第20話 テスラの世間の評価
テスラとその父であるメーランは、レイディアス伯爵屋敷の立食パーティーに参加していた。
「この者こそが天才テスラ・ベルアイン! 僅か九歳でグレーターオーガを潰した比類なき才覚を持ち、我が娘であるアーネベルベの婚約者だ!」
レイディアス伯爵が叫ぶと、テスラへと注目が集まっていく。
テスラはそんな視線たちにニヤリとふてぶてしく笑うと。
「ほほう。あの年齢で多くの目に見られても臆さぬか」
「魔法の腕だけではなく胆力もあるようだな。稀代の天才と呼ばれるだけのことはある」
パーティーの参加者である貴族たちは、テスラの衆目を集めてもビビらぬ態度に評価を上げた。
なおテスラは目立って気持ちよくなっていただけである。
「しかし最近のレイディアス伯爵は露骨ですな。多くの貴族を集めて、グレーターオーガの首を見せびらかしている」
「自分の勢力を広げているのですよ。しかしうまくやったものだ。あんな天才が義息子になれば、今後のレイディアス家が強くなるのは明らかだからな」
「隣領を飲み込んでしまうかもしれぬな。今の王家には伯爵を止める力はなさそうだ」
テスラがアーネベルベと婚約したことで、レイディアス伯爵が多くの貴族を味方につけた。
強い魔法使いは一騎当千とも言われる力があり、単騎で戦争を勝利に導くことすらある。
ましてやテスラは強い程度では済まない。テスラを囲えているレイディアス伯爵は、今後間違いなく成り上がる存在だった。
それで周辺貴族のパワーバランスが崩れている。そんな中、ひとり眉間にしわを寄せた少女がいた。
(……最悪。なんでこんなくだらないパーティーに、参加しなければならないのよ!)
アーネベルベはドレスで着飾ってこそいるが、内心ではスカートのまま床を踏み鳴らしたい気分だった。
彼女にとってテスラは最も憎むべき敵とも言える存在だ。そんな男が褒めたたえられる会など拷問に近い。
(ああもう最悪! それにお父様もずっとテスラテスラ……昔は私のことを、よく褒めてくれたのに……!)
アーネベルベは顔をしかめる。笑えば可愛いだろう顔は、まるで茨のように刺々しく見えてしまう。
腐り落ちた薔薇とは、アーネベルベの現状を揶揄している。
以前は薔薇のように綺麗で才能に溢れていたが、今はその才能はテスラによって微塵も目立たない。綺麗さもずっとしかめっ面で台無しだ。
そして常に不機嫌な様子が刺々しく見えた結果、腐り落ちた薔薇などと言われているのだ。
「アーネベルベ! こっちへ来てテスラ殿の近くにおらぬか!」
そんなアーネベルベの気持ちをさらに逆撫でするように、レイディアス令嬢が呼びつけて行く。
(お父様……っ!)
アーネベルベは凄まじく不快ながらも、父の命令に従ってテスラの側へと歩いていく。
そんな彼女にテスラは笑いかける。
「アーネベルベ殿。ご機嫌はいかがでしょうか?」
「今しがた最悪になりましたね」
「なにか好きな料理などあればお取りしますが」
「グレーターオーガの肉など嫌いですね」
「一曲ダンスなど」
「お断りです」
テスラが色々と話しかけるが、アーネベルベは全て一言で切り捨てる。
当然だ。アーネベルベからすれば、テスラが口を開くだけで不愉快なのだから。
なおテスラは彼女と仲良くなりたいから話しかけていて、嫌われようとしているわけではなかった。
(……やっぱりものすごく嫌われてるなぁ。俺が彼女の立場なら同じように嫌うとは思うが……でも仲良くしたいんだよなぁ)
テスラはアーネベルベ令嬢のことを好いていた。
見た目が可愛くて好みだったこともあるが、なによりも彼女の目立つ努力に感銘を受けている。
もちろんテスラとて自分の才能が、周囲に不興を買うのも理解している。なにせほかならぬ彼自身が、ずっと天才を恨んでいたのだから。
テスラとて相手が赤の他人ならば、決して距離を詰めようとせずに諦めていただろう。だが。
(嫌われてるのは分かる。でもアーネベルベ令嬢とは婚約してるしなぁ……)
婚約者と嫌いあっているのは問題だ。
それは当人たちの感情の面もあるが、それ以上にレイディアス家とベルアイン家が不仲だと誤解されかねない。
貴族たるもの嫌いな相手でも笑って握手が必要な時もある。だがアーネベルベはそれほど成熟はしていなかった。
アーネベルベはテスラに向けて睨み返す。周囲の耳があるので悪口こそ言わなかったが、嫌悪感を示すには十分だ。
そうしてパーティーが終わり、アーネベルベは私室へと戻った。
(ああもう最悪! 最悪! 最悪!)
