第10話 テスラ池


 とある昼下がり。


 広場の断頭台への階段を、両腕をロープで拘束されたテスラ父とテスラ母が登っていく。


 俺はそれを茫然と見送っている。テスラ父とテスラ母は凄まじくやつれていて、髪もボロボロだ。


 彼らは俺を睨んできたが、二人の目に光はなかった。


「お前のせいだ! お前なんていなければ! こんなことにはっ!」

「貴方なんか産まなければよかった! 死ね! 悪魔の子め!」


 テスラ父とテスラ母は怨嗟の声を投げかけた後、兵士に連行されて断頭台にセットされた。そしてギロチンが二人の首に落ちて……。




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「!? あ、夢か……」


 バーナードがテスラと発覚した翌日。目覚めるとベッドの上だった。


 ……凄まじく嫌な夢だなぁ。いつもテスラを愛している親が、親の仇のように俺を見てくるのだから。


「なんか妙に生々しい夢だったな……忘れよ」


 嫌な夢は忘れるに限る。そうして俺はベッドから立ち上がった。


 俺は三日三晩寝込んでいたが、今日はかなり体調がよくなっていた。もう今日からは普通に活動してもいいだろう。


 さっそく食堂に呼び出されて、両親との朝食を取っているのだが。


「テスラ! お前は我がベルアイン家の誇りだ! お前の作った二つの池は、救民の右聖テスラ池と救民の左聖テスラ池に命名した! お前の名がこの領地に一生残るぞ!」

「そ、それはありがとうございます……」


 テスラ父が興奮しながら叫んでくる。


 なんだろう。本来なら目立つのは嬉しいんだけど、ネーミングセンスが酷い……。


 あまり他人のネーミングにケチをつけるのもどうかとは思うが、救民とか聖が露骨に恩着せがましいというか……普通にテスラ池でよくない?


「ち、父上。シンプルにテスラ池だけでもいいのでは?」

「愚か者! 奇跡の活躍をしたのだぞ!」

「五歳で上級魔法を使えるなんて、伝説の魔法使いにも劣らないわ! 流石は私たちの息子!」


 テスラ母もかなり喜んでいる。


「違うぞ! テスラは英雄級魔法を使ったのだ! 上級程度で池など作れるわけがあるまい!」


 それ違う。俺が使ったのは英雄級の威力を持つ上級魔法だ。


 更に言うならあの池は俺一人の手柄ではない。バーナードというか、本物のテスラが支援してくれた結果だ。


 あいつが土魔法などで土壌を柔らかくしてくれたから、水圧で簡単に池を掘ることができたのだから。


 本当なら手柄を独り占めするのはよくない。だが……ここでバーナードのおかげです、なんて言っても信じてもらえないだろう。


 仕方がないので黙っておくことにする。そう、これは仕方がないのだ。


 決して俺が自分の正体を隠しておきたいためじゃない。


「それと私はこの後、レイディアス伯爵家の元に行く。しばらく留守にするぞ」


 テスラ父は淡々と告げてくる。


 レイディアス伯爵家……まったく分からん。どこだろう。


「父上。レイディアス伯爵家とはどちらでしょうか?」

「む? そういえば話してなかったな。我がベルアイン領の、西隣の領地を治めておる。その伯爵に呼ばれてな、流石に断れぬ」


 西隣の領地か。うちは男爵だから向こうの方が格上だけど、なんで呼び出しを受けたんだろうか。


 そんなことを考えていると、テスラの父が俺の方をジッと見てくる。


「ふむ……テスラもそろそろ、各領地のことなど学ぶべきだな」

「そうですわね。これからテスラはどんどん社交界に出て、ベルアイン家の顔になってもらわないと!」


 ……できれば魔法の勉強だけしたいなぁ。


 俺は天才としてチヤホヤされたいわけで、それが最も派手に実践できるのが魔法なのだから。


 転生してから魔法のことばかり勉強していて、知識がかなり偏っているのは内緒だ! 本来ならこの領地のことも知るべきなのは分かってるんだけどな!?


 そうして朝食が終わって解散した後、屋敷の中を歩いてアーガイさんを探す。


 すると廊下でミーナと顔を合わせた。


「坊ちゃま、大丈夫ですかー? まだ自室でお休みなさった方が……」

「もう大丈夫だよ。アーガイさんを知らない? 今日から魔法の授業をしたいのだけど」


 俺は天才としてチヤホヤされたいのだ。


 だからより一層自分の技術を磨かなければならない。


「アーガイなら呼んできますので、自室でお休みくださいー。坊ちゃまはまだ子供ですー、無理をなされたり危ないことは避けるべきですよー?」


 ミーナはそう言い残して去って行った。


 どうやら俺のことを心配してくれてるようだ。


 ……あれ? ミーナってアーガイのことをさんづけしてなかったっけ? まあいいか。


『レイ。ようやく起きれたようだね』


 脳裏に声が響くと同時に、「わん」と後ろから声がする。


 振り向くとバーナードが俺の背後に立っていた。


「かなりひどい目にあったよ。全力を出すだけで三日三晩寝込むとは……」

『それが僕の身体だ。むしろそれで三日寝込むだけなのは、かなり良好と言えるよ。普段から服毒してるのが効いてるようだね。本来なら一週間は起き上がれない上に、その後もしばらく魔法が使えないレベルだ』

