第15話 同類憐みのレイ
与えられた客室に戻って来ると、部屋で待っていたバーナードことテスラが俺に語り掛けてきた。
『アーネベルベ令嬢は酷かっただろ? 虫唾が走るだなんて、初対面の相手に言うことじゃないよ』
「なんで彼女が言ったことを知ってるんだ?」
『魔法だよ。君の目や耳で得た情報は僕も読み取れるのさ。なにせ同じ自分だからね』
ビデオみたいなものかな、便利だ。流石は天才……。
『それでどうだい? アーネベルベ令嬢と婚約破棄したくなっただろう?』
「うーん……」
テスラの問いに微妙に答えづらい。
アーネベルベ令嬢の態度は確かによろしくないものなのだが、なぜか俺はそこまで嫌悪感がなかった。
彼女が可愛いからだろうか? いやそうでもないような……。
「なんだろう。なにかわからないけどそこまで嫌えない」
『君ってMなの? 酷い目にされる方が好きなタイプ?』
「いや違うけど……なぜかアーネベルベ令嬢が嫌いになれない」
本当になんでだろうか。自分でもまったくわからない。
『…………理解できないな。なんにしてもレイディアス伯爵家は切った方がいい。あそこは僕が早死にすると分かった瞬間、関係を切られたからね……! 貴族とはそういうものだろうけど僕は絶対に忘れない』
テスラの明らかに恨み節な声が響く。
かなり嫌ってるようだなぁ……見捨てられたなら仕方ないかもだが。
その後にしばらくして俺は夜会のパーティーに招かれた。屋敷の大広間での立食パーティーで、見たこともないような豪華な食事が机に並べられている。
流石はレイディアス伯爵家主催のパーティーだ。うちとはレベルが違う、というかうちはそもそもパーティー開けるかも怪しい財政状況だし。
初の社交界で少し緊張はあるが、マナーは完璧に習ってるから問題ない。別に失敗したところで多少悪く思われるだけだ。
散々無能と言われたことに比べれば誤差みたいなもの。
「おお、君が神童と名高いテスラ君か」
「川の氾濫を防いだ立役者とか」
貴族たちが俺に集まってきて話しかけてくる。
賞賛の言葉もあるが、あまり俺の心には響かない。何故なら彼らは本音ではないとわかるからだ。
俺は本音で褒められてるかがわかるのだ。なにせ前世で大量のお世辞を言われ続けたからな!
褒めるところがないからと、無理やりお世辞言うんじゃないよ!
「その齢で川の氾濫を防ぐのを手伝えたのは立派だ」
「将来は優れた魔法使いになれる逸材だ。天才だ」
やっぱりな。周囲の貴族たちは、俺が川の氾濫を防いだのを信じていないのだ。
俺を神童と呼ばせるための脚色。テスラ父についていって、多少活躍した程度と思っているのだろう。
なんという愚か者たちだ、偉ぶっていながら無知も無知。真実を知らないというは罪だなぁ! ふふん!
『彼らが無知なら君は傲慢だと思うけどね』
脳内のテスラの言葉は無視することにした。
ただお世辞とは言えどもだ。俺がある程度活躍したのは信じているようで、大勢の人に褒められているのは間違いないわけだ。
あー気持ちいい! 大勢の人に賞賛されるのはいいなぁ! いやでも足りない、もっと欲しい……そうだ。
俺は近くにいたレイディアス伯爵の元へと歩いて、頭を下げて話しかける。
「レイディアス伯爵。よろしければ私が魔法で余興を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ふむ。やってみたまえ」
パーティー主催者の許しも得たので、俺は大広間の中央辺りまで移動すると。
「私はテスラ・ベルアインと申します! 今日は皆さまの余興として、この会場に煌びやかを添えましょう! 清廉なる水よ、氷と踊れ!」
俺は手のひらから大型蛇くらいの水の竜を出した後、氷の魔法で凍らせた。アッと言う間に竜の氷像が大広間の中央に鎮座した。
「な、なんと!? 水と氷魔法の混合とは! あの年齢ですでに高等技術を……」
「平民魔法であれほどの水量を呼び出すとは……」
「どうやら神童の噂は作り話ではないか……」
周囲の
そんなことを思っていると妙な視線を感じた。思わず振り向くと少し離れたところにいたアーネベルベ嬢が、俺をすごく睨んでいる。
『ほらまた睨んでる。とことん嫌われたものだね。まあ今のは君にも嫌われる要素あったけど、やはり彼女とは絶対に仲良くできないだろ?』
「あーうん、まあ……」
やはり何故か、俺はアーネベルベ令嬢のことを悪く思えなかった。
そうして無事にパーティーを終えた翌日、俺はアーガイさんと共に都市ラータを出歩くことになった。
「テスラ様は都市を見て回ったことないですからね。これも社会勉強ってやつです、はぐれないように着いて来て下さいよ」
「馬車に乗っての移動はしないのですか? 貴族ならそういうイメージですが」
