第16話 犬猿というより嫌煙
俺はアーネベルベと二人きりで、馬車の中で対面して座っていた。
いや正確に言うと足元にテスラが寝転んでいるが。
流石に気まずいので何度か話しかけているのだが、彼女は終始無言で親の仇のように俺をにらんでくる……。
「…………あの、アーネベルベ。なにかしゃべってくれない?」
「清廉なる水よ、激流に」
「魔法の呪文はやめよう!? ほら自己紹介とか」
「私は貴方が死ぬほど嫌いよ。ここで馬車から飛び降りてくれれば少しは嬉しいかしら」
完全に事故紹介である。
おかしい。ここまで嫌われる理由がわからない……。
なおこの惨状いや現状は。レイディアス伯爵によってもたらされたものだ。
彼が馬車を用意して、俺達に遊びに行けなどと言われたのだ。たぶん婚約者として仲を深めろということだろう。
深まるのは溝ばかりな気がするけどなぁ!?
もちろん借金まみれの俺に反対する権利などなく、アーネベルベも父親には逆らえなかったらしい。
こうして地獄のような場所、いや馬車が生まれてしまった。
「な、なあ。なんでそこまで俺を嫌って……」
「自分の胸に聞いてみれば? 天才なんでしょ? 凡人の考えくらい理解できるでしょ? ええ?」
「…………」
アーネベルベは吐き捨てるように言い放つ。
実際のところ、俺が嫌われている理由には見当がついている。アーネベルベはたぶん俺と似ている。
つまり嫉妬だ。天才という輝きに対して舌打ちしてしまうタイプの人間。
気持ちはものすごくわかってしまう。俺もテスラが近くにいたら、たぶん彼女に近い反応をするのではなかろうか。
そう思うとアーネベルベが嫌いになれないのだ。
『やっぱりこの令嬢、本当にひどいよね……微塵も話すつもりがないし、さっさと婚約破棄すべきだよ』
テスラが脳内で語り掛けてくる。
『黙れテスラ! お前にアーネベルベのなにがわかるっ!』
『いやなにもわからないけど? むしろ君のほうこそ、会話すら拒絶する相手のなにがわかるのさ?』
『憎悪と嫉妬』
『ごめんたしかにそれはわかる』
テスラはそう言い残すと黙り込んでしまった。いや「くぅーん」と鳴いて、わずかにアーネベルベ令嬢をにらんでいる。
だがテスラ、お前は彼女の憎悪と嫉妬をわかってなどいない。天才に凡人の心がわかるとは思えないからな!
……まあいまは俺も天才なわけだが。
嫌われてる理由もわかるし、これは解決するのは難しい。
だが俺としてはアーネベルベと仲良くしたいんだよな……彼女の気持ちはわかるし、すごく可愛いし婚約者なのもある。
……ここはプレゼント作戦でいくか! 以前にミーナに送ったときにも喜ばれたやつを。
「アーネベルベ令嬢、君にふさわしいプレゼントを贈ろう。清廉なる水よ、凍結せよ」
俺は水魔法と氷魔法を同時に発動して、氷の百合の花を作り上げた。百合である理由は特にない、強いて言うなら薔薇はまずいと思ったくらいだ。
これは決してそこまで高度な魔法ではない。いやもちろん水と氷魔法を同時に発動することは、レベルの低いものではない。
だがアーネベルベ令嬢が五歳の時にはできたことと聞いている。それなら九歳の俺がやっても、特に嫌悪は抱かれない……と思っていた時期が俺にもありました。
俺が氷の花を作り上げた瞬間、それはアーネベルベの手で弾き飛ばされた。
氷の花は馬車の床に落ちて、ガシャリと音を立てて壊れてしまう。
そしてアーネベルベは今まで以上に、俺を強く強くにらんでくる……。
「……っ! お前がっ! 百合を私に渡す!?」
……あ、これなにか地雷踏んだみたい。ヤバい、と思った時にはすでにアーネベルベは呪文を唱えていた。
「清廉なる水よ、激流となりて流し尽くせ!」
アーネベルベは俺に向けて両掌を向けると、そこから強烈な水流が発射される!?
「氷よ、凍てつけ!」
咄嗟に氷魔法を発動して、水流を先端から凍らせる。するとアーネベルベは水魔法の発動をやめて、凍った水流が床へと落ちる。
「きゃいん!?」
しっぽをつぶされたテスラが悲鳴をあげる。ざまぁ天才、と思ったのは内緒だ。
……でもここは走行中の馬車の中だ。こんなところで魔法をブッパするなんて正気じゃない……。
水魔法を防がれたアーネベルベは、わなわなと震え始めると。
「御者! 馬車を止めなさい!」
アーネベルベがそう叫んだ瞬間、馬車が止まった。
それと同時に彼女は扉を力任せに開いて、外へと飛び出してしまう。ドレスのスカートがふわりと浮く。
「……テスラ・ベルアイン! 私はお前を絶対に許さない! なにが婚約者よ! 私はお前より才能がある! 私は……腐り落ちた薔薇なんかじゃない!」
着地したアーネベルベは俺を指さしてくる。
……こ、これは無理だ。さすがにこの状態から仲良くできるとは思えない……。
というか百合がなにかの地雷っぽかった……アーネベルベのことはちょくちょく噂話を聞いていたが、百合関係でなにかあるとは知らなかった。
そう言い残すとアーネベルベはどこかに歩いていく。
「ちょ、ちょっと!? アーネベルベ令嬢!? どこに行くつもりで!?」
「黙りなさい! お前と一緒に馬車に乗るくらいなら、自分の足で街に戻る!」
彼女はさらに加速して、街のほうへと走り去ってしまった……ドレス姿なのになんかかなり速い。慌てて追いかけようとすると。
「ちょ、ちょっとお嬢様!? お待ちください!?」
そして馬車の御者が先に出てしまった。彼からすればアーネベルベを放置するわけにはいかないだろう。
だがそのせいで問題が発生している。あれ? ここで俺が追いかけたら、馬車放置することに……。
というか俺、馬車の御者なんてできない……。
「……なあテスラ。馬車の御者できる?」
『この両手でできるわけないだろ。やり方は教えるから君がやるんだ。しかし……あの令嬢、ほんっとうに迷惑ばかりかけてくる! だから言っただろ、婚約破棄必須だって!』
「うーん……ところでアーネベルベと百合ってなにかあるの?」
『知らないよ、あんな小娘のことなんか!』
こうして犬のテスラと俺が馬車の御者台に座って、レイディアス屋敷に馬車を動かすのであった。
……しかしタバコの煙のごとく嫌われてるな俺。
『ところで思ったんだけどさ。アーネベルベ令嬢って足がはやいよね』
「確かにそうだな。アッと言う間にいなくなってしまったし」
『それもあるけど、流石は腐り落ちた薔薇だよね』
「…………」
テスラも性格が悪いのではないかと思う。
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サブタイトルちょっと変えました。
たぶんこの作品の特徴だと思うので。
愛犬テスラ(愛してるとは言ってない)。どちらかというと憎犬か妬犬かな……。
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