高そうだ。なんというかこう、すごく上品で偉い感じのオーラを醸し出している。
「おお、レイディアス伯爵。お招きいただきありがとうございます」
テスラ父がペコペコと頭を下げている。やはりこの人はレイディアス伯爵のようだ。
レイディアス伯爵は「頭を下げる必要はない、貴殿は我が娘の義父ではないか」と手で制した。
うん、テスラ父とは次元が違う人間だ。
「それで君がテスラか。我が義理の息子よ」
レイディアス伯爵は俺の方を見ながら手を差し出してきた。
その目は注意深く俺の一挙一動を見守っている。ならばこちらもしっかりと返さなければならない。
「お初にお目にかかります。ベルアイン男爵の嫡男、テスラ・ベルアインと申します。この度はお招きいただきありがとうございます」
伯爵の手は取らずに、小さく頭を下げて挨拶する。
マナー講師のミズネーさんから、格が上の相手には頭を下げろと言われていた。
俺は貴族の嫡男でこそあるものの、貴族ではない。間違いなくレイディアス伯爵は格上だった。
「ほう、これはよくできた子だ。ベルアイン男爵はしっかりと教育しているようだな。衣服などもよく見える」
「お、恐れ入ります! 自慢の息子と思っています!」
そりゃもう特注の服作りましたからね……予算気にせずに。
「ではこちらも紹介を。アーネベルベ、来なさい」
レイディアス伯爵が手招きすると、メイドの間をかき分けて小さな少女が歩いてきた。
年は十三歳くらいだろうか。凄まじく顔立ちが整っている。
銀の絹糸のような髪の毛を腰まで伸ばしていて、少し釣り目でクールな印象を与える。細身で胸はあまり大きくないが、それがまた彼女のよさを引き立てているように見える。
そもそも十三歳で胸が大きい子もそうそういないだろうが。
俺はいままでこれほどの美少女を見たことがなかった。このまま成長すれば、絶世の美人になるのではないだろうか。
「アーネベルべ・レイディアスと申します。お見知りおきを」
アーネベルベはスカートのすそを掴んで、綺麗な佇まいで軽く頭を下げてくる。
ものすごく様になっていて、しっかりと礼儀作法を身に着けているのが一目瞭然だ。
「アーネベルベ。この者がお前の旦那になるテスラ殿だ」
「テスラ様、よろしくお願いします。貴方と出会う日を心待ちにしていました」
アーネベルベはニコリと俺に微笑んで、ゆっくりと俺に近づいて来る。
すごく可愛い。テスラめ、あいつはこの娘のこと悪く言ってたけど嘘だろ。
やはり俺に盗られたくなくて悪く言ったのか。確かにこの可愛さを見ればそれも理解でき……。
「私、貴方のこと大嫌いなの。見た目も声も名前も全部がね。見るだけでも聞くだけでも鳥肌が立つから、公的な場以外では話しかけないでね? 虫唾が走るの」
アーネベルベは俺にだけ聞こえる声で呟いて来て、それから離れて行く。
その時に俺を見つめていたが、明らかに嫌悪している目だった。
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