第18話 雑魚
しばらく森の中を歩いている。小さな岩山が少し遠くに見えて、途中で川を通り過ぎたがオーガはまだ見当たらない。
『なあテスラ。オーガって臆病な魔物なのか?』
俺の横を歩いているバーナードことテスラに話しかけると、
『いやむしろ好戦的なはずだよ。それに知性が低いから、出くわしたら突進してくるはず。人が大勢いたら匂いや音で反応して、出てくるはずなんだけど』
なるほど。ならもう襲ってきている方が普通なのか。
どうやらテスラの思い違いではないようで、テスラ父やアーガイさんも少し困惑した様子で話をしている。
「おかしいな。オーガならばとっくにこちらを見つけて、襲い掛かって来るはずなのだが」
「妙ですね。さては森から移動してしまったんでしょうか」
「そうなると厄介だな。また発見報告を聞いてから対応の必要が……」
テスラ父たちも今後のことに意識を向け始めて、兵士たちもやや気を抜き始める。
「はへえ、どうやらオーガはいないようだなぁ。襲われなくてよかったと思うべきか、逃げられたと嘆くべきか」
「なんともだなー……」
誰もがもう森に敵はいないと思った、その瞬間だった。
「オオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!!!」
凄まじい絶叫が周囲に響く。思わず皆がその声の方向を見ると。
――人の形をした岩山が立っていた。
「……な、なんだあれ」
思わず声を漏らしていた。意味が分からない。
そんな岩山の肌が薄汚い緑色に染まっていき、顔などの輪郭が見え始めた。全長五メートルを超える鬼が、少し先に立って俺達の方を向いている。
「ぐ、ぐ、グレーターオーガ……?」
アーガイさんが震えた声を出した。
『あれはグレーターオーガ。オーガの上位種であるハイオーガの、そのまた上位の存在だ』
『えっと、どれくらい強いんだ?』
『強さとしては……』
「ひ、ひいっ!? グレーターオーガ!? 勝てるわけがないっ!? あんなの英雄級魔法使いを筆頭に、討伐隊を組むようなレベルだぞ!? に、逃げろぉ!?」
テスラ父が叫びながら脱兎のごとく逃げ出した!?
「「「「ひ、ひいぃぃぃぃ!?」」」」
そしてついてきた兵士たちも一目散だ。いやあの巨体を目の前にしたらそりゃそうだろうけど!?
『父上が言ったくらいの強さだね。巨体だけあって弱い魔法では効果がなく、その割に動きが速いと厄介だ』
『よし逃げよう』
だがバーナードは俺の問いを否定するように、俺のズボンを噛んでいた。
『ははは。なんで逃げる必要があるんだい? ちょうどいい練習台じゃないか』
『練習台』
『君さ、天才って言われたいんだよね? なら少しは危険なマネもしないと。それにこのままだと、ずっと追ってくるよ? 近くの村や畑に被害が出るだろうね』
……に、逃げづらい。というか確かにだ、なんか怪獣みたいなのを見て怯えてしまったが……よく考えたら勝てるんじゃね?
相手が怪獣ならこちらは魔法使いだ。大砲の一撃がビルをも崩すように、大きさが強さのすべてではない。
実際のところ、アレを放置するのは危険だ。近くの村などが踏みつぶされる恐れだってある。
それにテスラが戦えと提案してくるのだ。こいつは腹が立つが天才だ、無謀な戦いをさせはしないだろう。つまり勝機は十分にあるということだ。
そして何より……。
「ぼ、坊ちゃま!? なにやってるんですか!? 逃げますよ!?」
アーガイさんが俺に逃走を促してくる。兵士たちもテスラ父も、絶対に勝てないと逃げ纏っている。
……こんな状況で俺があの怪物を倒したら、間違いなく敬われる! 天才としてチヤホヤされる!! やってやらぁ!!!
「アーガイさん! 俺はあいつを倒します!」
「坊ちゃま!? あれはグレーターオーガですよ!?」
「そんな強敵を倒すからこそ天才と崇められるんですよ! ここで逃げたら俺も凡人ですっ!」
俺は天才になりたいのだ。天才は誰よりも強くて凄くて、誰もが出来ないことをやれる人間だ。
ここで俺が逃げたら凡人だ。それはダメだろう、だって俺の身体は稀代の天才なのだから。
俺はずっと天才を見てきた。彼らが褒めたたえられるのは、常人には出来ない凄いことをするから。そしてそれは他の人の助けや喜びになる。
天才だから褒めたたえられるのではない。皆の役に立つほど凄いからこそ賞賛されるのだ。
つまり天才としてチヤホヤされるなら、これくらいの危険は必要経費だ!
「なにいってんだこの人!?」
「いいからアーガイさんは逃げてください! 激流を呑むは我が意思、悉く水練を描け! ドミネーター・ストリーム!」
俺は両掌をグレーターオーガに向けて、水の激流を噴出させる。
まずは小手調べだ! これだけの水流ならばいくら巨体でも多少は揺らぐだろう!
