第19話 首の献上


 テスラが討伐したグレーターオーガの首は、紆余曲折しゃっきんあってレイディアス家に献上されることになった。


 テスラの父であるメーランは息子の手柄を守ろうとしたが、借金の棒引きを条件に追い払われた。


 そうしてレイディアス領主都のラータへと首は運び込まれて、防腐処理をした上で剥製として領主屋敷の大広間に飾られている。


 巨大な首の前。そこではレイディアス伯爵と執事が立っていた。


「ほほう、これは見事だな。テスラ・ベルアイン、まさか単独でグレーターオーガを討伐するまでとは」

「我が主、他にもベルアイン男爵や臣下の魔法使いがいたはずです」

「あんな者たちは物の数に入らぬ。一人二人いてもいなくても変わらん」


 酷い言いようではあるが事実ではあった。


 メーランもアーガイも何の役にも立っていないし、テスラがひとりでグレーターオーガを殺したのもまた事実。


「しかしこの首を一撃で切断するとは。まさに全魔力をこの一撃にかけたのだな。テスラ・ベルアイン、思ったより豪胆ではないか」

「グレーターオーガほどの怪物ですからね。仕損じれば成すすべなく殺されていたでしょう」


 だがレイディアス伯爵や執事は、テスラの力を完全に見誤っていた。


 彼らはテスラが外せば負ける覚悟で、渾身の魔法でグレーターオーガを殺しきったと勘違いしている。


 実際は小手調べとけん制程度の魔法で、首を落としたなどとは分からなかった。


「さてと……アーネベルベはどこだ? あいつにもテスラ君を見習わせなければ」

「お嬢様ならば庭で魔法の訓練をしております」

「またか……放っておいたらぶっ倒れるまでやるつもりか」

「いつものことですが」

「だからまずいと言っている。私はアーネベルベにはな、別に魔法使いとして大成して欲しいわけではない」


 アーネベルベはここ数年は毎日、魔法の訓練を必死に行っている。


 それはもう周囲が引くくらいに、魔力が尽きて倒れるまでだ。だがそれをレイディアス伯爵はうとましく考えていた。


 そうしてレイディアス伯爵は屋敷の庭に出ると、そこには魔法の鍛錬を行っているアーネベルベがいた。


「水よ、火よ……風……っ!?」


 アーネベルベは急に苦しみだす。


 魔法の属性を掛け合わせるのは難しく、三つともなればいまの彼女の技量では無理だ。


 無理に発動しようとした結果、魔法発生器官に過剰な負担がかかって激痛が走る。


 そんなアーネベルベを見て、レイディアス伯爵はため息をつきながら近づいていく。


「アーネベルベ。テスラ君が倒したグレーターオーガの首が届いた。大広間に飾っているからお前も見なさい」

「嫌です。私もグレーターオーガを討伐して、大広間に飾る首を変えます」

「無理だ、いいかげん現実を見ろ。お前はテスラ君には絶対に勝てないし、勝つ意味もないだろうが! せっかく素晴らしい婚約を用意したというのに!」


レイディアス伯爵の叫びに、アーネベルベは両拳を握って震えている。


 伯爵の脳裏にあるのは、自分の先見の明への賞賛だった。


 テスラが川の氾濫を止めた時点で、半分いや全部無理やりにアーネベルベと婚約させたことを誇りに思っている。


 なにせ伯爵はあの当時の時点で、テスラが大成するのを見抜いていたのだ。


 川の氾濫を止めたことは凄いとは言えども地味で、また眉唾ものなところもあるため周辺貴族も半信半疑だった。


 だがグレーターオーガの首を獲ったのは話は別だ。なにせ首という証拠があるのだから。


 そして川の氾濫を止めたことも含めて、テスラの異名は多くの領地に広まっていた。


 もしいま同じようにテスラとアーネベルベを婚約させようとしても、不可能に近いだろう。テスラはすでに他の伯爵や、更に上の公爵などからも目をつけられていた。


 この世界において強力な魔法使いが誕生すれば、一代で地図を塗り替えることすらあるのだから。


 そしてレイディアス伯爵は、この婚約をアーネベルベにとっても素晴らしい話だと思い込んでいた。


「アーネベルベ、お前もテスラ君に相応しい妻になるのだ。盗賊退治などの危険なことはもうやめろ。天才のテスラ君を支えて、彼の活躍を自分のものと誇らしく思え」


 レイディアス伯爵は命令口調で、アーネベルベ令嬢に話しかける。


 それを聞いてアーネベルベは両手の拳を強く握った。


(テスラ・ベルアイン……! あんな男のせいで私は……! 私の活躍も名声も全部霞んで……お父様も……っ! なんで急にグレーターオーガ退治なんてするのよ! 今までそんなことしなかったのに!)


 アーネベルベは知らない。


 テスラがグレーターオーガを討伐したのは、彼女の夜盗退治を見てのことだったなど。それはある意味で幸運だっただろう。


 知っていればさらに烈火のごとく怒ったはずだ。


「アーネベルベ、聞いているのか! もう危ないことはやめろと言っているのだ!」

「お父様! 私の方がテスラ・ベルアインより優れています! もっと活躍してみせます!」


 アーネベルベはそう叫ぶと、早歩きで大広間から出て行った。


 本当なら走りたかったが、ヒールにドレスではうまく移動できない。


(みんな、テスラテスラって……! 私は! 私が元々才媛と呼ばれていたのにっ! あの男のせいで全部消されてしまった! お父様も!)