「ははは。テスラ様、うちの領地で常に馬車移動できると思います?」
「ははは。馬鹿でも答えられますね」
答えるまでもないことなので笑い返す。
そうしてラータを歩いていると、やはりうちの領地とは比べ物にならない。
道はしっかりと整備されていて、露店が大量に出ていて、宿屋や酒場や武器屋などの看板の店も多く建っていた。
これに比べればベルアイン領は村程度でしかない。比べるのもおこがましいな……。
そんなことを考えていると、少しワイワイと人が集まっている場所が見えた。
「アーガイさん、あの人だかりはなんでしょうか?」
「俺も分かりません、行ってみましょうか」
人だかりのそばまで近づくが、大勢の人のせいで前が見えない。
どうしようかと考えていると、アーガイさんが近くの人に声をかけた。
「すみません。なんで集まってるんですか?」
「捕り物だよ。夜盗のねぐらになってた建物に、兵士たちが突撃してるんだ。我らがアーネベルベ令嬢のいつものやつさ」
え? アーネベルベ令嬢? 確かに貴族は悪人を捕縛するのも仕事だけど、彼女はまだ十三歳くらいでしかも女性だ。
なのにもうそんな大役を担っている? 気になる……。
「風よ、我が身を弄べ」
俺は風魔法を発動して、フワリと地面から二メートルほど浮いた。
風を放出し続けることで空を飛ぶ魔法だ。テスラから教わった。
「て、テスラ様……サラッと超高度な魔法を使わないで下さいよ……。それ、難易度だけなら超級レベルなんですけど……」
アーガイさんが俺を見て呆れている。すごく気分がいいが今はアーネベルベ令嬢だ。
「そ、空を飛んでる!?」
「まじかよ……!?」
周囲の人にも俺に気づいたのがいるが、少しドヤ顔するくらいで無視。
人だかりの前では、兵士たちが槍を構えて建物の扉を包囲していた。
そして兵士たちの後ろには、本当にアーネベルベ令嬢が立っている。
なるほど確かに捕り物だ。この後は「包囲されている!」とか「諦めて出てこい!」とかの話に……。
「水よ、怒り狂え!」
と思っていた時期が俺にもありました。なんとアーネベルベ令嬢がいきなり、水魔法を建物に向けてぶっ放したのだ。
建物の扉が水流で吹き飛ばされて、周囲の壁もろとも粉砕して大穴になった。
「夜盗よ、抵抗するなら私の魔法で倒す! 武器を捨てて降伏しなさい!」
アーネベルベ嬢が叫ぶと同時に、いくつも水流を撃ってさらに建物を穴だらけにする。
完全にやり過ぎである。もうあの建物使えないな……。
しばらくして建物の残骸から夜盗たちが出てきた。全員が両手を上げて武器も持っておらず、完全に諦めた様相だ。
当然か。夜盗からすれば勝ち目などない。
包囲されている上に壁も扉もないのだからもはや籠城側のメリットはなく、夜盗が正規兵と相対するのは厳しいだろう。
ましてや魔法使いがいるともなれば勝ち目などない。
「あははははは! このアーネベルベ・レイディアスが、魔法の天才が夜盗を撃ち滅した!」
アーネベルベ令嬢は勝ち誇った笑みで、高らかに宣言した。清々しいほどに目立とうとしていて、明らかに賞賛の声を受けたがっている。
というのも必要以上に派手な魔法を撃っているのだ。あんなに建物を粉砕する必要ないだろうしな……。
「いやぁ流石はアーネベルベ様だ。あの年齢で強い魔法も使える天才だな!」
「音に聞くベルアイン領の神童も、流石にアーネベルベ様には敵わないさ。なにせ十三にして中級魔法を使いこなすお方だ!」
歓声が聞こえただろうアーネベルベ嬢の顔が、さらにドヤ顔になっていく。
その仕草に既視感があった。そう、あれはまるで……。
『うわ……これ見よがしで君に似てる気がするなぁ』
テスラからの脳裏の声を否定できない。
そう、アーネベルベ令嬢は俺と似ているようだ。
これ見よがしに周囲に自分の力を示すのは、きっと俺と彼女が同じ気持ちを持っているから!
そして俺は衝撃を受けたことがある。そう、気づかされたのだ。
「そうか……夜盗退治すれば目立てる……!」
こうしてはいられない。領地に帰ったらさっそく、アーネベルベ令嬢を見習って悪党退治とかしなければ!!!!
『君とアーネベルベ令嬢さ。似てるどころじゃなくて同一人物じゃない? 露骨に目立とうとして性格悪くない? 前から思ってたけど』
「失礼な! 天才に俺たち凡人の苦悩がわかるか!」
『うわぁ共感しちゃった。でも真似ばかりするのはよくないと思うよ』
そんなことを考えていると、扉がノックされた。
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すみません、アーネベルベの年齢が間違ってました(小声
二歳ほどあげて、十三歳にしました。テスラと四歳差です。
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