「ひ、ひでぇ……限界以上の力を無理して使ってるわけじゃなくて?」

『普通に全力を出すだけでアウトだね。限界以上なんてやったら死ぬかも』


 ガラスの天才とはよく言ったものだ。


 リミッター解除とかで受ける制約なら分かるが、普通の全力を出すというだけでそこまでズタボロになるとは……。


 その分能力は破格だけどな。そこらの人のリミッター解除よりも、テスラの八割の方が数倍強いけどもさ。


『迂闊に本気は出さないようにね。これから長い付き合いになるのだから』

「そうするよ……」

『それと服毒だが明日から再開しよう。まだ魔力回復器官が回復しきってないからね』

「わかった」


 そうして部屋に戻って歩いていくと、またテスラが話しかけてくる。


『それとよくやってくれた。君のおかげで未来が少し変わると思う。本来ならあの川は氾濫していて、領地を酷い惨状にしてたんだ』

「そうだったのか。テスラは防げなかったのか?」

『僕は当時五歳だよ? まだ魔法なんて使ってなかったさ。習い始めたのは七歳ごろだよ』


 どうやら俺は二年ほど早く魔法を使っているらしい。


 つまり気を付けて服毒しなければ、より早く死んでしまう可能性もあるか。服毒って言葉やばいな、今更だけど。


 そう思いながら部屋に戻ると、扉の前でアーガイさんが待ち構えていた。


「坊ちゃん! お待たせしました! 今日の魔法の授業ですが……先日の川に行きましょう」

「えっと、なんでですか?」


 魔法の授業なら庭なり部屋なり、近くの平原でやったらいいはずだ。


 わざわざ川まで行く必要がなさそうに思えるけど。


「先日の坊ちゃんの魔法で作った池を、ジックリ観察しましょう。作ったモノを見直して復習するのも重要ですよ」

「わかりました」


 確かにアーガイさんの言うことはもっともなので、俺もついていくことにした。


 そうしてアーガイさんの馬に乗せてもらって、二人乗りで川まで向かう。


 周囲の地面はまだ少し泥だが、乾き始めている気がする。いまも晴れているしもう水害の心配はなさそうだ。


 そうして川の近くまでたどり着くと、大勢の人が集まっていた。


「皆の者! この川の氾濫を食い止められた、テスラ様が参ったぞ!」


 アーガイさんがそう叫ぶと。彼らは俺達の方を見た。


 そしてこちらに向けて突撃してくる!?


「テスラ様ぁ! 奇跡の神子様! 畑を守っていただきありがとうございます!」

「おかげで無事に作物が収穫できそうです!」

「テスラ様の作ったため池を再利用して、今後の洪水に備えることも検討されているようで……!」


 民衆たちは俺たちの傍まで近づくと、ペコペコと頭を下げてきた。


 一部の人は目に涙を浮かべてまで喜んでいる。


 すごく目立って崇められていてものすごく気持ちいい! これが俺の求めていたもの……!


 そんなことを考えていると、アーガイさんが俺に笑いかけてきた。


「坊ちゃま、覚えておいてください。魔法ってのは使い方次第で、大勢の人に感謝されるんです。これから坊ちゃまは色々経験するでしょう。ですが……この時の光景を忘れないでいたら嬉しいです」


 …………どうやらアーガイさんは、俺にこの光景を見せたかったようだ。


 確かに五歳の子供がチヤホヤされたら、すぐに調子に乗ってしまうだろう。あっという間に道を踏み外してしまうかもしれない。


 するとまた脳裏に声が響く。


『アーガイはいい教師だったんだね』

『だったんだねって、お前も教わってたんじゃないのか?』

『いや僕は最初から別の教師がついていた。もし……アーガイに教わっていたなら、少しは変わってたかもしれない』


 テスラはふと漏らしたように声を出した後、『まあ魔法使いとしては、すでにアーガイよりレイの方が数段上だけどね』と誤魔化すように告げてきた。


 なにか意味深だなぁ……ゲームではテスラの過去の描写がなかったからなぁ。


 この後に俺はため池を少し確認して、アーガイや民衆からすごくチヤホヤされた。


『魔法の扱いがまだまだだね。ほらここも余計に地面を削ってる。もっとコントロール技術を上げないと。僕が土を柔らかくしたりしてなかったら、こんな池は絶対作れてない。もっと精進しないと』


 テスラだけは物凄く辛口だった。


 そうして屋敷に戻って、服毒や魔法練習で日々を過ごしていると。


「テスラ、お前の婚約者が決まったぞ」


 テスラの父がそんなことを言い出したのだ。


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