 アーネベルベは足を床にたたきつけた。


 彼女は元々才媛、天才令嬢と呼ばれていた。だがそれは四年前の話だ。


 五歳の時にテスラが頭角を現してから、アーネベルベの名声は地に落ちた。


 彼女が七歳で中級魔法を放てば、テスラは五歳で上級魔法を。


 彼女が八歳で乾いた畑に雨を降らせれば、テスラは六歳で畑の近くに水を引いた。


 アーネベルベがなにかすれば、計ったようにその一段上をテスラが行ってきた。そのせいでアーネベルベは常に劣ってみられてしまう。


 なおテスラはアーネベルベの噂を聞くたびに、彼女を見習ってきたので実際計ったようなものなのだが。


 そうしてアーネベルベは完全劣化テスラと見られてしまったのだ。かつての才媛は地に落ち、腐り落ちた薔薇だとまで言われている。


 それをアーネベルベは全てテスラのせいにしていた。


 だが実際は彼女の魔法の才が早熟であったのが大きい。テスラが関わらずともすでにその俗称は広まり始めていた。


 十一歳で上級魔法を使えるのは間違いなく才能がある。だが七歳時に中級魔法を使えたのは天才だった。


 アーネベルベの才能のピークは五歳児で、九歳児にはすでに枯れかけていた。熟し終えて腐り落ちれば、後は刺々しく可愛い少女でしかない。


 十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人とはよく言うもの。アーネベルベはそれが五歳から始まっている。


 そして相手が悪すぎた。テスラは稀代、低く見積もって千年に一度の天才。


 それに比べればアーネベルベは凡才どころか無能と判定されてしまう。


 彼女は周囲の人、そして父親の自分の見る目が変わっていくのに敏感になっていた。


(私は、決して凡才なんかじゃない! 誰の目にも分かるように、あんなテスラなんかより活躍してみせる! そうすればまた、お父様は私を見てくれる……!)

「お嬢様、お気を付けください。淑女にあるまじき態度ですよ」


 そんなアーネベルベに声をかけたのは、とあるメイドだった。


 怒りが噴火しているいまの彼女に語り掛けるなど自殺行為だ。


 走行中の馬車で魔法をぶっ放す少女が、そんな忠告など聞くはずがない。だがアーネベルベはメイドの言葉にうなずいて深呼吸をとった。


「……メイン。ありがとね、貴女だけは私のことをちゃんと見てくれている」

「私はお嬢様が幼少の頃から仕えている身ですから」


 メインと呼ばれたメイドは恭しく頭を下げるのだった。





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 都市ラータは隣国メルヌイとの国境付近にある。


 ラータの噂はメルヌイへと流れて行き、それを聞いた貴族たちは恐怖を抱いた。


 とある屋敷で噂を聞きつけた貴族たちが、そのことで相談を行っている。


「わずか九歳でグレーターオーガを退治など、にわかには信じがたいが……」

「事実だ。潜伏している者からも報告があった。グレーターオーガの首がレイディアス領に運び込まれているし、テスラと言う者の魔法の才能も本物だと」

「そうなるとマズイぞ……レイディアス領の囲んでいる魔法使いの質が、すさまじく高いことになってしまう」

「アーネベルベもかつての名声は落ちたが、まだ優秀な魔法使いではある」


 アーネベルベは国内でこそ腐り落ちた薔薇扱いだが、それはテスラという比較対象がいるからだ。


 他国では彼女は単体として、それなりの天才であるとの評価を受けていた。


「しかもその二人は婚約している。いずれ成長すれば手の付けられなくなるかもしれぬ。そうなれば我が領地は……」

「そうなる前に消すしかあるまい。いくら魔法が強くてもまだ子供だ。育ち切る前ならば殺すのはたやすい。そもそもテスラという輩は、怪しい噂も多い。グレーターオーガの討伐などはいくらなんでも盛り過ぎだがな」

「それは同意だ。そうなると狙いたいのはアーネベルベだが、アレは常に街から出ぬ上に警備も固い」

「私に策がある。レイディアス伯爵も同時に亡き者にする策が」


 そんな彼らの話を遮るように、マントをつけたちょび髭の男が部屋へと入ってきた。


「おお。これはグーレテルラ卿ではないか。知啓超魔の貴殿がそういうならば、相当な策があるのだろうな?」

「ふふ、お任せあれ。魔法使い殺しのゲーレテルラをお見せしましょう」


 他の者たちは姿を現したゲーレテルラに、絶大の信頼を持っていた。


 ゲーレテルラ卿。彼は貴族でありながら魔法を使えない男。


 だが彼には魔法の才能がない代わりに、すさまじい智謀を持っている。優秀な魔法使いを何人も殺してきた彼を、周辺国家は『魔法使い殺し』と恐れていた。


「ほほう、それは大きく出ましたな。しかしレイディアス伯爵は賢しい。そうそう策にかかりますかな?」

「アレには弱点がある。まあ見ておくがいい。それにテスラ・ベルアインも一網打尽にしてみせよう。奴は私の用意したグレーターオーガをつぶした厄介な存在だ。これ以上強くなる前に潰す。なに、仕掛けはずっと前から用意しているのでね」


 ゲーレテルラはクスリと笑ったあと。


「自分を特別と勘違いしている愚かな魔法使い共に、切り札をお見せしようじゃないか」


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