第34話 天才が起こした奇跡


 目の前の老犬は目をつぶったまま、寝そべって動かない。


 俺が無我夢中で唱えた謎の魔法は発動したが、どんな効果でどういう風になるのかよくわかっていない。


 失敗してしまったのか? いや仮に成功したとしてどうなるんだ?


 テスラの転生魔法は過去に魂を飛ばすものだった。それなら俺の発動した魔法も同様で、あいつの魂はさらに過去に行ってしまった?


「おい! テスラ! 生きてるか!」


 俺は急いで老犬の身体を抱き起こすが、ピクリとも動かない。


 ――生きていない、というのはすぐにわかった。


 し、失敗した? それともそもそも魔法の発動が間に合わず、テスラの魂は死んでしまった?


 そ、そんなことってあるかよ。至高の天才が死にかけてまで発動した魔法が、なんの意味ももたらさなかったなんて。


 テスラ・ベルアインの魔法だぞ!? 神に愛された天才の力が、たかが天命すら逆らえないなんて。


「う、嘘だろ……? なあ、テスラ。いつものイヤミっぽくなんとか言ってくれよテスラ!」


 俺は老犬の身体を揺するが返事も反応もしない。


 あれだけ口うるさかった声がいまは無性に恋しかった。


 思い返せばあいつに助けられてばかりなのに、俺はなにひとつ返せていない。


 もっとあいつと親しくなっておけば、こんな死の間際ではなくて事前に話してくれていたのではないだろうか。


 そうすればあいつが死ぬ前に魔法を使えて、助けられることもできたかもしれないのに……!


 もっと話しておけばよかった。もっとあいつのことを聞いておけばよかった。


 そんな後悔がどんどん溢れて行く。俺は本当に、いままでなにをしていたのか。


 少しでもなにかしていたら、テスラの魂を助けることができたかもしれないのに!


「くそぅ……! すまないテスラ……本当にすまない……」


 もう今の俺に出来ることは目の前の亡骸に謝ることだけ。


 後悔先に立たずなんてよく言ったものだ。本当にそうだよ畜生……!


 気が付くと涙があふれてくるが止められない。


「俺が、もっとうまくお前の身体を使えていれば……いや俺がこの身体に入りさえしなければ……!」

『おっとそれ以上言われたら困るな。君が僕の身体に入ったからこそ、僕の願いは理想以上に叶ったというのに』

「!?」


 脳内にいつものイヤミったらしい声が響いた。


 目の前の老犬は死んでいる。周囲を見回すが特にそれらしき影もない。


「テスラ!? 無事だったのか!? いやどこにいる!?」

『うーん……屋敷の裏の庭かな? 僕の亡骸を持ってきてよ。いやなんか自分で言うのもおかしな話だなこれ』

「わかった待ってろどこにも行くなよ!?」


 俺は老犬の亡骸を抱えて、急いで屋敷へと戻っていく。


 そして裏庭へと飛び込むように向かうとそこには。


「あっ、坊ちゃまじゃないですか。そんなに急いでどうされました?」


 アーガイさんが二匹の犬を連れて歩いていた。


 そのうちの一匹はテスラの亡骸にそっくりで、そして俺をじっと見てくる。


『やあ。目の前にいるのが僕だよ。どうやら似ている身体に送り込まれたようだね』

「……!? テスラぁ!」


 俺は抱いていた亡骸をゆっくりと地面に降ろしてから、思わず犬に抱き着いていた。


 今までのテスラの身体とそっくりで、でもかなり若々しく見える。 


「あー……やっぱりバーナードは死んでしまいやしたか。間に合わなかったのは残念だ……とりあえず腐る前に埋めてやりましょう。土よ、陥没せよ」


 アーガイさんは土魔法を発動して、地面に穴をつくってそこにテスラの亡骸を入れた。


 間に合わなかった? いったいどういうことだ?


「あ、アーガイさん! これはどういうことですか!? なんでテス、いやバーナードにそっくりの犬が!?」


 アーガイさんは俺の問いに対して、現在テスラの魂が入っている犬を撫でると。


「あー。実はこいつ、バーナードの子供なんですよ。それでこっちのは妻」

「こ、子供!? バーナードに子供がいたのか!?」


 思わず絶句してると再び脳内に声が。


『たしかいた記憶はある。でも僕の記憶が正しければ、二匹とも数年前に病死してしまったはずだったんだけど』


 テスラからそんなことを教えてもらう。


 だが目の前の犬たちはすごく元気そうで、とても病死しそうな雰囲気はない。


「いやあ、実はですね。こいつらは獣医のもとに出していたんですよ。病気していたのですが坊ちゃまがバーナードをすごく大事にしているでしょ? なので旦那様が助けられるなら助けてやれと」

「な、ならなんで今まで言わなかったの……?」

「死ぬ可能性の方が高かったので、死んだらいなかったことにすべきと思いましてね。ですが奇跡的に回復したと聞いたので、親と会わせてやろうと思ったのですが……間に合わなかったようです」


 アーガイさんは亡骸となったバーナードを見続ける。


 その言葉に嘘はなさそうだ。いやそもそも嘘をつく理由もないが。


『僕はこのバーナードの子に、魂が移動してしまったようだ。そしてバーナードの子の魂はたぶん……』


 犬テスラは、パートナーの犬のお腹部分を見る。


 それと同時にアーガイさんが俺に話しかけてきた。


「坊ちゃま。バーナードが亡くなってしまうのは避けようがありません。ですがその子供は無事に生きています。バーナードの代わり、という言い方はダメですね。バーナードの分も可愛がってやってください。それに……」


 アーガイさんもまたバーナードの妻と言った犬を見る。


「実はそのバーナードの子も、また子供ができているんですよ。なのでほら、あまり悲しまずに……」

『たぶんなんだけどね。バーナードの子の魂は、お腹の赤ちゃんの子に入ったよ』 


 ひたすらに困惑しているのが自分でもわかる。


 ただ、ただひとつだけ言えることがあるとすれば……。


 テスラはまだ生きているということだ。

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