第33話 天賦の才


「なにを言ってるんだよ、おい……馬鹿なことを犬が言うなよ……」


 俺がテスラになる? そんなのどう考えてもダメだろう。


 確かに天才になりたかったが、他人の存在を奪ってまで望んではいない……ハズだ!


 過去の発言は少し怪しいところがあるかもしれないが、本心はそんなこと思っていない!


『馬鹿なことじゃないよ。君が正真正銘、テスラ・ベルアインになるんだ。そして偽物のボクは消える』


 テスラは少し寂しそうに、だが力強く言い切った。


 自分のすべてを他人にやるなど、冗談でも簡単に言えることではない。


「断る! 俺はお前の存在を抹消してまで、自分が天才であり続けるわけにはいかない!」


 俺は天才に憧れているし、今だって賞賛されたいとは思っている。そこは偽れない。


 だがやってはいけないラインというものがある! そこを飛び越えてしまったら、俺はもう正真正銘のクズになり下がる!


『安心しなよ。君が僕の存在を消すんじゃない。僕が勝手に寿命で死んで、君はこのままテスラとして生きるだけだ。君には何の非もないのだから堂々とすればいい』

「できるか! 死にそうならバーナードの身体から、他の者に魂を移せないのか!? 入れたなら同じことができるだろ!」


 バーナードは死んでしまうがそこは仕方ない。元から身体が寿命である以上はどうしようもないのだから。


 だがテスラは違う。魂を移し替えれば生き残れるはずだ。


『無理だ、僕はもう転生魔法は使えない。つまり誰も転生を行える者はいないんだ。前に言わなかったかな。あの時は必死だったからこそ奇跡的に発動ができた』


 ……きっと続きの言葉はこうだろう。今はもう必死じゃない、と。


 きっとテスラは俺を認めてはくれたのだろう。あの天才のお眼鏡にかかったというのは嬉しい限りではある。だが俺は死にかけた犬を睨む。


 気に入らない。俺はこいつを本当に気に入らない。


「お前さ、ずっと俺を見下してきたよな。最後までそれかよ」

『何を言っているんだ? 僕は君を認めたからこそ……』

「認めてないだろうが!」


 思わず叫んでしまった。


 だがこの怒りを隠すことはできそうにない。自分で死ぬ覚悟を決めたというのにも腹が立つし、なによりも……。


「お前は必死になったら転生魔法が使えるようになったんだろ!? じゃあ俺だって死ぬ気になれば扱えるってことだろうが! それを俺には無理だと決めつけてるんだよ、お前は!」


 俺だって今は超天才の身体を持っているんだ!


 ならやってやれないことはない! テスラにしか転生魔法が使えないというならば、俺だって今はテスラなのだから!


『違う。僕は君を下に見ているわけじゃない。君が転生魔法を使えないのは、僕に劣るからではない。むしろ魔法の発想力なら君のほうが優れているはずだ』

「じゃあ使えるってことだろうが!」


 俺は魔力を練ってテスラの魂を操ろうとしながら叫ぶ。


 だが魂を操るなど雲をつかむような話で、ただ魔力を垂れ流している状態だ。


『違う。君には僕のような必死さが出せないんだ。僕はあの時に死にかけていたからこそ、魂を操ることができたんだと思う。君は全然そんなこと状態じゃない』


 テスラの声が脳内に響く。


 なるほど、必死さが足りないとは感情的な意味じゃないのか。必ず死ぬ、ようは死の間際だからこそ目覚めた力と。


「……それは確かに今の俺には難しそうだ」

『だから言っただろ。もう無駄なことはやめて……』


 俺はテスラが嫌いだ。あり得ないほどの天才で、弱い身体を補って余りうる才能があった。


 ガラスの天才だろうがいいじゃないかとずっと思っていた。だが……俺は夢を何度も見たのだ。


 両親が目の前で処刑され、アーガイさんが病死して、挙句に領民からはずっと怨嗟の声をぶつけられる夢を。


 ……きっとあれらはテスラの体験だったのだろう。地獄だった。


 もし俺がテスラの才能をもらう代わりに、あの地獄を味わうかと聞かれたら、迷わずにこう答えるだろう。絶対に嫌だと。


 テスラはそんな過去を変えたいがために転生してきた。なのに結果は俺に身体を奪われてしまった。


 それでもなんとか両親が助かり、今後はよい方向に転がっていくと思った時に死んでいく。


 こんなのはあんまりに過ぎるだろうが! ここでテスラに死なれたら、俺は一生後悔する自信がある!


 せっかく助けた両親と話せもせず、手柄は全部俺に奪われるんだぞ!? だから……。


「なら死にかけるしかないな。水よ、踊れ!」


 俺は水魔法を発動して、自分の顔の周りに巨大な水の塊を出現させた。


 水の塊は俺の頭を囲い込んで離れず、呼吸ができなくなる。


『なにを馬鹿なことをしてるんだ!?』

『うるさい! 呼吸できないようにすれば、必死にもなるだろうが! 仮死とかそういう!』


 喋れないので脳内で叫んで返す。


 水で呼吸ができなくなればいずれ死ぬ。その苦しさを味わって命の危機に瀕すれば、俺だって転生魔法が使えるようになるかもしれない!


 やばい苦しくなってきた……だが耐える。耐えてみせる。


 おそらくだがもう目の前の老犬は、もう魂がいつ抜けてもおかしくないのだから。


『やめるんだ! 僕はもう死んだほうがよくて、そのほうが丸く収まるんだから!』

『じゃあ俺の水魔法をお前が弾き飛ばせよ! それくらいの魔力はあるだろ!』


 テスラは天才だ。それこそ必死になれば、俺の弱い水魔法くらいなら打ち消せる。


 だがそれができないのはきっと、心のどこかで生きていたいと願っているはずだ! そうに決まっている!


 どんどん苦しくなって目の前が真っ暗になっていく。限界になって水魔法を解除しようとして、でもなんとか耐える。


 そして本当の本当に限界と思った瞬間だった。目の前の老犬の心臓部分に、小さな光が見える。


 俺は即座に水魔法を解除して、大きく息を吸い込むと。


「魂よ、鎖に囚われよ! 輪廻に反逆せしその力は……!」 


 転生直後の時のように口が勝手に動いていき、まったく知らない呪文を紡いだ。


 そしてテスラ犬の身体が輝いた後、力を失ったようにゆっくりと目を閉じた。



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あと数話で完結予定です。


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