まさに命をかけた一大決戦だ! 俺が天才として相応しい人間かをここで証明してやる!!
さらに俺が両手を振り払うと、水の激流はまるで鞭のように動いてグレーターオーガの首元に迫っていく!
そして水の鞭がグレーターオーガの首を完全に切断した。
「「……え?」」
俺とアーガイさんがあっけに取られる中、グレーターオーガの頭がごろりと地面に落ちる。そして音を立てて首なし胴体が崩れ落ちた。
??? え? なんか首落ちたんだけど? 小手調べの上級魔法なんだけど?
……そ、そうか! 首が落ちても死なない生命力があるのか!?
と思ったがグレーターオーガの胴体部分は、ピクリとも動かないで倒れている。
『だから言っただろう。逃げる必要ないって』
『英雄級魔法使いを筆頭に、討伐隊を組むようなレベルって……?』
『そうだね。でも君の今の魔法、英雄級魔法使いでも上位くらいの威力だったからね。しかもそれを精密なコントロールで、さらに殺傷力を上げてたし。それとまだ終わってないよ』
『えっ? それはどういう……うわっ!?』
俺から少し離れた場所に、いきなりなにかが飛んできた!?
岩だ。回避しようかと思ったがどうやら避けなくても大丈夫そうだ。
人の握り拳ほどの岩が、俺の少し近くに着弾した。
飛んできた方向を見ると、二メートルほどの鬼がいる。
『あれはオーガだ、どうやら普通のも実際にいたようだね。さっきの岩、当たったらヤバかったかもね』
『……』
あの岩はすごい勢いで飛んできた。確かに直撃してたら洒落にならなかった……。
俺は急いで水魔法をぶっ放して、オーガの首を刎ね飛ばす。
『上出来だ。今日はいい経験ができたね。自分の強さを自覚しつつ、油断大敵というのが分かったから。君の力は間違いなく強いし正面からならそう負けないだろう。でも身体を鍛えてないから、不意を突かれたら負ける可能性もある』
『……そ、そうだな』
『これからはもう少し剣技の訓練もすべきだね。九歳時の僕ならいまの石くらい、投げられる前に反応して回避できたよ』
なんかこう。色々な意味で冷や水をぶっかけられた気分だ。
そりゃそうだよな、天才だって神様じゃないんだから。それはそうとしてテスラのスペックはヤバイので、剣士としても最強目指せるんだけどな。
俺は剣の訓練ほとんどしてないから、流石にまだ弱いけど。剣より魔法の方が遥かに目立てるからそっちばかり練習してた。
たぶんテスラは魔法と剣の練習が半々くらいだったから、剣技は俺よりも遥かに優れているのだろう。訓練しないとダメかもなぁ。
『でもまあ……よくやったと思うよ。とりあえず今は喜びなよ』
『喜べる気分じゃないんだが……』
『ははは。君なら大丈夫だよ、だって……』
なんでか聞こうとしたら、テスラ父たちが走って来るのが見えた。
グレーターオーガが倒れたのを見て戻ってきたようだ。
「て、て、て、て、テスラ? お前、まさか、グレーターオーガを……?」
「え、あ、はい。まあ」
「だ、旦那様! 俺が確かに見ました! テスラ様はグレーターオーガを、たったひとりで、瞬殺しました!?」
「ば、バカな……グレーターオーガだぞ!? 王家の騎士クラスであろうとも、単騎で倒せるものはそういない……て、テスラ……お前は……」
アーガイさんとテスラ父が、俺を見てワナワナと震えている。
「し、信じられねぇ……あんな巨体をテスラ様が……」
「ぐ、グレーターオーガって言えばさ。牙などが王家近衛騎士団の武器の素材になるくらい、ヤバイ強いって聞くんだけど……」
護衛の兵士たちの視線が俺に向けられる。それはまるで神でも見るかのごとくだった。
…………あ、これすごく気持ちいいな!?
「ま、ま、祭りだ! グレーターオーガ討伐祭を行うんだ! テスラの活躍を大々的にアピールせねば! グレーターオーガは肉も牙も爪も、凄まじい額で売れるんだぞ!? アーガイ、すぐに戻って手配を!」
「は、はいっ! 周辺の商人にも届くように、なるべく広めていきます!」
「うむ! ハイオーガをすっ飛ばしてグレーターオーガがいきなり現れるなど、予想外にもほどがあるが、きっと神がテスラのためにもたらしたものだ!」
こうしてグレーターオーガ討伐祭が開催されるのだった。
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なお今のテスラも普通にそこらの剣士より強いです。
九歳児の元テスラは殺気を察知して岩を投げられる前に回避可能、今のテスラは岩を目視してから超反応で回避できるという差。
少し本気出して訓練すればすぐに伸びる模様。
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