ベッドに寝転がって足をバタバタさせる。
アーネベルベは以前の馬車の一件から、テスラのことをなお嫌っていた。
(あいつ……氷の百合なんて渡してきて……! 私が昔に百合の才媛と言われていたのを知ってて……!)
アーネベルベはかつて神童だった。当然ながらそのころから、腐り落ちた薔薇などと言われたわけではない。
そのころの彼女のあだ名は百合の才媛だった。だがもはや八年前の話で、その名を覚えている者などほぼいない。
当然ながらテスラも知っているわけがなかった。
そんな彼女の部屋に、メイドであるメインがノックをして入室した。
「アーネベルベ様。近隣の廃屋敷に、大規模な盗賊団が住み着いたと報告が入りました」
アーネベルベは独自に情報網を持って、周囲の事件などを調べていた。
彼女が戦いに出るのをレイディアス伯爵は嫌っているので、あまり情報を流してくれなかった。
なので必然的にアーネベルベの手の者が、情報を収集して報告までしていたのだ。
メインはレイディアス伯爵が雇って、アーネベルベが幼少の頃から彼女の専属にさせている。
なのでアーネベルベにとって、メインは元から信頼のおける者だった。そしていまとなっては不可欠な存在となっている。
「大規模ってどれくらい?」
「五十人以上いるかもと言われています」
「……ちょうどいいわ。それだけ大きい盗賊団を潰したら、私の評価も間違いなく上がる……!」
「まだレイディアス伯爵も掴んでいない情報です。急ぎ討伐すればより評価が上がるでしょう。ただ……」
メインは少し言いづらそうにしたあと。
「旦那様はテスラ様をお呼びして、彼を隊長として盗賊団を討伐させると仰っていました」
「なっ……!?」
「これでテスラ様が活躍してしまえば……お嬢様はより一層、腐り落ちた薔薇と言われるかと」
明らかに不安をあおる言い方をされて、アーネベルベの顔色が変わる。彼女にとってその忌み名は、絶対に言われたくないことだった。
誰だって自分の悪口など告げられたくない。ましてやそれが、嫌いな人間の賞賛のついでに語られるともなれば……。
「嫌……そんなの絶対に嫌よ!」
「でしたらお嬢様が先に盗賊団を討伐してしまうのはいかがですか?」
「えっ……でもそれは……」
盗賊団を少数で退治するのは危険だ。それくらいはアーネベルベだって理解している。
二の足を踏む彼女にメインはさらに語り掛ける。
「ご安心を。盗賊団と言っても、その実態は数人程度なのですよ。調査したところ、噂に尾ひれがついただけなのです。おそらく旦那様も知りません」
本来なら疑ってかかるべき話だっただろう。
なぜ一介のメイド風情が、伯爵すら知りえない情報を得られるのかと。
だが今のアーネベルベは焦っていた上に、父親から与えられてずっと仕えてきたメイドを信頼していた。
「ほ、ほんとうなの!?」
「間違いなく」
「……! それならお父様も見直してくれるかも……すぐに準備を! メイン、やっぱり貴女は私の最高のメイドよ!」
メインは僅かに笑った後、小さくうなずいた。
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