第11話 五歳の婚約者
屋敷の食堂で朝食を取っていると、テスラ父が「婚約者が決まった」などと言いだした。
あまりの驚きに食事をする手が止まってしまう。
え? いやまだ五歳なんだけど?
「ち、父上……? 私はまだ五歳ですよ……?」
「生まれた時点で婚約が決まってることもあるくらいだ。年齢は関係ない」
「それにしても急すぎません……?」
「き、貴族の婚約は急に決まるものだ! 相手は伯爵家だから名誉だぞ!」
テスラ父はなにかを誤魔化すように叫んだ。
母は黙々と食事をしているがやや不満気な雰囲気。これはなにかあったっぽいなぁ……こめかみがピクピク動いてるし。
ここで詳しく話を聞いているのは得策ではない気がする。母がいまにも爆発しそうだし。
俺はご馳走様と言い残して、食堂から出て行く。だがそのまま食堂の壁に耳を付けて、外から中の声を聞こうとする。
「あなた! なんで落ち目のレイディアス伯爵家なんかと! テスラならもっといい婚約先があったでしょう!?」
「し、仕方ないだろう!? 借金の返済を要求されて、出来ないならテスラとレイディアスの娘の婚約をと脅されたのだ!? か、代わりにレイディアス家への借金はチャラになった……我が家の借金が二割消えたぞ」
「たかが借金程度でテスラの大事な嫁を、落ち目の伯爵家なんかと!」
激怒したテスラ母が怪獣のごとく吠えたてる。
これ別に壁に耳をつけなくても、食堂の近くにいたら普通に聞こえるレベルじゃん……。
それと落ち目の伯爵家と言い続けてるが、うちはそんな偉そうなこと言える立場じゃないと思う。借金で首が回ってないじゃん。
落ち目の伯爵家に負い目を持った我が家というか。
「婚約決める前に倹約すべきだったでしょう!?」
「ま、待て。一応は相手も伯爵家だ。男爵のうちよりも格上相手で。それにより高位貴族の令嬢に見初められれば、正室を変更することもできるし……」
「レイディアス伯爵家が妨害してくるでしょう!? それに婚約相手がよりにもよってあのアーネベルベ令嬢なんでしょう!?」
「で、でもあの令嬢は才媛と言われていて……」
「それは昔の話でしょう!? 腐り落ちた薔薇って言われてるじゃない!」
不幸中の幸いなのは、テスラ母は年齢的にはまだ十九くらいなので、若い女の人がワガママ言っているように聞こえることだろうか。
アーネベルベ令嬢って誰だろう。そう思ってさらに盗み聞き、する必要もないので普通に漏れ聞きしていると。
「だからあなたは! 借金を余計に増やすんですよ!?」
「お、俺はこのベルアイン家への当主だ! 女は家のことに口出しするなっ!」
「うちの実家から仕送りが必要か聞かれたのですが」
「すみません許して」
……どうやら我が家は母の方が強いようだ。
あれかな。母親の実家のほうが、ベルアイン家より大きいとかかな?
後でそれとなく聞いてみよう。とりあえず後は夫婦喧嘩に近いものしか聞けなさそうなので退散した。
『レイ。なにかあったのかい?』
自室へと戻ると、クッションに寝ていたテスラが視線を向けてきた。
「顔も名前も知らなかった婚約者が決まった」
『早いね、僕の時は八歳くらいだったのに。名前は教えてもらったのかい?』
「アーネエルベっていうレイディアス伯爵家のご令嬢らしい」
『!?』
俺が婚約相手の名前を言うと、テスラは明らかに動揺した声を出す。
「知っているのか?」
『知ってるもなにもその娘は……僕が八歳の時に決まった婚約者だ……』
「……なんかすまん」
申し訳なさがすごい。これも一種の寝取られではなかろうか……。
『べ、別に謝る必要はないよ。僕はアーネベルベ令嬢とは、ほとんど話す機会もなかったから』
「婚約者なのにか?」
『
「鬼死体?」
『ゴブリンやアンデッドのことじゃないか。知らないのかい?』
ゴブリンとは緑色の小汚い鬼で、人や牛を襲うので嫌われているらしい。
それのアンデッドともなればそりゃ嫌だな。蛇蝎のごとくの異世界版みたいなものか。
あ、そういえば俺が異世界の者であると伝えてなかったな。テスラにはこれからフォローしてもらうこともあるだろうし、言っておいた方がよさそうだ。
「テスラ。俺はこの世界じゃなくて、別の世界から飛ばされてきたんだ。だから常識があまり分からない。それでこの世界は実はゲームなんだ。えっとゲームというのは、物語の中というか……」
ヤバイ。ゲームなんてどう伝えればいいか分からん。
だがテスラは小さくうなずいた。
『そうだったのか。それはご愁傷さまだね』
「驚かないのか?」
『未来から魂を送るよりは、現実味があると思わないかい? 発見されてない魔法で、転移されたなら普通にあり得る話だ。ゲームはよく分からないけど、とりあえず君があまり常識を知らない認識でいいかな?』
「それでいいよ。なるほど、そういう考え方もあるのか……」
厳密にいうと俺からすればこの世界はゲームだが、それをテスラに説明するのは極めて難しい。そこまで言う必要はないだろう。
というかテスラって純粋に頭よさそうだよな。やはり天才かよ、ケッ。
『しかし二年早くて川の氾濫を防いでも、結局アーネベルべ令嬢と結ばれるのか。僕の未来はそう簡単には変わらないのだろうか』
「物語の話だけど、歴史の修正力とか聞いたことあるな。過去を改変しようとしても中々変わらないとか」
タイムループ物でたまに聞く話だ。
過去を変えようとしても、歴史の修正力が働いてしまってあまり変わらないとか。
その一方で起きなかった蝶の羽ばたきのせいで、竜巻が起きるバタフライ効果もあるらしいが。
『……なるほど。つまり消極的に動いたら、歴史は変わらない恐れがあるのか。じゃあ頼みがある』
テスラはたぶんこの一瞬で色々と考えて、真剣な声で俺に語り掛けてくる。
『君には未来を変えてもらいたい。そのために今後は動いてくれ』
「未来を変える? 長生きしろってことなら服毒で大丈夫なのに、それ以外に変えることあるのか? せっかく天才としてハッピーに生きられるのに」
『ははは。ハッピーか……もし過去に悔いがなかったなら、僕はいまここにいない』
テスラは僅かに悲しそうに呟いた後、
『君には伝えておこう。これから六年後のことだ。僕のせいで父と母は処刑されて、アーガイは流行り病で亡くなるんだ。そしてベルアイン領は没落の一途をたどる』
「!? しょ、処刑!? しかも病死!? 物騒過ぎないか!?」
テスラの父と母はやや考え無しのところはあるが、処刑されるような悪人には思えない。アーガイさんに至っては病死って……。
俺を脅かす冗談の類かと思ったが、テスラの様子を見る限り……いや舌出してる犬の顔見てもなにも分からないな!?
だが語り掛けてくるテスラの声を聞く限りでは、とても嘘を言っているようには思えない。
『レイ、君には未来を変えてもらう。それが僕の身体を使っている君の責務だ』
俺は先日見た夢――テスラ父とテスラ母が処刑されるのを思い出していた。
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